68. 惚れ薬は誰の手に
ーーこれはやられた……。
俺がそう思ったのは、シルファが加わった『鉄の絆』が用意した料理が審査員の机に並べられた時。
『おおと、これは斬新な料理です! 『鉄の絆』さん。この料理について一言お願いできますか?』
司会役の受付嬢がシルファに話を振る。
「はい。皆様ご存知の挽肉のハンバーグをパンに挟みました。食器いらずで外出先でも食べれる手頃な料理でありながら、複雑な味を演出する調味料とスパイスで飽きることのない味付けをさせていただいております」
『なるほどなるほど。もうすでに見た目と匂いのインパクトで涎が出てきそうです。』
「ヤトくん、あれって」
クレオスも予想外の品に驚きを含む声を漏らす。
「ああ、……ハンバーガーだな」
ここでハンバーガーを出してくるとは、俺はシルファを過小評価していたことを悔やんだ。
俺の生きていた時代で、世界中で美味いと受け入れられていたハンバーガー。
肉を焼くことも、パンを作るのも、人類は紀元前から行っている。
だが、それを挟んで食べることを思いついたのは、産業革命ができて以降。
この世界でもサンドイッチはあれど、ハンバーガーは未知の料理だ。
ましてや、挟んでいるのは肉や野菜だけではない。
「何て言ったっけ、あのソース……」
「ケチャップとマヨネーズだろ?」
「ああ、そうそれだよ。あの悦楽的な味は人を虜にするよ。思い出したら涎が出てしまった」
ーーパブロフの犬かよ。
と、クレオスには言っても伝わらないツッコミを飲み込む。
「これはもう、俺たちの負けだな」
審査員達がハンバーガーにかぶりつく姿を見て察する。
「潔いね」
「あっちの方が一枚上手だったってことだ」
シルファがこんな手を使ってくるとは思わなかった。
もっと繊細で深みのある料理を作るのかと思ったら、圧倒的な味の暴力でねじ伏せる系。
「君の”隠し味”でも叶わないってことか」
「馬鹿言え。あっちはマヨネーズに含まれるペプチドとアミノ酸と、ケチャップに使われるトマトに含まれるグルタミン酸が、肉に含まれるイノシン酸と合わさることで相乗効果によって何倍にも”うま味”を演出させてるだろうよ。天然の化学調味料だよ。うま味成分勝負になった時点で勝てんだろうな」
「そういうものなのか」
『それでは、審査員の判定が終わりましたので、結果発表です! 『鉄の絆』の合計得点は……ドルドルドルドル……デデンッ! 100ポイント!』
「「おぉぉぉおお!」」
「「マジかーー!」」
「満点じゃねーか!」
「俺も食ってみてー!」
『この瞬間、優勝チームが決まりました! 優勝は『鉄の絆』! おめでとうございます!』
その後に表彰式など行い、なりゆきで参加した天頂杯の幕もようやく閉じるのだった。
〜〜〜
「とんだ寄り道になったな」
領主邸への帰路で俺が切り出す。
「そうですか? 私は楽しかったです」
エレナはそう言って笑った。
「私としたことが不覚でしたわ……。せっかくのチャンスだと思いましたのに……。あ、そうですわ」
シャル姫はハタと、何かを思いついた様に手を合わせる。
「シルファエル様? 手に入れられた賞品をお譲りいただくことはできませんか? いい値で買いますわ」
「おい待て、シャル姫。お前なに言い出してんだ」
「あら。ヤト様には関係のないことですわ。私とシルファエル様との交渉ですわよ?」
彼女はそう言って俺に背を向けシルファの手を引く。
「そう言えば、どうしてシルファさんは決勝戦で別のチームに移ったんですか?」
経緯を知らないエレナが、ふとした感じでシルファが移籍した疑問を口にした。
「そりゃあれだよ。俺たちの目的は、君ら『薔薇の乙女』の優勝を阻止することだったからな。三つ巴の勝負じゃなくて、シルファが『鉄の絆』に入れば実質2対1になるだろ? どっちかが優勝すれば目的は達成できるからな」
「もー、ヤトさんは意地悪です……」
と、頬を膨らませるエレナの隣で、クレオスが驚く顔を見せる。
「そうだったのかい? 初耳だよ。てっきりシルファエル君が優勝賞品を手に入れようと動いたのかと思ったよ」
「何言ってんだ? シルファが惚れ薬なんて欲しがるかよ」
ーーだいたい、恋愛感情のない人工天使が誰に飲ませようってんだ。
馬鹿げたことを言いよる……とクレオスとエレナを見ると、なぜか驚いた様子で俺を見ていた。
「い、いいんですか!?」
エレナがいつにもなく危機迫った声で俺に言い詰める。
「なにが?」
「ヤ、ヤトさんがシルファさんに惚れ薬を飲まされちゃいますよ!?」
「いやいや、シルファがそんなことするわけないだろ? なんでそんな突拍子もないことを言い出すんだよ」
「お……女の感です」
ーーわぉ……なんて非科学的なことを……。
鼻で笑い流したいところだが、あまりのエレナの剣幕に押されて溜息を吐く。
ーーそんな懸念を持たれるとか……シルファも大変だな。
「なぁシルファー。取り込み中のところ悪いが」
後ろでシャル姫に譲ってほしいと言い寄られているシルファを呼ぶ。
「はい。なんでございましょう」
「賞品の惚れ薬、俺に使う気じゃないよな?」
ーー俺は自分で何を言っているんだ……。
と思いながら簡潔に尋ねる。
バレンタインデーに、女の子の持ってるチョコレートを指差して「それ、俺に渡す気じゃないよな?」と言っている様なもの。
どんだけ自意識過剰ならできるのか。正解でも不正解でも痛い奴である。
「……はっ! それは名案かもしれません」
「おいっ……」
「冗談でございます。マスターに使う気などありません」
「ほ、本当ですか?」
エレナが眉を曲げながら半信半疑で念押ししている。
「はい。人理憲章に基づき、虚偽を述べないことを宣誓した上、マスターには使用しないことを宣言いたします」
シルファは片手を軽く上げてそう言うのだった。
「だから言ったろ。シルファがそんなことするわけないって」
エレナが何をそんに気にしているのか知らないが、”女の勘”とはなんとも当てにならないものかと苦笑いが出る。
「は、はい……。すみません……。えへへ……えへ」
ーーなんだ急に笑い出して……。怖っ。
申し訳なさそうにしながらへつら笑う、なんとも高度な煽り方を披露するエレナ。
ーー結局、彼女達に振りまされただけの祭りだったな……。
夕日が長く伸びる帰路を歩きながら、珍しく賑やかな休日の終わりを迎えるのだった。
次話 『開拓に馳せる期待と不安』
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感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。




