60. 伝説の大地を目指して
石油が発見されてから、ひと月と半分。
俺の姿は侯爵の執務室にあった。
先の魔獣襲来の件で、王都に呼び出されていたラングフォード侯爵が戻ってきたからだ。
「領に戻ってくるまで、今度はどんな問題が起きているのかと心配で、夜も眠れなかったのだよ」
侯爵はやつれ気味の顔で語った。
「お父様は心配性ですわね」
と、少し浮かない顔で言うシャル姫。
「でも、今のところ何事もなくて本当によかったのだよ……。これでまた平穏な日常に戻れる。もう、面倒ごとは御免なのだよ。そうは思わないかね、ヤト君」
侯爵はそう言って俺に会話を投げる。
柔らかな口調と目尻にシワの入った温和な表情を浮かべているが、その瞳の奥にはシャル姫と同じく鋭い光が隠れていた。
その瞳に映る真の狙いを察して俺は口を開く。
「……流石は領主様だ。隠し事はできませんね。もう情報を掴んでいるとは」
「はははっ。この街は私の庭みたいなものだからね」
扉の外で「ガチャリ」という金属甲冑が擦れる音が微かに聞こえる。
いや、”聞こえさせた”、と言った方が正しいだろう。
「……それで、どこまでご存じで?」
「そうだね。すぐに君のお仲間から全てを聞き出せる……と言えば伝わるかな?」
侯爵はそう言って、椅子を回転させて俺に背を向け外を眺めた。
「ふっ。はははははっ」
俺の笑い声が部屋に響く。
「……ヤト様?」
「あぁ、いや失礼。随分と大胆なカマをかけるんだなと思って」
侯爵が再び俺の方を向く。
「……」
「心配されなくても、別に怪しいことはしてませんよ。隠していたのは謝りますが、どちらかと言うと、これは侯爵家に迷惑がかからない様にという俺の配慮だったんですがね。そこまで警戒されるとは思いませんでした」
「……詳しく聞かせてもらおうか」
…………
…………
俺は、目下、”伝説の大地”と言われる果ての海の向こうを目指していることを話す。
「アストラ教会の教えに背く計画なので、侯爵家的にも知ったら不都合だと思って隠してたんですけど。まさか、危険視されるとは」
おそらく侯爵は、俺たちが街の中で様々な商会に働きかけ、得体の知れないことをやっているという情報から、工作活動やクーデターなんかの最悪の事態を想定して動いたのだろう。
ーーここまで警戒されるとは思っていなかったが、俺の配慮が足りなかったか……。
侯爵は「はぁ〜〜〜」と崩れ落ちる様に机に垂れる。
「私はどう反応すればいいのかね。安堵し喜ぶべきか、それとも憂うべきか……」
複雑な感情と、積み重なるストレスに押し潰される様な口調でそう言った。
「お父様……。と、とりあえず、ヤト様を疑ってこの様な手法をとったことを……」
「ああ、そうなのだよ。領の恩人にこの様な非礼をしたこと、心よりお詫びしたいのだよ。娘は反対したのだがね、真意が分からぬ以上、放置する訳にもいかず、鎌をかけさせてもらったのだよ。本当に申し訳なかったのだよ」
「お気になさらず。どちらかというと、俺の無実を証明するためのハッタリでしょう?」
疑って仕掛けれれた茶番ではなく、僅かな不信感を払拭するための欺瞞だというのは察した。
「その通りなのだよ。どうしても放置できない情報を掴んでしまってね」
「情報?」
俺の問いかけに、侯爵は首を振った。
「なに、気にしないでほしいのだよ。そもそも君は、超古代文明人なのだから。私の懸念はお門違いもーー」
「お父様っ」
「「……」」
シャル姫の制止ですぐに口を噤んだ侯爵だったが、既に「しまった」といった様子で表情を曇らせた。
「おっと、これは私が知らない設定の情報だったのだよ」
ーーシャル姫は既に俺の素性がバレているのは知ってる。だが、侯爵も知っていたとは初耳だ。
俺はシャル姫を睨む。
「ち、違いますわ。ヤト様と約束する以前から伝えていたことですの。決して約束を破った訳では……」
「心配しないで欲しいのだよ。私も他言する気はないのだよ」
ーーふむ。今まで知らないふりをしていてくれたことを考えると、そこまで警戒することでもないか。
「ご配慮感謝します。言いふらされると厄介なことになりそうですからね」
俺は特段気にせず会話を送る。
「それで、俺たちは海の向こうに行こうと計画している訳ですが、教会の教えに背く俺たちを、領主様としてはどうするおつもりで?」
「うーん……」
侯爵は腕を組んで考える姿勢を取る。
「そもそもの話なのだけど、この前ヤト君も自分で言ったのだよ。海獣のいる危険な海を渡るなんて不可能だと」
「ええ。確かに」
「なのに、急に何を言い出すのだい?」
前回、ミリア嬢がこの話を持ってきた時は、その伝説の陸地への関心は低かった。
わざわざ危険を冒して行く必要はない、との結論は妥当な判断だ。
だが、油田があるという情報が入ったことで、その地の価値は最上位に躍り出る。
そして、今はもう行くことが不可能ではないからだ。
「とある事情で多少の危険を冒しても、その地を目指すべきという結論に行きついた……とだけ。ご存知の通り、俺は超古代文明人です。果ての海の向こうに陸地があることは既に分かってますから」
侯爵は頭を押さえる。
「でも、遠洋に出るのなんて自殺行為なのだよ。湾内でも海獣が迷い込んで漁師が被害に会うこともあるというのに」
「そ、そうですわね。いくらヤト様でも、船を失えば行くも退くも……」
「ははっ」
俺の笑いに二人が顔をしかめる。
「別に、船で行くなんて一言も言ってませんよ?」
俺の返しに余計に混乱した様子を見せる。
「な、何を仰っているのですか?」
「伝説の大地は果ての海の向こうなのだよ? 船を使わずどうやってーー」
「俺たちは、縦横高さのある三次元空間に住んでるんですよ? どうして危険な海を無理して行くんです?」
俺はそう言って指で天井を指す。
「……ま、まさか……」
シャルロット姫はゴクリと息を飲んだ。
「至って単純、極めて合理的。海が危険というならば、空を飛んでいけばいい話でしょう?」
「「……!?」」
唖然とした様子で口を半開きにする二人。
「空を……ですって……?」
「ど、どうやって……」
「んー。もうひと月ほどお待ちください。すぐにご覧に入れますよ」
この計画を知った侯爵が、自分の領地で中央教会とのいざこざが起きることへの懸念として中止を命令する可能性も危惧していたが、そもそも現実味のない話の様で相手にもされないとは想定外だ。
俺はここで説明しても伝わるか怪しい上に、完成まで近いこともあり
「楽しみにしておいてください」
と、言っておくことにするのだった。
次話 『百聞は一見に如かず』
下の☆☆☆☆☆から作品への評価ができます。
感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。




