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56. 誤解を解くのは難しい

 目覚めると、隣には見知らぬ女性が寝ていた。


 ーーいや、知ってるわ……。この薄紫の綺麗な髪と包容力を感じさせる大人びた顔立ちの美人……。



 酷い偏頭痛と二日酔いの様な気だるさの中、昨晩の最後の記憶を呼び起こす。


 ーー確か、シャルロット姫に襲われて……。それから……。


 床に転がった空の試験管が目に入る。


 ーーそうだ……。彼女にズボンを脱がされた時に、太腿に付けてたレッグホルダーの試験管を蹴ったんだっけ。


 部屋に漂うジエチルエーテルとクロロホルムの残臭。


 気化した麻酔成分を吸って、二人とも強制寝落ちしたのだろう。


 ーーヤ、ヤッてないよな……?


 下着は履いてるし、シャルロット姫の服も昨晩のままなことを考えるとセーフだろう。


 ーーいや、もうこの時点で色々アウトなんだけどな!?



 これからどうしたものかと考えながら、脱がされたズボンを履き直す。

 その瞬間。俺の腕が掴まれた。


 ーーっ!?


 息が止まる。下手なホラーより怖い。


「ヤト……様……」


 上半身を徐に起こすシャルロット姫の姿に、俺は心臓が止まりそうな思いだ。


 反射的に手を振り解き距離を取る。


「……そこまで露骨に避けられると、流石の私も傷付きますわよ……」

 彼女はそう言って儚い笑みを浮かべた。


「わ、悪い。……いや待て。そもそもお前が襲ってくるからだろ……」


「すぅ……はぁ……」

 彼女は大きく深呼吸し、そしてベッドから出る。


 ーーまさか、リベンジマッチじゃないよな……。


 身構える俺に、彼女は「ふふっ」と乾いた笑い声を出す。


「安心してくださいな。……もう何もしませんわ」


 俺はその言葉にひとまず警戒を解く。


「……まさか、あそこまで抵抗されるとは思いませんでしたわ……」


 ーー半分意地みたいなものだけどな。


「ヤト様は……私のことがお嫌いですか?」


「いや、そういうわけじゃ」


「……では……ではどうして……」


 ーーどうして……か。



 政略結婚、家同士の関係、閨閥などなど。そんな貴族社会に生きる彼女にこんなことを言うのは馬鹿げている気もするが……。


「感情を置いてけぼりにした関係なんて、虚しいだろ?」


「っ……」


 シャルロット姫は一瞬目を見開くと、すっと視線を逸らした。


「……そうですわね……。……ヤト様の気持ちも考えず……私が一方的にこんな……」


 彼女は掠れた声で小さく口にする。


「申し訳ありませんでしたわ……」


 そして深々と頭を下げて俺に謝罪し、後悔した様子で下唇を噛んだ。



 ーーわぉ……以外と聞き分けがいい! 俺が言ってるのは君の気持ちの話なんだが……。まぁなんか納得してるみたいだしいいか……。


 俺を襲わないで納得してくれるならなんでもいい。


「またあんなマネしないのなら気にするな。全力で抵抗したとはいえ、綺麗で魅力的な女性に襲われて喜ばない男はいないだろ」


 ーーその後の責任問題と世間体に目を瞑れば……だが。


「み、魅力的……!? ヤ、ヤト様は私のことを魅力的と思ってくださるのですの?」


「そりゃな」


 ーーてか、嫌味か。


 昨晩、ベッドの上で物理的な文字通りの格闘戦をしたせいで忘れていたが、今の彼女の薄着姿はかなり刺激的だ。


 エレナやシルファのせい……もとい、おかげでついた女性耐性がなければ、思春期男子のごとく悩殺されてたかもしれない。



「気持ちが大事……ですわね」

 シャルロット姫はポツリと呟いた。


「ヤト様?」


「ん?」


「……私にも、可能性はあるのでしょうか」


「可能性? なんの?」


「私がヤト様と結ばれる可能性ですわ」


 ーー何その胸キュン発言。彼女が俺を政略的に内縁関係に持ち込もうとしての発言でなければどれほどよかったことか……。


「言ったろ? 気持ちが大事だって。どっちかというと、君次第でしょ」


 ーーそう。これは彼女の心の問題。政略的な理由からではなく、一人の男として心から俺を求めてくれるのなら……。俺にそれを拒むだけの理由はあるのだろうか……。


 ーーま、彼女に惚れられる要素ないから可能性は限りなくゼロだと思うが。


 自分で言ってて虚しくなる現実に、俺は心の中で血の涙を流す。



「私次第……。そうですわね」


 シャルロット姫は噛み締める様に言い、そして顔を上げて俺を見た。


「今はその言葉だけで十分ですわ。私、諦めませんもの。頑張りますわ」


 そして強張っていた顔の緊張を解き、フッと笑みを浮かべて見せるのだった。



 ーーそこまでして俺を取り込みたいか……。帝国の皇帝も俺を手駒にしようと躍起になってたが、こいつも大概だな……。


「……昨晩みたいな強引な手はやめてくれよ」


「ええ。二度と致しませんわ。本当に申し訳ございませんでした……」


「いや、もういいよ。じゃあ、今回の件はなかったことでいいんだな?」


「……はい」


「それと、俺が超古代文明人だということも、黙っててくれるか?」


 どこから漏れた情報か知らないが、その肩書きはこの社会で生きていく上で不都合なことが多い。


「はい。……ですが、一つだけ条件をつけてもよろしくて?」


 ーーここにきて交換条件……?


「……聞くだけは聞く」


「そんな怖い顔をなさらないでくださいな」

 彼女はそう言って俺に近づいた。


 そして伸ばした手の先がギリギリ俺に触れる距離で立ち止まる。


「私のことはシャルとお呼びくださいな」


 俺はなんてことのない条件でホッとする。


「そんなことでいいのか?」


「そんなこと、ではありませんわよ? 私にとっては大事なことですの。だから……」


「そういうもんか……」



 その後には、俺とシャル姫は昨晩の件は”何もなかった”と取り決め解散した。




 〜〜〜





 別邸に帰った俺を待っていたのは、気まずそうな顔をしたエレナだった。


「お、おかえりなさい……。で、では私は帳簿の管理にーー」


「待て待て、俺は無実だ、冤罪だ。だからそんな塩対応しないでくれ……」


 目を合わせることなく去っていこうとする彼女を呼び止める。


「だ、大丈夫です。わ、私別にヤトさんが誰と何をしても……き、気にしませんから」


「待てい!」


 まるで性犯罪者から逃げる様なエレナの後ろ姿に、俺のガラスのハートにヒビが入る。


「『今夜一緒に月を見ませんか?』ってのが夜這いへの誘い文句なんて知らなかった。君も知ってるだろ? 俺は諺や格言には疎い。隠語も当然知らん」


「で、でもヤトさん朝帰りで……」


「あー、それはアレだよ。ちょっと話し込んでただけ。君の友人には何もしてないから、そんなこの世の終わりみたいな顔しないでもらえないですかね……」


 ーー大切な友人に手を出した……なんて思われたらそりゃそういう反応になるよな……。だが待ってほしい。俺は何もしてないし、むしろあっちが襲ってきたんですよ!?


 ……とは言えない。


 昨晩の件は、シャル姫と全て何もなかったということで話をつけたから。


「ほ、本当ですか? 何も……してないんですよね?」


「ホントホント。月見ながら酒飲んでたら、いつの間にか二人して寝落ちしちゃってね……ははは……」


 ーー嘘ではない。まぁ厳密にはその間に色々悶着があったわけだが、大筋だけ見れば間違いではない。


 何もしてないのになぜ誤魔化す必要があるのかと思いながらも、流石にエレナの大切な友人に手を出したなんて思われたくない俺は必死に弁明する。




 そしてどうにか信じてもらうことに成功して、やっと俺の体裁と貞操を守る一晩の激闘の幕が閉じるのだった。

次話 *『帝国の内情』


下の☆☆☆☆☆から作品への評価ができます。

感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。

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