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09. 新しい仲間

 戦闘から数時間。


 辺りはすっかり暗闇に包まれ、俺は馬車で横になり夜空を見ていた。


 隣では、エレナが小さな寝息を立てて夢の中を泳いでいる。



「ちょっと、よろしいか?」


 そこにオズ商隊長が現れる。


「ええ」


 俺は起き上がって馬車から飛び降りる。

 彼は手にしていた湯気の立つカップを俺に差し出した。


「どうも」

 夕飯は硬いパンと燻製肉しか食べていない俺にとって、暖かい飲み物はありがたい。


 だが、その飲み物は俺の舌の上で蒸発して跡形もなく消えた。

 魔法によって生み出された水は、俺は飲むことすらできない。


 ーーチ……。メイドイン魔法かよ……。



「護衛の3人は即死だった……。2人は気を失ってるが息がある。外傷は治癒魔法で治ったから直に目を覚ますだろう」

 オズ商隊長は、重たい口ぶりで切り出した。


「……そうでしたか」


 俺にとっては一切接点の無い冒険者だが、同じ旅路に着く仲間として訃報は辛い。


 どんな傷も病気も癒す治癒魔法はあれど、死者を蘇らせる蘇生魔法は存在しない。即死すれば助かりようもないのだ。


「……しかし、今以上の被害者を出さずに済んだのはヤト殿のお陰だ。改めて礼を言わせてほしい」


 そういって深々と頭を下げる商隊長に、俺は首を振る。


「ま、自衛のためですからね。お気になさらず。それで、散った商人の皆さんは?」


「ほとんど戻ったが、4人が未帰還だ。狼煙のろしには気づかず街に行ったのだろう。無事だといいが」


「そうですか……。それで、これからこの商隊は?」


 俺の質問に、オズ商隊長は言葉ではなく頭を下げて応えた。


「ヤト殿。お願いがある」


「ふむ。……おそらく断ると思いますが、一応聞きますよ?」


「我が商隊は護衛の半数を失ってしまった。そこで、ヤト殿に我々の護衛を依頼したい」


 予想はしていたことだが、俺は腕を組んで目を閉じる。


 先の戦闘で貴重なグレネードを2つ消費した。残りは調合分を合わせて2つ。薬品系も多少はあるが、魔獣相手に通用するかは未知数だ。よって結論は一つ。



「悪いが、断らせてもらいますよ」


「……フェンリルを倒すその力、手練てだれの冒険者か傭兵なのだろう? どうか、次の街まででいい。いい値で雇おう」


「すみませんね、値段の問題じゃないので。」


「……そうか……。無理を言ってすまない」

 愕然とした様子で肩を落とすオズ商隊長の姿に、俺も居た堪れない気持ちになる。


「とは言え、皆さんの生命の保障できませんが、自衛のためには戦いますよ」


 ーーどのみち、護衛がいなければ魔物に遭遇したら戦う他ない。一人で逃げても、国境まで徒歩は辛い。



「そ、それでも十分だ。感謝する。感謝する」

 オズ商隊長は噛み締めるように、俺に礼を述べるのだった。


 ーーまぁ、そうだよなぁ。神獣フェンリルを屠る俺がこう言うんだから、実質護衛を引き受けたようなもの……。


 俺が断る最大の理由は、俺が他の人の命まで責任を負えないからだ。

 事実上の護衛のような身になっても、その責任を負う立場にはなりたくない。



「ところで、フェンリルの素材だが、あれはどうするおつもりで?」

 オズ商隊長の言葉に、この世界では魔獣の素材は高く売れるのだと思い出す。


「ああ、買い取ってくれます?」


「それは勿論」

 オズ商隊長は笑顔で答えるのだった。


 …………

 …………

 …………


「じゃ、毛皮以外の素材は全て売却、毛皮はヤト殿の衣類にして渡す。それでいいんだな?」


「ええ、それでお願いします」


 先程、エレナからフェンリルの毛皮には超強力な魔法耐性がある話を聞いた。それで作られたローブは、魔法に対して圧倒的な防御力を誇る国宝級なのだと。


 ゆえに、俺は魔法を浴びても燃えない装備一式を作ることにした。



 ーーまぁ、そもそも魔法をくらっても俺としては傷一つ付かないが、服が消滅するのは社会的な意味でまずい。



 オズ商隊長との交渉は、相場が未知数な素材なために次の街でオークションで捌いた後に支払うことで話はまとまった。



「じゃ、見張りは我々でやるが、何かあれば起こしに来るぜ」


「ええ、何もないことを祈ってますよ」


 俺は再び馬車に戻り、硬い木床の上で眠りにつくのだった。



 〜〜〜



 翌日の夕刻、無事に次の街にたどり着く。


 ーー流石に気を張っていたせいか、どっと疲れた気がする……。


 俺は馬車から降りると、凝り固まる体を動かして深呼吸した。


「ヤト殿」

 そこにオズ商隊長が現れる。


「なにか?」


「ああ、まずは無事に街に辿り着けたのはヤト殿のお陰だ。改めて感謝を述べたい」


「どういたしまして」


 俺は感謝を素直に受け取る。


 ーー特に何もしていないが……。


 俺の護衛もここまでだ。この街で新たに臨時の護衛を雇うのだろう。



 〜〜〜




 越境商隊の馬車に乗車して早2週間。


 帝国と王国の国境を超えた。


 相も変わらずガバガバな出入国審査を受け、通行税を支払えば晴れて王国への入国となる。


 この世界には、支配領域を示す国境はあっても人の出入りを妨げる国境はほとんど存在しないのだ。



「ここまで来れば、帝国から逃げずにすみますね」


 心のつっかえが取れたのか、両手を空に伸ばしながらエレナが言った。


「そうだなぁ。まぁ、これからが色々大変だと思うが……」



 出入国や街の移動は楽に行えるが、街に住むとなれば話は別だ。

 市民権がなければ定住資格は得られず、税も重くなる。

 生まれた地以外での市民権獲得が大変なために、国境がなくても事実上、国境が機能しているということだ。



 ーー俺はどうとでもなるが、彼女は……。


 そんな心配は杞憂だと言わんばかりに、エレナは俺に笑顔を見せる。


「ヤトさん……。今までお世話になりました」

 そう言ってペコリと頭を下げる姿に、俺はなんと声を掛ければいいのか戸惑った。



 ーー国境までという話だったし、ここで別離というのも予定通りではあるが……。


「その……なんだ。エレナはこれからどうするんだ?」


 俺は真意をはぐらかした漠然とした質問をする。



 彼女が助けを求めるなら、俺は手を差し伸べる。だが、求められていないなら首を突っ込みはしない。

 俺とエレナはたまたま偶然、帝城から追放されるタイミングが同じだっただけの見知らぬ他人。

 その辺りの線引きは、弁えているつもりだ。


「……ヤトさんはどうされるんですか?」


「俺?」


 俺の質問には答えず、エレナは逆に俺に尋ねた。


 ーー俺を心配してるのか? まぁ、この社会には疎い生きた化石だしな……。そりゃそうか……。


「俺はとりあえず、ミトレス商業都市に行くよ。元々王国に来たのはそれが目的だしな」


「ミトレス……聞いたことある都市名ですね。確かーー」


「ああ。アルトシス天空城がある」



 アルトシス天空城。

 それは、ミトレス領の遥か上空に浮かぶ古代文明遺産アーティファクト


 未だ人類未到の地であり、そこには財宝があると言われている。


 ーー詰まるところ、我が故郷の手掛かりだ。


「行けば何か得られるかもと思ってな。財宝も、情報も」


「く、雲より高い天空城ですよ!?」

 驚いた様子でエレナは言った。行くことは不可能だと諭すかの様に。


「知ってるよ。でも旧文明の遺産でしょ。つまり俺の物。そゆこと。ならばいくしかあるまいて! これは確定事象だ」


 ーー極論すぎるかもしれないが、空が俺を呼んでいるのだ。



「……やはり、私達とは違うのですね……」

 ぽつりと小さく呟く言葉の意味は、俺には分からなかった。


「違うとは?」


「いえ……。ヤトさんはヤトさんだなぁと思いまして」


「なんだそりゃ。そりゃそうだ」


 心なしか暗い表情をするエレナに、俺はこのまま別れてはいけない気がした。


「なぁ……」

「?」


 俺は声を掛けてから悩む。なんと言えばいいのか。

 コミュ力の低い俺に、気の利いたセリフは出ない。


 なら、単刀直入に言うしかない。



「一緒に来ないか?」


「ぇ……?」


 小さな驚きの声を最後に、エレナは硬直した。


「いや、ほら。一緒に帝国から追放された仲間的な? 俺もこの社会に疎いし、エレナも新天地の生活になるわけだし、色々協力しあえることもーー」


 彼女はゆっくりと俯くと、静かに首を横に振った。


 ーー……まぁ、そうだよなぁ。


 住所不定、無職。それどころか、人族でもなければ十二種族ですらない未知の古代文明人。

 挙げ句の果てに、この社会をぶっ壊すと豪語する異常者。

 そんな人に誘われたら、断るのも無理はない。



「…………私がヤトさんの役に立てることなんて……。ないですよ……」


 長い沈黙の後に、エレナは沈んだ声でそう答えた。



 ーー『あなたの力にはなれない』か。随分と気を遣ってくれたお祈りメールだこと。


 彼女が嫌だというなら、俺から強制は出来ない。


「そうか……。残念だ……」


 ここ数日の旅路で、彼女には世話になった。

 この社会に疎い俺に、色々教えてくれたのはありがたかった。

 物知りで、愛想も良く、人柄もいい。


 それに、打算的に考えれば故郷に追放されているため、どこの勢力にも属していないということ。


 素性がはっきりしているというのは、それだけ信用できることでもある。



 ーー彼女が仲間になってくれたらと思ったが……。



「すまない、今のは忘れてくれ。もし行く先もなく困ってるなら、同じく帝国から追放されたよしみだ。できる限りは力になる。これは餞別だ」


 俺はフェンリルを売って得た金額の一部を手渡す。


「ぇ、え、こんなに!? 受け取れませんよ……」

 エレナは受け取った小切手の額を見て驚き、俺に突き返した。


「いや、新天地での生活基盤を揃えるのには必要だろ。他国で市民権を買うには最低1000万Gゴールドはいるらしいし、二等市民の生活は厳しいものと聞く」

「で、ですが……」


 困惑する彼女の姿に、俺も悩む。


「受け取ってくれ。これはお礼だ。それにこれから君は大変だろ……? 元貴族令嬢が、他国で平民暮らしというのは……。」


 俺はそこまで言って言葉を止める。

 しかし、エレナは明るく振る舞って言った。



「私の心配には及びません。魔法は不得手でしたが、これでも座学は得意なのです。商会の会計でも、領地の領官でも、引く手数多ですよ!」


 心配は無用だと言わんばかりに、エレナは胸を張って見せた。



「……なら……。なら、俺に雇われないか……?」


「ーー!?」


 俺の提案は、俺自身も深く考えて口にしたわけでない。

 感情に先立って、彼女を繋ぎ止める口実として放たれた言葉だった。


「……私が、ですか?」


「……ああ……」


 俺の肯定を聞いてもなお、彼女はしばらくの間固まっていた。


「……私がヤトさんの役に立てることなんて……。ないですよ……」


 沈んだ声で答えるエレナの反応は、俺の想定していないものだった。


「あなたの役に立つ力があるなら……私は、私は今……。一緒に……」


「お、おい……」


 体の底から絞り出す様な声で、目を潤わせて迫るエレナに、俺は彼女が何を伝えたいのか分からず仰反のけぞった。


「む、無理にとはいなわいけど……。別に断ってくれても全然いいし……。待遇もそれなりにーー」


「ヤトさんは……。私でいいんですか……?私なんかよりーー」


「むしろエレナがいい」


 今の俺が、この社会で彼女ほど信用できる人を探すのは不可能だ。



「で、でも私は何も出来ませんよ……? 魔法力も少ないですし、もう貴族ですらありません」


「そんなもの、はなから当てにはしてないさ。ここ数日で、君が信頼に足る人物であることは知っている。だから、君に頼みたい」


「……そう、ですか……」


 エレナは複雑な表情をしたのち、儚い笑みで瞼に溜まる涙を切った。


 そして。

「不束者ですが、よろしくお願いします」

 と、ペコリと頭を下げるのだった。


 ーー嫁入りかいっ。


 彼女はゆっくりと顔を上げて、俺の目を赤く濡れた瞳で真っ直ぐ見る。


「3年……いえ、2年でヤトさんの隣に立てるような人になります」


 ーーなんの話だ?


 真っ直ぐ俺の目を見るエレナの瞳には、何が見えているのか理解出来ない。


「……それまで……待ってくれますか?」

「あ、あぁ……」

 煩悩を刺激するような潤んだ目で見上げられる彼女の姿に、俺は意味もわからず頷いた。




 ーーよくわからんが、俺たちの冒険はこれからだ、か……。



 俺は新たな仲間ができたことに若干浮かれつつ、これからの行く末に期待で胸を膨らませるのだった。

次話 『頼るべきは天文学者』


下の☆☆☆☆☆から作品への評価ができます。

感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。

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