07. 害獣退治
俺は迫り来る害獣こと神獣フェンリルを、処分することを決意する。
本来であれば、勝利確定な状況以外で危険な戦闘をしたくはない。
だが、予期せぬことというのは人生には付きものだ。
超常的な現象を引き起こす魔法は使えず、武術に精通している訳でもない俺では、狼一匹にすら負けるだろう。
鋭い牙もなければ頑丈な爪もない。分厚い毛皮もなければ、目を見張る俊敏さもない。
だが、我ら人類が星を支配していたのは、他の生物より強かったからではない。
俺は鞄を開け、2つの陶器瓶を取り出して両手に持つ。
俺が街に隠していたのは金貨や人工クリスタルだけではない。
回収した鞄には秘密道具がそれなりに入っている。
4次元ならぬ、俺の3次元秘密道具ポケットだ。例えば、これ。
二重瓶の内側に可燃性の混合気体と酸化剤、外側にマグネシウム金属粉末の入った簡易フラッシュグレネード。
内側の混合気体が炸裂し、外側のマグネシウムが周囲に飛散しながら燃焼することで生じる光は数十万カンデラに及ぶ。
ーーくらえっ!
俺は瓶から伸びた導火線に火を付け、思いっきりフェンリル目掛けて投げた。
ピシャーーーー!
「ギャオオン!」
飛んできた瓶を目で追ったフェンリルは、暗闇に慣れた目に許容量を超えた眩い光をもろに浴びて悲鳴を上げた。
ーー視界は封じた。俺のターン!
俺は馬車の陰から飛び出て一直線に突っ込む。
ーー相対距離30m。この距離なら外さない……。
手にしていた陶器瓶を、フェンリルの頭目掛けて投げた。
リンゴ程の瓶は緩やかな放物線を描きながら、吸い込まれるように巨体に飛んでいく。
だが、着弾よりも早くフェンリルの目が開き、俺と視線が合った。
ーーもう目が回復したのか!?
擬似的なお手製閃光玉では、軍用のような音響炸裂もなく、閃光も視界を完全に潰す程の威力もない。
一瞬の隙を付ければよかったが、想定以上にフェンリルは視界を早く回復し俺を捉えていた。
「アオ "ォォォーーン!」
フェンリルは前足を地面に食い込ませながら、空に向かって喧々(けんけん)と吠える。
その直後、俺の視界が真っ白に染まった。
「っ!?」
俺の体に雷撃が直撃したのだ。
「ヤ、ヤトさーー」
ドガーーーーーーーンッ!
背後から悲痛なエレナの叫びが聞こえるも、その声は次なる爆音で描き消えた。
ーーま……まぁ、大凡作戦通り。
陶器瓶に入った硝石から作った黒色火薬が炸裂したのだ。
同時に、同梱した無数の鉄球が周囲に音速を超えて飛散する。
ーー全方位ロシアンルーレット。怖すぎ……。
30m以上離れて伏せていた俺のそばにも、鉄球の風切り音が近くを掠めた音に身震いする。
お手製手榴弾。
原始的な黒色火薬の爆圧は大したことはない。だが、秒速400mを超える爆風で加速される鉄球は、四方八方に散弾等しく飛散する。
硝煙が晴れた視界の向こうでは、霞むフェンリルの姿が見えた。
だが、その巨体はゆっくりと左に傾き、ドスンと地を揺らして倒れるのだった。
「ふぅ……」
俺は立ち上がって服についた土を落とそうとするも、服は憫然となっていた。
ーーいやはや、分かってはいたが、魔法直撃は生きた心地しないな……。怖ぇ……。
俺は倒れたフェンリルを見ながら胸を撫で下ろすのだった。
◇◇◇
俺には”魔法的効果が干渉しない”
それが分かったのは、俺が帝国の調査団によって永久凍土から発掘されたすぐのこと。
初めは、俺の世話役の執事によって用意された水が、俺に触れる瞬間粒子となって消えたことに始まる。
水魔法によって生み出された水は、俺に触れると消滅する。
それは水だけではなかった。炎も、雷も、氷も、風も。
魔法という概念は一切理解できないが、それが魔法が使えない人間である俺には干渉できない法理の向こうにあると察するには十分だった。
しかし、逆算的に考えればこうである。
”俺はどんな魔法攻撃にも無敵である”、と。
そして、単純な物理の殴り合いであれば、アドバンテージは圧倒的に俺にある。
◇◇◇
「ヤ、ヤトさん、無事ですか!?」
馬車に戻る俺にエレナが駆け寄る。
「ああ。まぁ見ての通り、服がボロボロなんだけど」
俺の体には一切のダメージを与えることのないフェンリルの雷魔法だったが、俺の服はしっかりと焼いてくれた。
おかげで上半身の服はチリと化し、下半身も色々な意味で危うい。
「ど、どうぞ。これ」
赤面し、目のやり場に困った様子で横を向きながら、エレナは自分の羽織っていたローブを俺に渡す。
「ああ、すまないね。借りるよ」
エレナから受け取ったローブを着て、ボロボロの服を引き剥がす。これで裸ローブ姿だ。
ーーいや、これは不可抗力だ。変態装備ではない。
自分に謎の言い訳をしつつ、先程までいた場所に無造作に置かれた俺のバッグを拾い上げた。
ーーこれ持ったまま走ってたら、さっきの雷魔法で炸裂したかも……。危ねぇ……。
フェンリルに走って近づくのに邪魔だと思って置いていった俺のバッグには、色々ヤバめな薬品や物質が入っていることを思い出し、遅ればせながらにも冷や汗が流れる。
「フェ、フェンリルは・・・?」
「やったか!?」
商人の声が聞こえて、俺は息を詰まらせる。
ーークソがっ! フラグ立ててんじゃねえぇよ!
「あ、あの……何を……?」
急に鞄から二つ目の陶器瓶を手に取り、フェンリルの方に走り出す俺に、背後からエレナが不思議そうに尋ねた。
「何って、念には念をだ」
ーーやったと思ったらまだ生きていた、なんて失態は許されない。徹底的に潰して息の根を止める。たとえ死んでいても肉塊にするまで油断はできない。生存フラグは粉々に叩き壊す。
俺は再びフェンリルに向かって陶器瓶を投げる。
ドガーーーーン!
遠くで爆発音が聞こえるも、フェンリルはピクリとも動かないようだった。
「貴重な硝石を無駄使いしちゃったな……。まぁ、安全の為には致し方ない」
エレナがいるところに戻る頃には、逃げ遅れた商人達が呆然とした様子で、俺が戻る様子を眺めていた。
次話 『人類が生み出した便利で凶悪な悪魔の粉』
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感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。