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63 束の間の休息

 ラングフォード湾岸都市を出発して一週間。


 俺たちは再び街に戻り、侯爵邸の執務室にいた。



「ーーーって感じだったわ」


 ミリア嬢がここ数日の出来事を伝える。


 侯爵とシャル姫は黙って静かに聞いていた。



「ヤト君のいう通り……いや、ラングフォード家の言い伝えの通りと言うべきか、果ての海の向こうにも人の住める大地があったということかね……」


 侯爵が難しい顔をして頷いた。


「ええ、そうよ。アタシの言ってた通りでしょ?」


 ミリア嬢はそう言って、自慢げに胸を張る。


「どうやらその様だね……。それで、今後は計画は予定通りでいいのかね?」


 俺の方に視線だけ向けて尋ねる侯爵に、俺はコクリと深く頷く。


「では、すぐに街を経つのだよ。陛下にご報告し、約束通り王立調査団に正式な調査を取り付けるのだよ」


「よろしくです。あ、これをお忘れなく」


 俺はそう言いながら、方角や距離の書かれた航路図を渡す。


「ふむ。ここから東北東に500km程か……。この”暁の大地”というのは?」


「ああ、呼称ですよ。名前がないのは不便だったので」


「なるほど。中央大陸よりも先に夜明けを迎える地、か」


 侯爵は意味深そうに頷くと、席を立って部屋を出ていくのだった。



 〜〜〜



 ラングフォード侯爵が、国王に直々に『共同海洋調査』の成果を報告し、王立調査団の派遣が決まれば教会もイチャモンはつけれないだろう。


 飛行船の所有権をラングフォード領に譲渡したし、”暁の大地”までの天測地図も渡した。

 後は侯爵が王立調査団を連れて来てくれれば、彼らを輸送すれば調査もしてくれるだろう。


 そして、国王経由で”暁の大地”の存在を公表されれば、俺が教会ともめることもなくなる。



 これで、俺が火中の栗を拾う必要もなくなり、正々堂々人を募集して開拓すればいい。


 ーーふっ。完璧な作戦だな。


 と、自分の計画を賞賛するのだった。



 〜〜〜




「話は変わりますが、ヤト様」


 部屋に残っているシャル姫が俺を呼んだ。


「ん?」


「次の安息日はお忙しいですか?」


 シャル姫の漠然とした問いに首を傾げながら予定を考える。


 ーー調査団が来て”暁の大地”を調査して公表するまでは特にすることもないよな。


「特に予定があるわけではないが……? 何かあるのか?」


「はい。湾岸祭がありますの」


「祭りか?」


 シャル姫は、週末にあるというお祭りについての説明してくれた。




「へぇ〜。で、シャル姫は俺に何を? 領主主催の企画にでも手伝えと?」


「いえいえ。領として担うのは警備ぐらいですわ。私と一緒に街を回らないかというお誘いです」


 彼女はそこで区切って一言付け加える。

「二人っきりで」

 ……と。


 ーー懐柔作戦か?


 俺の脳裏に、シャル姫との刺激的な夜の一件がフラッシュバックする。


「……嬉しい誘いではあるが、恐ろしいから嫌だよ……」


「あら。街に潜む帝国の密偵程度でしたら、私がヤト様を守って差し上げますわよ?」


 ーーいや、怖いのはそっちじゃなくて、お前に路地裏に引きづり込まれてる可能性を考えてのことだぞ……。


 と言いたいところだが、証拠もなく疑いをかけるのも忍びない。


「せっかくの祭りなら、エレナ達とも一緒に行こうぜ。みんなと一緒の方がいいだろ?」


 俺の提案に、シャル姫は一瞬顔を曇らせた様に見えた。

 だが、すぐに麗しい笑みを浮かべて


「ええ。そうですわね。楽しみにしていますわ」


 と言うのだった。



 〜〜〜




 日々はすぐに流れ、週末が訪れる。


 今日はこの街あげてのお祭りらしい。

 朝から屋敷の外で、人声や音楽が飛び交っていた。


 ーーたまには羽目を外さないとな。そういえば、エレナとシルファとクレオスとは、随分長い付き合いの様な気もするが、こうしてどこかに一緒に遊びに出ることはなかったな。


 今の環境にそれだけ余裕があるという現れなのだろう。


 そんなことを思いながら、シャル姫と合流して5人で街に歩み出た。




「シャルロット様〜!」

「お嬢様〜!」


 と、行く先々で群衆がから黄色い声援が聞こえてくる。



「凄い人気ですね」

 隣を歩くエレナが言う。


「確かにな。流石は領主の娘だ」


 ーーいや、どちらかというとアイドル的な崇拝な気もするが……。


「帝国では、貴族と領民との距離はこんなに近くなかったです。なんだか羨ましいですね」


 すっかり今のエレナを見慣れてしまっていたが、彼女も元は公爵令嬢。

 思い出したくないこともあるのだろう。

 健気な笑みを浮かべる姿には、かける言葉が見つからなかった。


 〜〜〜



 屋台を巡り、楽団の演奏を聴き、大道芸を見物し、祭りの雰囲気を満喫する。


 中央広場では仮設ステージが設けられ、なにやら催しが開かれているようだった。



「なんか盛り上がってんな」


 俺の声に、シャル姫が解説する。


「あれは、この街の冒険者ギルドが主催している”天頂杯”ですわ」


「何んだそれ?」


「そうですわね。この街で1番の冒険者パーティーを決める大会といったところでしょうか。盛り上がりするんですのよ?」


 司会役の女性が壇上に上がり礼をした。


『皆様お待ちかね! 今年もやってまいりました天頂杯!』

「「うぉおおおー!」」

『準備はいいですか?』

「「うぉおおおー!」」


 冒険者と思わしき武闘派の観客が場を盛り上げている。



「今年も盛況ですわね」

 シャル姫は会場が湧き立つ様子を見て微笑む。


「このお祭りが今年も行えたのは、ヤト様が街を守ってくださったお陰ですわ」


「どういたしまして……と言っておこうか」


 俺たちは足を止め、何が行われるのか見ることにする。



『司会進行を務めます、冒険者ギルドの激カワ受付嬢、ヘンリエッタです。よろしくニャン!』


「黙れ! 三十路!」

「歳を考えろ!」

「変なもん見せんな!」


『はい、そこの冒険者3人、後でEランクまで落とします。わたくしは永遠の18歳!』


「「横暴だ!」」

「職権濫用だ!」


『ワタシがルール! ワタシが正義! さーさー、まだまだ参加者を募集しております! 現在24組がエントリー! どうせいつも暇な冒険者さん達! 奮ってご参加くださいー!』


 司会役の女性は、なかなかの毒舌を放ちならが冒険者を焚きつける。


『ここで、皆さんお待ちかねの優勝賞品発表ですー!』


「「おぉーーー!」」

「今年はなんだ?」

「期待してるぞ! 冒険者ギルド!」


『今年の優勝賞品はーーー! ドルドルドルドルドル……デデン! 『セフィロトの惚れ薬』でありますっ!』


「「おぉぉぉぉぉぉおおお!」」

「キタコレーーー!」

「やる気出てきたぁ! 俺も参加するぞ!」


 賞品を知ってか、会場は湧き立つ。


 ーーというか、盛り上がりすぎじゃね?


 参加者受付の天幕に人が殺到している。



「なんだよ惚れ薬って……。そんな価値のあるものなのか?」


 と、俺は苦笑ながらにシャル姫に尋ねるも、いつの間にか隣にいた彼女の姿が消えている。


「あれ……」


「ヤトさん、ヤトさん。シャルならあっちに行きましたよ?」


 そう教えてくれるエレナの視線の先には、参加者の列に並ぶシャル姫の姿。

 周りの人達が困惑している。


 ーーな〜にしてんだあいつ……。自分の立場を考えろよ……。てか、参加資格あるのかよ……。


「おーい......。シャル姫何をしてーーっ!?」


 俺の声で振り返った彼女の血走った目が合う。


 ーーヒェッ……。


 すぐに殺気じみた視線を決して、にっこり……いや、ニチャっと笑みを浮かべた。


 俺は思わず本能的な恐怖を感じて、ブルっと背筋が震える。


 ーー俺に飲ませて懐柔しようとかいう気じゃないよね……? 流石に自意識過剰だよね……? いやでもあいつ、前科あるからな……。



「な、なぁエレナ。惚れ薬って本当に効くものなのか?」


 エレナは少し驚いた様子で眉を上げる。


「ヤトさんがそんなこと聞くなんて珍しいですね」


「ん?」


「ヤトさんなら、『そんな似非科学を信じるなよ』って言うと思ってました」


「だ、だよな。……はははっ……」


「ふふっ。あんな眉唾物に飛びつくなんて、シャルもまだまだ甘いですね!」


 エレナも以前、王都で炎色反応を使った霊感商法に乗せられていたと思うが、「今度は騙されれません!」と胸を張ってドヤッていた。


「”回復薬ポーション”なんて魔法薬もある訳だし、惚れ薬みたいな魔法薬のもあるのかと深読みしちゃったよ。ははははっ」


「ふふっ。もし本当に効果があっても、ヤトさんには錬金術で作られた魔法薬は効かないじゃなないですか。()()()()()ですよ」


 ーー確かに。シャル姫に盛られても俺なら……って、あれ……。シャル姫が俺を懐柔しようと画策してるって話はエレナにしたっけ?


 若干の会話の違和感を感じる俺に、腕を組んでいたクレオスが「ふーむ」と唸った。


「どうした? クレオス」


「うん、”セフィロトの迷宮”から見つかったものなら、超古代文明遺産アーティファクトなんじゃないかい?」


 クレオスの不可思議な説明に、俺は首を捻る。

「……ん?」


「”セフィロトの迷宮”っていうのが古代遺跡なのは知ってるかい? 古代遺跡から見つかった古代文明遺産アーティファクトなら、キミにも効果があるのかと思ったのだけどね」


「……」

 俺はクレオスの何気なく語る内容を遅れて理解する。


「ヤ、ヤトさん……。え、似非科学ですよね……?」


 エレナが声を震わせながら尋ねた。

 その表情は、悲しいのか嬉しいのか、はたまた怒っているのか憂いているのか。喜怒哀楽の外にある様な複雑な顔をしている。


「……分からん。俺の知ってる限りではないが、恋心というのが脳内の伝達物質によって引き起こされる現象と考えれば、恋愛ホルモンであるフェニルエチルアミンやエンドルフィンの分泌を完全にコントロールする薬品があれば、理論的には恋愛感情を操作することも可能かも……ってあれ、エレナは?」


 人の話を最後まで聞かずに、いつの間にか消えているエレナ。


 ーーなにこのデジャブ……。


「マスター。エレナ様ならあちらに移動されています」


 シルファの視線の先には、シャル姫の元に走っていくエレナの姿があった。


 ーー似非科学じゃない可能性が出てきてエレナまで欲しくなったのか? 年頃の女の子が考えることはよく分からなんな。おっと、こうしてはおられん。



「二人とも、行くぞ」


 俺はクレオスとシルファを急かす。


「行くって、どこにだい?」


「やめさせるんだよ」


 シャル姫にだけは手に入れさせてはいけないという強迫観念に近い動機から、俺は彼女の参加を阻止すべく、彼女らの後を追うのだった。

次話 『天頂杯』


下の☆☆☆☆☆から作品への評価ができます。

感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。

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