「憧れの人」
サクリウス姫が来る。
イルスデンの皇子シンヴレスは、落ち着かなげに帝都の門前で近衛達を連れ出して待ち焦がれていた。
サクリウス姫とは文通をしている仲だった。悩んだり、弱音を吐露すると諭すように心を宥めてくれる文章を、ディフォルメされた直筆の竜の絵とともに送ってくれた。サクリウス姫は優しい方だ。十歳近く歳は離れているらしいが、そんなことは気にしていない。シンヴレスは望遠鏡を北の空に向けながら、ひたすら待っていた。近衛達もシンヴレス皇子の普段から剣術、竜術、馬術の鍛練に明け暮れているのを知っているので、シンヴレスのわがままにたまには付き合ってやろうと思い、口を出さなかった。
シンヴレス皇子の金色の髪が風で靡いた。
「あ!」
シンヴレスは思わず声を上げた。竜乗りの影の見える二騎の竜がこちらへ向かって来ている。
思わず心が躍った。
程なくしてアメジストドラゴンと、レッドドラゴンが目の前に現れて、翼をはためかせながら着地した。
シンヴレスはサクリウス姫がアメジストドラゴンに乗っているのを知っている。素早く移動し、サクリウス姫をこの目で見て、エスコートしたかった。
シンヴレスが駆け出し、アメジストドラゴンの左側に来ると、そこには重厚な甲冑姿をした大人の女性が降りようとして来た。
「お、お手を」
シンヴレス皇子は緊張の面持ちで右手を差し出す。
「ありがとう」
優しい女性の声が言い、ガントレットがシンヴレスの手を握り締めた。そしてゆっくりと下りる。
女性が兜を脱ぎ正面を向いた。自分と同じ金色の髪がバサリと動いた。
真っ先に右目にしている黒い眼帯が目に入った。凛とした佇まいでシンヴレスを左目が見下ろしている。だが、その顔がはにかんだ。途端にシンヴレスの心が爆発した。
「サクリウス姫、ようこそ、イルスデンへ!」
格好と眼帯で誤解を生みそうだが、シンヴレスには分かっている。サクリウス姫が優しいことを。
「あなたがシンヴレス皇子ですか?」
「はい!」
「可愛いらしい。お手をありがとう」
だが、シンヴレスは放さない。
「シンヴレス皇子?」
サクリウス姫が怪訝そうに問う。
「このまま手を繋いでいては駄目でしょうか?」
シンヴレスが思い切って言うと、サクリウス姫は軽く笑み、頷いた。
「お城まで案内を頼みます」
「任せてください!」
シンヴレスの心臓は早鐘を打っていた。もう一騎の方はシルクハットをかぶった背筋の伸びた礼服の老紳士であった。こちらも老兵グランエシュードが動いていた。
「竜は丁重に扱ってね」
シンヴレスが竜舎から迎えに現れた職員達に言った。
2
帝都が賢き竜を祭るために白亜の都と化していることにサクリウス姫は道中驚いていた。
城下の民達はシンヴレス皇子に気さくに声を掛け、手を振っていた。
「シンヴレス皇子は人気者ですね」
サクリウス姫が言うとシンヴレスは応じた。
「民は友達です。兵も竜もです」
「良き心をお持ちの様ですね」
「はい!」
シンヴレスが返事をするとサクリウス姫はうんうんと頷いた。
そのまま一行は待っていた馬車に乗り、一気に貴族街を抜けて城へと来た。
謁見の間には父であるエリュシオンが玉座から立ち上がり面白そうに笑った。
「姫殿のエスコート御苦労であった」
シンヴレスはムッとした。
「ずっと放しません」
「わがままは止しなさい。サクリウス姫が困っているだろう」
「え?」
シンヴレスはそこで初めてサクリウス姫が苦笑いをしている顔を見た。
「ごめんなさい!」
慌てて手を放すと、サクリウス姫は言った。
「騎士のお役目、しかと見届けました」
「はい!」
シンヴレスは畏まって返事をした。
サクリウス姫と、父である皇帝エリュシオンが吹き出した。
「私、変ですか?」
シンヴレスが問うと、父が答えた。
「お前は本当にサクリウス姫がお好きなのだな。私は安堵はするが、これから一緒に住むにあたってサクリウス姫を困らせないようにするのだぞ。行き過ぎた真面目な正義感は時に相手を疲弊させる」
「気を付けます」
シンヴレスは恐縮してそう応じた。
3
エリュシオン皇帝は、サクリウス姫を歓迎する旨を伝えて、イルスデン帝国とべリエル王国、そして竜達の発展を祈って、この婚儀を成立させたいと言った。
だが、サクリウス姫が困ったように言った。
「シンヴレス皇子とは年が離れています。皇子が成人を向かえるころ、私は三十近くになります。皇子には側室を設けられることをお願いします」
「側室って何ですか?」
シンヴレスが誰と無く尋ねると、老兵グランエシュードが答えた。
「姫様はもう一人奥方をお迎えになることを提案しています」
「嫌だ、そんなの! サクリウス姫、私は不細工でしょうか!?」
「いいえ、皇子は綺麗な顔をしておいでです」
「だったら他に奥方なんか迎えなくたって良いじゃないですか!」
「シンヴレス皇子」
サクリウス姫が呼んだ。そちらを向くとサクリウス姫は言った。
「あなたが十六になるには後、五年の月日が必要です。その間に恋だってするでしょう。それに私はその頃には年増です」
「年増が何だか知らないけど、私はサクリウス姫とずっとずっと一緒にいたいです」
シンヴレスの熱い言葉にサクリウス姫は頬を赤らめた。
「この通り、もう放しません」
シンヴレスは自分よりも大きな身体をしているサクリウス姫を抱き締めた。
「良きことだ。皆が証人だ。シンヴレス、皇族の言葉に偽りがあってはならぬぞ」
エリュシオンが言った。
「はい! 早く成人してサクリウス姫と結婚します!」
シンヴレスは高らかにそう宣言したのであった。