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57.*帝国の内情

 ********



 魔法帝国の帝城にて



 執政官の片翼であるイスカリオ・アーノルドが、2ヶ月ぶりに玉座に戻った帝国皇帝に跪いて言う。



「陛下、無事のご帰還一同喜ばしくーー」

「御託はよい」


 ピシャリと言い放つ様に言う言葉には、僅かに苛立ちの含んだ棘があった。


「ここにおる者は余の忠実なるしもべだ。貴様らには話しておく」


 皇帝は玉座の肘掛けに肘をつけながら、眼前で床に膝をつける数人相手に話し出す。



「2ヶ月ほど前、余が例の古代文明人を攫うべく、影の部隊と序列一桁ナンバーズを率いて向かったことは知っておろう」

「「はっ」」


「結論から言う。作戦は失敗した」


「「!?」」


 イスカリオは作戦の失敗と、なにより皇帝があっさりと失敗を認めていることに静かに驚く。


「……魔族だ。魔族の女が邪魔に入り、全てを崩しおった」

「「魔族!?」」


 その場に集った数人の側近達は、皇帝の口から発せられた単語に驚愕する。


 知性ありしとされる十二種族の中で、古くから人族と敵対してきた魔族。

 そして、魔族が現れたのなら皇帝が序列一桁ナンバーズを率いても作戦が失敗するのも頷けた。


「魔族がなぜ……」

「奴らは数百年以上もライン山脈の向こうの魔界にいるはず……」


 側近達に動揺が走る。


「陛下、本当に魔族だったのですか?」


 イスカリオ執政官は皇帝に尋ねる。


「……間違いない。あの強さ、あの美貌……。人の域を外れておる。魔族に間違いなかろう。あぁ、今思い出しても忌々しい」


 皇帝は苛立ちを拳に乗せて玉座の肘掛けを叩く。


「その魔族は、何か言っていましたでしょうか」

「む?」


 皇帝はイスカリオの問いに記憶を遡る。


「会話はしておらんが……確か、シルファエルとか名乗っておったな」

「シルファエル……? 聞いたことがないですね」


 イスカリオの返しに皇帝は鼻で笑う。


「当たり前だ。魔族の名前など一匹も知らぬわ」

「……それもそうでございます」


 皇帝はズレた会話を本筋に戻す。


「その女魔族のせいで計画は破綻した。余は九死に一生を得たが、他の者は全滅だろう」

「「……」」



 皇帝は夜斗を拉致するための陽動として、山火事と”魔獣傀師パペットテイマー”の誘導によって街を襲わせる計画だった。

 しかし魔獣の群れは反転し、自分たちが襲われた。


 命からがら生還した皇帝だったが、他国の森で一人となり、この城に戻るまでに今までかかった。


「腹立たしい……。実に苛立たしい!」


 計画は全て薙ぎ払われ、死地へと追いやられ、助かっても一人で王国の森を彷徨う屈辱を味合われた身である。

 その怒りは2ヶ月経った今もなお収まるところを知らない。


 それでも理性で抑えて話を進める。


「……過ぎたことは良い。イスカリオ!」

「はっ」

「余が不在の間、よくぞやった。褒めてつかわす」


 イスカリオ執政官の働きは、皇帝が戻ってから聞いた報告で知っている。


 帝国が魔獣で他国の街を襲撃したなんてことは隠蔽したい。

 イスカリオ執政官はラングフォード湾岸都市と早急に密約を交わし、国際問題となる前に鎮火させた。


 また、帝国の皇帝が2ヶ月間も失踪しているなんて事実は、混乱の源でしかない。

 国内外にはその事実を完璧に伏せ、その間に万一に備えて時期皇帝の戴冠式の準備まで整えていたことも皇帝は評価している。



「ありがたき幸せ」

「うむ。その功績に応じ、何か褒美を取らせねばなるまい。望みがあればなんでも言うてみよ」


「勿体なきお言葉。……では僭越ながら、帝室魔導書庫にある書物の閲覧許可がいただければーー」


「イスカリオ執政官! 貴殿それは不敬だろう!」


 彼の隣にいたガルグ執政官が声を荒立てて咎める。

 帝室魔導書庫に入れるのは帝室に名を連ねる者だけ。

 そこに足を踏み入れる許可を願うのは、帝位を軽んじることに繋がりかねないからだ。



「よいよい。此度の働きには余も報いなければなるまい。しかし、なぜ書庫を望む。お主の魔法力では例え一級魔導書を読んだところでさしたる益にもなるまいて」


「私が求めますのは、禁書でございます」


「ほぉ。禁書とな。確かに、帝室魔導書庫には禁忌魔法を記した魔導書もあるが、人の身に扱える魔法ではないぞ?」


「存じ上げております。……ただの知識欲ですので、深い意味はありません」


「そうか。まぁよい許可する。だが、お主は余の片腕。分かっているとは思うが、禁忌に手を染め身を滅ぼす様な真似はせぬようにな」


「心得ております、皇帝陛下」




 主要な話が終わり、皇帝は他に自分に何か伝えることがないかと尋ねる。



「ーーなければ解散し、それぞれの仕事に……む?」


 下段に並ぶ端で、一人の青年が手を上げていた。


「レオか。なんぞ?」

「ああ、親父」


 玉座に座る皇帝を”父”と呼ぶ金髪の二十歳ほどの青年は、他の者とは異なり随分とラフな格好をしていた。


 彼の正名はレオニダス。レオと呼ばれることが多い第九皇子である。


 帝位継承権は九位ではあるが、この場で継承権を持つ者は次期皇帝と彼しかいない。

 それほどまでに皇帝から信頼されている者でもあった。


「俺は先月帝国学院を卒業した。これでやっと立派な大人ってことだ」


 レオは砕けた口調で語る。


「おぉ、そうであったか。それはめでたい」

「だろ? そういうわけで親父殿に折り入って頼みがあるんだけどよ」

「む? 申してみよ」

「ああ、ちょっと領地経営ってのがしてみたくてな。どっか適当な領地貸してくれねーか?」


 レオの発言に隣で聞いていた貴族が額にシワを寄せながら言った。


「殿下、領地の経営は悪戦苦闘の積み重ねですぞ。領主の失態は領民の死に直結し、それは国力の低下をーー」


「分かってるって。ていうか、お前らに出来て俺にできねーわけねぇじゃん?」


「「……」」


 そんな傲岸不遜な発言にも、咎める者はいなかった。

 なぜなら、能力主義社会の帝国で、彼はその発言をするに足るだけの実績を示していたからだった。


「イスカリオ、お主の意見はどうだ?」

 皇帝はイスカリオ執政官の判断を聞く。


「……レオ殿下の財政計画を実践したところ、ここ2年間で帝国の税収は2割増です。また殿下の考案した魔法理論は魔法院でもその効果が確認されており、帝国内では一躍脚光を浴びる現状でしてーー」


「魔法理論とな?」

 皇帝はイスカリオ執政官の言葉を聞き返す。


「ああ。先月学院の卒論で出したやつだぜ? なんか予想以上に反響がデカくてな。今や時の人ってわけよ」


「ほぉ、それは興味深い。して、どんな内容なのだ?」


「要は魔法はイメージで強くなったり弱くなったりするって話だ。炎魔法なら、なんで炎が燃えるのかを理解することで……ってそんな話はどうでもよくてだな」


 レオは得意げに語っていたところから我に返る。


「勉強は飽きたし、魔法も極めたし、冒険も楽しんだし、そろそろ次をしようかなってな」


 まるでゲーム感覚で領地経営を始めようとするレオに、貴族は何かを言いたげに喉を震わせるがグッと言葉を飲み込む。


「任せとけって、俺が領地をデカくしてやっから」


 皇帝はレオの自身満々な様子に「ふん」と鼻をふかせ、イスカリオ執政官に命じた。


「こやつにローグ家の領地を任せるとしよう」


 先の夜斗拉致作戦に参加した序列八位”岩人形師ゴーレムマスター”のエドウィン・ローグの有している領地だ。


 その決断に驚いたのは、同席する序列二位の男。

「陛下、ローグ領をも没収されるおつもりですか!?」


「うむ。奴は二度も任務に失敗し、帝国の権威に泥を塗りおった。奴にも言ってある。「二度も失敗は許さぬぞ」とな。そして奴は失敗した。途中で魔族が介入しようが約束は約束だ。不服か?」


「……いいえ」


「うむ。ではローグ領を直轄領としてレオに任せる」


「「はっ」」



 こうして帝国では新しい風が吹こうとしていた。

 その風が誰にとって追い風で、誰にとっての向かい風になるのか。


 今を生きる者にそれを知る由もない。

次話 『エレナの敏腕な交渉術』


下の☆☆☆☆☆から作品への評価ができます。

感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。

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