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59. 月影商会

「さ、最近さ、あんまりエレナと話も出来てなかったし……。ちょっとゆっくり話さないか?」


 ーー主に”月影組合”とかいうのについて!


「え? ぁ、はい、喜んで」


 エレナは大歓迎だとばかりに、俺の正面の席に座り直した。



 ーー俺に隠してた……って可能性はないよな……。エレナに限ってそんなことしないだろうし、隠すそぶりも見せないし。


『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』ということわざがあるが、その一時の恥も掻きたくない時はどうすればいいのか教えてほしい。


 …………

 …………


 担当直入に尋ねると、意外な答えが返ってくる。


「ーーあれ、クレオスさんから聞いてないんですか?」


「クレオス? いや、聞いてないぞ?」


「クレオスさんが亜糖の件と一緒にすると聞いていたのですが……」


 ーーあいつが原因かっ。


 俺の頭でクレオスの「はっはっはっ」という彼の軽快な笑い声がこだまする。


 天才が故か、ただのポンコツか。彼は適当でいい加減なところがある。



「そ、そう言えば、月影組合の代表をヤトさんにするときにも「事後報告で報告で大丈夫だよね」と言ってましたね……。もしかして事後報告も……?」


「初めて聞いたぞ。てか、なにその組合。俺の知ってる月影商会は、俺とエレナしかいない架空の商会だけど……」


「え……。いつの話ですか……? それ……」

「え、いつって……」


 まるで時代に取り残された人を見る様な目だ。


 ーーいやまぁ、事実、俺は生きた化石だと思うけどさ……。


 彼女の口から説明される月影商会と月影共同事業組合の軌跡は、俺が想像した以上にぶっ壊れていた。


「ーーという形で、組合に加入してるのは商会が約600、個人店舗ですと2万店舗ほどが加入してます」


「……!?」


 震えた。

 武者震いだ。


 たった一人で、実態のない王国一の巨大な組織を作り上げたと言っている様なもの。

 驚かずにはいられない。



 彼女の展開した事業は『相互保証組合』。近代的な表現するなら損害保険サービスといえる。


 加入者から保険料を徴収し、リスクによって生じた損害を全体が保証する仕組みの近代社会ではありふれたシステムだ。



 ーーまぁ百歩譲って、損害保険概念のない世界で、保険事業を実際にやってみた……というならまだ理解は出来なくはない。


 彼女には、これまでにも俺が生きていた社会の話をしているし、どこかで着想を得ていてもおかしくはない。



 だが、一番の驚愕すべきはその手法だ。



 数千数万にも及ぶ全国の加入店舗を管理し、有事の際には保証金を出す。

 リスク審査、損害判定、保険料の徴収などなど。



 規模が大きくなれば大きくなるほど、事業を大きくしなければならない。


 ましてや、このネットもない社会で全国規模に展開するなど不可能だ。だが。それをたった一人で片手間にやっているとはもはや意味不明。


「ーーそれなら簡単ですよ?」


 彼女はそう言って何食わぬ顔で俺に説明した。



「すべての商店は商業ギルドに登録されているはずです。納税義務もありますからね。ですので、手続きに関しては商業ギルドに業務を委託しました。手数料として25%で心よく引き受けてくださいました」


 ……とのこと。

 それだけ聞いても意味がわからない。


 ーーそもそも、商業ギルドに業務委託ってどういうこと? ギルドって完全中立の組織でしょ? どこかの商会の下請けする様なものじゃないでしょ!?



「ま、まぁ、商業ギルドが応じてくれたのはよかったね……」


「はい」


「……いやいや、でも無理でしょ。商業ギルドと連携しても無理でしょ」


「そうですか?」


 彼女は「既に出来てますが?」といったニュアンスで首を傾ける。


「まず、王国にあるすべての商業ギルドに『月影組合口座』を創設しました。後は、事業規模や職種、加入期間ごとに分けた保険料の書いた用紙をギルドホールに貼ってもらって、加入希望者が開業証の預かり入れと保険料を口座に振り込めば加入完了です」


「補償金の支払いは?」


「店舗の場合ですと、一旦お店を畳んでいただく形で、廃業書の提出と、新しい開業申請をギルドに提出したときに、過去半年の納税分から導かれた一定額を補償金として支払われる仕組みです」


「……それ、いくらでも誤魔化せるんじゃないか? 店が壊れたって嘘言って賠償金タカっても、審査もなしに支払われるんだろ?」


「大丈夫ですよ? 廃業届を出さないと保険金はおりませんから。そして、加入条件に開業書を預かり入れることになってますので」


「つ、つまり、保険金もらうために廃業届を出した時点で、店があろうがなかろうが組合に権利を譲渡したことになるのか……。えげつねぇな……」


「そうですか? 不正しなければ問題ないですよ?」


 ーーいやまぁ、そうなんだけどね!? 現代社会じゃ絶対無理なシステムに脱帽だよ……。


「それに、不正の心配はあまりないですよ?」


「なぜに?」


「加入条件に最低開業期間や、商業ギルドの紹介も必要になります。それに、損害補償請求した店舗と同じ街の加入者の保険料が値上がりしますから」


 ーーまさかの連帯性……。商人同士で監視し合ってたら、そりゃ不正は起こらんわな。さすが近代以前の社会……なんでもありだな……。



「信用が大事な商人達です。そんな不定な輩が不正をすることも滅多に無いですよ」


 エレナはそう言って微笑むが、性善説を信じている様な彼女が言うと不安は残る。


 抜け道とか、談合とか、悪いことを考える奴は必ずいる。



「本当に大丈夫ですよ? 仕組み作りにはシャルが加わって話を詰めてくれましたし。商業ギルドもーー」


「シャル姫が? それなら安心だな」


「え……。ちょっとヤトさん? なんか態度違くないですか!? 信用度合い違くないですか!?」


 エレナがふくれる。


 ーーだってなぁ。


 性善説に生きる人が「悪いことは出来ない」と言うのは、それは良心の呵責的な意味となる。

 だが

 性悪説に生きる人が「悪いことは出来ない」と言えば、それは物理的に出来ない意味になる。


 そんな主観的な説明をしたところで伝わるか怪しいものだ。


「そんなことないぞ。気のせいだよ気のせい」


「……でも、絶対今のはシャルが言うから安心だって……。凄く複雑な気分です。私の方がヤトさんとの付き合いは長いのに……」


「いやいや、誤解するなよ。俺はエレナを全面的に信頼してるぞ」


「ぜ、全面的に……!?」


「ああ」


 ーーむしろ、知らぬ間に俺の方が首根っこ抑えられてるまであるんだよなぁ……。


 もしも彼女が裏切ったりでもしたら、俺は間違いなく詰む。

 一蓮托生でもはや信頼する以外に道はない。


「じゃ、じゃあ、シャルと私なら……あ、今のはしです。なんでもないです」


 両手を前に出して発言を掻き消す様な動きをするエレナに「ふっ」と俺は吹き出す。


「バカなこと聞くなよ。エレナに決まってるだろ?」


「っ///!?」



 問い。どちらが信用できますか?

 答え。そもそもシャル姫には警戒しろ。


 ーーあいつと同じ部屋で二人きりというのは、色々な意味で俺が危うい。


 一瞬思い出してしまった”あの日の夜の思い出”に、思わず背筋がゾワッと身震いするのだった。



「それにしても、さっきの油屋との交渉が成功してよかった。途中、難航していると思ったが」


「いいえ? 予定通りですよ?」


「予定通り……? でも、あのルイルオとか言う男は「損するぞ」みたいなこと言ってたけど」


「あ、そのことでしたら、確かに一見損失に見えますが、全体で見れば利益になりますから」


 彼女はそう言って俺に説明してくれた。



 なんでも、保険制度というものがまだ認知されていないこの社会で、「なにかあったら損害を補償するよ! だからお金払って!」なんて言われても、胡散臭く思えてしまうらしい。


「本当に支払われるか」「破綻して逃げられたりしないのか」「カモられてるだけじゃないのか」

 そんな疑惑もつきまとうのは無理もない。


 中でも、油屋の様な危険の多い職種は保険料は高額になる。


「騙されたと思って」とお試しで加入する訳にもいかず、様子見している商会や店舗が多いらしい。



「損害リスクは負担者の数に分散しますから、多くの人が加入していただいた方がいいんですが……。実績がなければ信用されるもの無理な話なので。ですから、ルイルオさんの油屋には、広告塔として割安料金で加入していただきました」


「なるほど。何もなければ保険料を払ってくれる負担者。もし火災でも起き損害補償することになっても、「組合はちゃんと補償するよ」という実績証明になるから、損失であってもより大きな利益を呼び込むということか」


「はい。予定通り成立してよかったです」


 エレナは緊張の糸をほぐす様に、腕を上げて体を伸ばす。


 ーーいや待って? 予定通り、ということは、最初から相手の要望を理解していて、こちらの出せるカードを揃え、両者が「得をした」と思える様な台本を整えたと言うことか……?


 俺の喉がゴクリと鳴った。



「どうしました? 難しい顔して」


「あ、いや……。エレナ……先生?」


「ふふっ。なんですか? 急に。変な呼び方して」



 軽快に可愛らしく笑うエレナだが、もはや呼び捨てするのが憚れれる気がする。


「なんか、先生とか師匠とかで呼んだ方がいい気がしてきたからつい……」


「恥ずかしいですよ。それに、今のままが断然好きですから」


 彼女はそう言って、今日一番の笑顔を浮かべるのだった。

次話 『伝説の大地を目指して』


下の☆☆☆☆☆から作品への評価ができます。

感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。

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