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そつない君の青春は、そつなくこなせない。  作者: 深崎藍一
第一章 そつない君と同級生達
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そつない君の遭遇

「おー、宇久井。ちょうどいい所にいた」


 ごみ箱が立てたガタンという音に被せる様に、俺に話しかける声があった。驚いて、そちらを振り返ると、ワイシャツに黒のスラックスといういかにも教師然とした格好をした、三十過ぎであろう男が立っていた。


「日高先生か、何の用です?」


 俺に声をかけた人物は、俺達一年生の学年主任でもあり現国の担当教諭でもある、日高聡先生だ。

 俺が要件を尋ねると、短い黒髪をボリボリと掻きながら「今日の放課後いつもの所な」と言うと、俺と同じブラックコーヒーを買い校舎の方に消えていく。


「あ、次、俺の授業だろ。遅れんなよ」


 一応、教師らしい忠言は残して。


 それから早足で校舎の三階にある教室に戻った頃には、すでに予鈴が鳴り終え、本鈴寸前だった。


 席に着き教科書を準備しているうちに教室のドアが開き、教科書だけを片手に持った日高先生が入ってきた。


 本鈴が鳴り終わると、間髪入れずに日直に号令を命じて授業が始まる。一応この学校は和歌山県内でもそこそこの進学校なので、授業中にお喋りをしたり授業妨害をする人間はおらず、ほとんど皆が真面目に授業を受けている。


 俺もその例に違わず、真面目に現国の教科書を眺め、掲載された文章を音読する日高先生の声に合わせて文字を追う。


 そんな中で、ちらりと日高先生の顔を見やる。浮いた無精髭とあまり手入れされていなさそうな短髪に、眠たげな目。

 一見やる気がなさそうに見えるが、授業は分かりやすく生徒指導も務めるほど教育熱心だ。


 本人はそういう黄色い声を嫌っているそうだが、あまり見た目に気を遣っていなくとも、元の顔の彫りが深く女生徒にも人気がある。


 俺はそんなイケオジの顔を見ながら、そっとため息を吐く。その理由は言うまでもなく、放課後の呼び出しに起因する。


 あまり表立っては言えないが、俺と日高先生はとある密約を交わしている。その契約によって、俺は今日の放課後呼び出されているのである。

 そして、いつもの場所という言葉からも分かる通り、呼び出しはこれが初めてではない。大体二週間に一回ほどだが、面倒ごとでなかった試しがないので今から気が重い。

 まあ、もちろん随分と俺のわがままを聞いてもらっている対価なので仕方ないことではあるのだが。


 そして件の放課後、俺はカラオケに誘ってきた修介と創に、用があると断りを入れると、足早に日高先生との約束の場所に向かっていた。


 その場所は第三応接室という、北校舎の二階の端も端に存在する教室だ。第二応接室までが埋まった時のために予備で作っておいた教室らしいが、そもそも応接室が二つ埋まる事なんてほとんどないので、今は物置と化している。

 ただ、仮にも応接室という名なので、豪奢な革張りのソファーが設置してあり、おまけに人気もゼロ。密談にはぴったりの場所だ。


 ちなみに、俺たち一年生の教室が南館。そして、部室棟などが立ち並ぶのが北館。食堂やら、講堂やらがあるのが東館。特別教室や、職員室があるのが西館だ。要するに、俺たちの教室から第三応接室は対角線上にあり、遠い。行くのが非常に面倒である。


 俺は渡されている合鍵を指でくるくる回しながら、第三応接室へ向かう。ここを曲がって、廊下の突き当たりだ。

 辿り着き、鍵を開けようとした時に違和感に気づいた。


「中から音がする…?」


 気のせいかと思い耳を澄ますと、何かが擦れるような音が確かに聞こえる。


「日高先生がもう来てんのか…?」


 一瞬、日高先生が先に着いて中にいるのかと考えたが、学年主任やら生徒指導やらの仕事で基本的に忙しく、放課後の予定が流動的な彼が、俺より早く来ているなど考えにくいのだ。


「じゃあ、誰だ?」


 少し薄気味悪いが、確かめてみないことには仕方がないと思い、一思いにドアの取っ手に力を込める。やはり鍵は閉まっておらず、スムーズに扉が開く。


「あら?」


 そして、俺の目に飛び込んできたのは、予想通り中に人がいる光景だった。革張りのソファーに腰を下ろし、机の上には湯気を立てる紅茶らしきものが置かれている。

 どうやら、先ほど聞こえた何かが擦れるような音は、彼女がソーサーにティーカップを置く音だったのだろう。


「日高先生かと思ったら、違うのね。手元の鍵を見るに、あなたもお仲間かしら?」


 部屋の中で優雅に腰を据える彼女は、恐ろしく美しい女生徒だった。長く艶やかな黒髪。大きな同色の瞳に、それを縁取るまつ毛は長く、小さな顔の中で彼女の印象をより美しくしている。

 体のメリハリもはっきりしており、出るとこが出て引っ込むところが引っ込んでいると言えばいいのだろうか。非常に女性らしい肢体は、きっと男達を一目で釘付けにするだろう。


「新宮蛍…」


 思わず、一方的に見知っているであろう彼女の名前を呟く。この学校の一年生で彼女を知らないものなどいないだろう。彼女はちょっとした有名人なのだ。

 入学試験で次席を勝ち取り、主席のとある奴が辞退したせいで、入学生代表挨拶に登壇した時、俺たちは彼女の美しさを焼き付けられた。

 本人は、次席なのに入学生代表挨拶というのが気に食わなかったらしく仏頂面だったが、その程度で曇る美ではない。


「あら、知って頂けて光栄だわ。まあ、知ってるわよね。私有名人だもの」


 そして、その美しさの噂について回るのが、その不遜さである。取り繕うことを一切せず、自分が正しいと思ったことは妥協せずにはっきりと言う。

 自分の美しさや優秀さを自覚し振る舞う。彼女のそんな行動は、見ようによっては不遜と言われても仕方ない。

 完璧主義と言い換えてもいいかもしれない。そして、その完璧の基準が彼女では常人には高すぎる。それをしばしば他人にも敷いていれば、言わずもがなだ。


 その噂の真相をたった一言で知らしめてきた新宮蛍に対して、思わず素が出掛かるものの、なんとか仮面を貼り付けにこやかにこう返した。


「もちろん、知ってるよ。俺も入学式の挨拶は見てたからね」


「…そう」


 俺が貼り付けた笑顔での返しに、素っ気なくそう言うと、紅茶を一口含む。なんだか、少し不機嫌になった気がした。入学式挨拶の話はされたくなかったのだろうか。


 そこで会話が完全に止まる。俺は迷った末に扉を閉めると、彼女の対面のソファーに腰掛ける。

 柔らかさに体が沈み込み、普段木製の硬い椅子に座り授業を受けている身からすれば、感嘆の声をあげそうになってしまう。


「それで?さっきのお話の続きだけれど、あなたもお仲間なのかしら?」


「お仲間?」


「違うの?じゃあ私の後をつけてきたストーカー?」


「どんだけ自意識強いんだよ、違うわ。繰り返すけど、なんのお仲間?」


 口悪いな!この女。自分の身を抱きながら、俺をストーカーだのと宣う女に、なんとか笑顔を保ちつつ質問を続ける。青筋が浮かんでいないかだけが心配だ。


「日高先生に借りを作って、こき使われているお仲間だと思ったのに違うのかしら」


「あー…」


 大体合ってる。まさか俺の他にもいたとは…

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あ、舞台が関西なのに関西弁じゃないというツッコミは無しでお願いします。


次は3時。

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