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「鬼の異常」

 鬼との手合わせで、シンヴレスは何度も何度もあしらわれた。その一撃一撃にシンヴレスはあの温かった鬼から冷たい鬼へと変貌を遂げたことを自覚した。強くなれるというのならそれならそれで良かった。鬼の態度が豹変するのは、シンヴレスとの仕合とカーラとの仕合、そして素振りの際のカーラへの指導であった。

 特にカーラへの指導の際は、まるでシンヴレスのことなど頭から抜け落ちたかのように厳しく夢中で接している様に思えた。

 鬼の薙ぎ払いを受けてシンブレスは吹き飛び、数メートルほど後ろに尻から落ちたが、すぐに転がり立ち上がって体勢を整える。今までの鬼ならここで追撃などしてこないはずだ。だが、シンヴレスは向けられた木剣を避け、振るい、強かに手を叩かれ打ちのめされていた。シンヴレスは一瞬だが、鬼が細い目をカーラへ向けたのを見逃がさなかった。

「鬼、さすがに強い」

「恐れ入ります」

 不動の鬼はそう言うと、カーラを剣で示す。

「よし、相手になるわ」

 鬼とカーラは互角だった。シンヴレスはただ茫然とこの仕合を見てはいなかった。勿論、学ぶべきところもある。だが、それよりも気になったのは地獄の悪鬼さながらの鬼の猛攻であった。鬼は両手で柄を掴んでいる。これだけで本気を出しているのが伝わって来る。カーラは強いが、訓練では無く鬼の独壇場だった。まるで暴走しているようにも見えた。

 肩を木剣で激しく叩かれ、カーラは負けた。

 カーラの言葉を思い出すが、彼女は本当に鬼が好きなのだろうか。

「付け入る隙がないわね。それは分かった。けど、皇子殿下への当たりが過剰に見えるけど」

「……気のせいだ」

 一瞬の間があり、鬼はそう言った。鬼の細い目がどう変化したのかは見られなかった。

「気のせいじゃわよ。まるで大人げない戦いだったわ。子供をいじめて何が面白いの?」

 そこで鬼はハッとしたように口を開き、まるで言い聞かせるようにかぶりを振ると、目をカーラへ向けた。

「素振り!」

 まるで自分はおまけのようだ。シンヴレスはそう感想を抱いた。鬼はカーラばかりを見ているような気がした。



 2



 その夜、シンヴレスは外周を走り終えると、鬼とカーラに護衛されて部屋へ戻り、燭台に火を点け、机に向かっていた。それはアーニャへ向けた手紙であった。

 自分は強くなりサクリウス姫を取り戻したい。だけど、今の鬼の荒れるような指導では、まるで強くなれないのでは無いかと危惧している。と、いう形で記した。

 廊下に出ると、鬼が立っていた。

「御曹司、どうされましたか?」

 以前の鬼だ。シンヴレスは安堵すると、右手に掴んだ手紙のことを思い出し、心が痛んだ。

「侍女の方に手紙を届けて貰えるように頼みに行く」

 侍女の部屋はすぐ隣であった。

「皇子殿下、どうされましたか?」

 夜勤の侍女は編み物をしている途中だった。白い毛糸だ。

「作業中にごめんなさい。この手紙を兵士のアナスタシア・デルスタンに届けてもらえますか?」

「分かりました、さっそく兵に頼んでおきましょう」

「お願いします」

 シンヴレスは待機部屋を後にした。

 鬼と目が合う。コソコソとしていてそれが当の鬼のことでの相談であることに後ろめたさを感じ、目を逸らしそうになったが頑張って微笑んだ。

「それじゃあ、寝るね」

「はい、御曹司」

 鬼は頷いて敬礼した。



 3



 午前は竜乗りの訓練、そして午後、シンヴレスは不安な気持ちで鬼と仕合に望んだ。

 カーラの見ている前で鬼は剣を片手で握り、シンヴレスの身体中を打とうと影のような剣筋を振り回し、シンヴレスは幾度も追いついて受け止めた。

 成長はしてるんだな。シンヴレスはアーニャに手紙を送ったことを少し後悔した。鬼が体当たりを仕掛けて来た。シンヴレスまともに受けて呻いた。

 そして木剣の先を向けられる。

「降参だ」

 シンヴレスが言った。鬼はカーラを振り返っていた。

「鬼、あんたやり過ぎよ。あんたばっかり一方的で皇子殿下の稽古になってないじゃない!」

 カーラが抗議した。

「御曹司」

 鬼は我に返ったようにシンヴレスを見た。

「私なら大丈夫だ」

「はっ。では、次」

 鬼がカーラを見る。カーラが木剣を手に歩んで来ると、鬼は剣の柄をやはり両手で握り締めた。

 本気なんだ。カーラさんの時だけ鬼は本気の中の本気を出す。シンヴレスはそう気付いた。

 容赦なく打ち込み、シンヴレスの時と同じようにカーラもまた反撃に移れなかった。鬼が疲労するのを待つか、捨て身で攻撃を仕掛けるかしか方法が無い。

 その時、一際大きな音を立ててカーラの木剣が圧し折れた。

 鬼の攻撃が止まり、カーラと見詰め合っていた。

「らしくないわ」

 カーラが言った。

「何だと?」

 鬼が問う。

「以前、あなたに挑んだときには温かさがあった。そんなに皇子殿下にもあたし相手にも余裕が無い?」

 鬼は黙していた。

「その通りです、鬼殿」

 違う声が入り、そちらを見ると、桃色の綺麗な髪を揺らした甲冑姿の女性が立っていた。

「アーニャ」

 シンヴレスが言うと、アーニャは敬礼して、すぐに鬼を見た。

「鬼殿、あなたは暴走しています。良いところを見せようとするために、皇子をダシに使って、滅多打ちにし、更には意中の女性にも手を抜かず、自分の強さを猛アピールしている。鬼殿の今の状況は思春期の少年とまるで一緒です。どうです、言い返せますか?」

 鬼は黙していた。

「反省しましたか?」

 鬼はアーニャを見たまま声を上げない。

「本当に不器用な方ですね。皇子はあなたの玩具でも踏み台でもありません。私がお目を覚まさせて上げましょう」

 アーニャが手にしていた短い槍の切っ先を鬼へ向けた。

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