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「シンヴレスのお手柄」

 シンヴレスと、カーラは鍛練に励んでいた。そうして木剣で仕合をするが、やはり、カーラの力の方がまだまだ上だった。

 両手持ちの剣を操る膂力は本当に大したものだ。

 シンヴレスは鬼とカーラが剣を交えるのを見ていた。二人とも重い木剣である。両者の剣が振るわれる度、嵐の如く、風が唸った。これが真剣なら稲妻のような火花までも見れただろう。現実には高らかに大きな音が木霊するだけだが、これもまた雷の音色に例えても悪くは無いのかもしれない。鬼が両手を使っていたので、シンヴレスは安堵した。鬼はカーラさんに惚れている。その証だ。

 夜は走り込みをし、下半身を鍛えると、シンヴレスの一日はあとは湯に浸かり寝るだけである。



 夜が明ければ朝はいつだってやってくる。シンヴレスは侍女に甲冑への着替えを手伝って貰い、朝食を取ると、竜乗りの訓練のために竜舎へと赴いた。

 竜達が小さく鳴いている。食事は終わったらしく職員らが清掃をしていた。

 城と共に丘に建ち、大きく横に開け放たれた竜の出入り口は、そこから直接、騎乗した竜乗り達が飛び出せるようになっていた。

 不動の鬼とカーラが見守る中、シンヴレスはフロストドラゴンのバジスを連れ、出入り口まで来た。

 隣に誰かが並んだ。竜乗りの人だろう。

 シンヴレスが顔を向けると、その人は甲冑を付けていなかった。

「あの」

 シンヴレスが声を掛けた時、その男は目を見開いて、慌ててレッドドラゴンに乗りその腹を幾度も蹴り飛び発った。

 シンヴレスは逡巡した後、あんなに酷く蹴る竜乗りはこの国には存在しないと考え、そうだとすれば、竜が盗まれたのだと判断した。

「グランエシュードさん! 竜が盗まれました! 取り返してきます!」

 指導員の老兵の返事を待たず、シンヴレスはバジスに飛び乗り、背に立って、手綱を鳴らした。

 バジスは飛び発った。

 今から追いつけるだろうか。

「バジス、急かしてごめん、だけど急いで。君の友達が酷い目に遭うかもしれない」

 べリエル王国と敵対していた頃は、密猟者達もべリエル王国に竜を売るために活発に動いていた。和平が結ばれた今、竜を攫いどうするつもりだろうか。だが、聡明なシンヴレスは思い出す。竜の身体は宝石並みに希少な価値があるのだ。骨、皮、肉、角、歯、血、腱、目玉、これらを闇市で売り買いする者がいるという。

 シンヴレスとバジスは急いだ。

 そうして抵抗する四メートルのレッドドラゴンを領空内でシンヴレスは発見した。

 バジスを進ませる。レッドドラゴンの騎乗者は鞭を振るい、自分の思うがままに操ろうとしていた。

「そこまでです!」

 シンヴレスは竜舎の職員に化けた泥棒に向かって厳しく叫んだ。

「くそっ、この駄竜め」

 泥棒はそう言うと、腰に手をやり、短剣を投擲してきた。

 シンヴレスはグレイグバッソを抜き様に二つの短剣を軽々捌いて、バジスを近付けた。フロストドラゴンの冷気は今は使えない。レッドドラゴンの動きを封じれば、この高さで墜落して無事でいられるとは思わなかったからだ。だからこそ、シンヴレスは剣を手に、白兵戦を挑むつもりだった。

「子供が!」

 泥棒はそう言うと腰から剣を取り出し、シンヴレスを迎え撃った。

 今のシンヴレスには緊張など無かった。目の前の竜を何とかして取り戻さなければならない。それが出来るのは周りを見る限り今は自分だけだ。その生真面目で必死な思いが心を身体を支配していた。

 竜同士がぶつかり合う。

 両者とも似たような体格で衝撃は柔らかかった。

 シンヴレスの前に滅茶苦茶に斬りつけて来る泥棒の姿があった。シンヴレスは相手をする振りをしてわざと相手にしなかった。一目で相手が剣術に関してしろうとだと判断したためである。

 やがて息を荒げた泥棒に向かってシンヴレスは言った。

「大人しく竜を返してくれれば罪には問いません」

「お前程度の小僧にそんな権限があるものか!」

 泥棒はそう叫ぶと、剣を振り上げた。片手で手綱を握り締めている。シンヴレスの方は今、手綱から手を放し、剣を両手で握った。

 肝心なのは泥棒が標的を竜へ変えることだ。竜が傷つけばシンヴレスも撤退しなければならなくなる。だからシンヴレスは挑発こそしなかったが、真面目な眼差しを泥棒の目から放さなかった。

 剣が振り下ろされる。シンヴレスはそれを下から弾き上げた。

 相手の剣が手から抜け、宙を舞い、下へと落ちて行く。勝負あった。シンヴレスは少なくともそう思っていた。

「この野郎!」

 だが、シンヴレスの確信は甘かった。剣を失った泥棒はシンヴレスを組しやすい相手だと決めたようで、こちらの竜の背へ飛び移るや、シンヴレスの首に手を伸ばした。全てが遅かった。剣を振るうのも身を回避するのも。己の甘さを、きつく締められる気道と相手の決死の表情と声の前に後悔していた。

 殺すか、殺されるか。剣を習っているのは飾りだからでは無い。己の身を護るためだ。それがこの有様とは、師である鬼に顔向けが出来ない。

 息が吸えない。このまま殺されれば、バジスまで奪われ酷い目に遭わせられる。ならば、いっそ。

 シンヴレスは男を押し、足を絡めて転ばせる。だが、死を覚悟しているのはこの泥棒も同じだ。手は首から放れない。

 意識を失う前にやらなければ。竜が無事ならそれで!

 シンヴレスは転がった。大して幅の無い竜の背で転がって転がって、空へ落ちた。

「うわあああっ!」

 男が声を上げる。

 シンヴレスは男の首越しに茶と緑の地面を見ていた。あれに叩きつけられて私は死ぬのだ。

 サクリウス姫の姿が脳裏を過ぎる。

「サクリウス姫、ごめんなさい!」

 だが、突如として視界を遮る紫色の背が現れた。

 アメジストドラゴン?

 シンヴレスと泥棒はその背に落ちた。

 荒々しく男が引き剥がされ、シンヴレスは咽った。そして新鮮な空気と甘い香りを吸った。

「助かりました、ありがとうございます!」

 そうやって顔を向けた先には、右目に黒い眼帯をし、金色の綺麗な髪を靡かせる女性の姿があった。

「サクリウス姫!?」

 シンヴレスは驚きの声を上げた。

「お互い会ってはいけない決まりですが、特例だとダンハロウが言いました」

「ありがとうございます、サクリウス姫」

 シンヴレスはサクリウス姫が英雄の様に輝いて見えた。

「殿下の方こそ、己の身を犠牲にして竜達のために尽くしたこと、並の人間ではなかなかできる覚悟ではありません。シンヴレス殿下、あなたは英雄です」

 英雄だと思っていた人に英雄だと言われ、シンヴレスは少しむずがゆい気持ちになった。

「戻りましょう」

 ノビてしまった泥棒を縛り上げるとサクリウス姫は言った。

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