55. ベット上で繰り広げられる夜戦
「待て待て、急に何を言い出す。俺をからかってーー」
「本気ですわ」
俺を見る彼女の目は本気だと物語っていた。
ーーというより、獲物を狙う猛禽類みたいな目で怖いんだけど……。
「お、俺は貴族じゃないし? ほら、そういう問題ってーー」
「それはこちらで手を打ちますのでご心配には及びません」
彼女はニッコリ笑みを浮かべながら即答した。
「……」
「……」
俺はアルコールで澱む意識の中、ひとまず落ち着いて考えを整理する。
ーー彼女の言い分から察するに、公爵家との縁談には領として利益があるんだろうが、何かしらの理由があってしたくないのだろう。かと言って、家を出て好き放題するのは彼女の責任感から許容できない、と。そこで白羽の矢が立ったのが俺……ということか?
ーーまぁ自分で言うのはなんだが、街を救った英雄と持て囃された俺だ。街の連中も反対しないだろうし、何より俺と内縁関係になれば取り込んだも同然。
ーー魔獣襲来を撃退する力に、空飛ぶ古代文明遺産の話だけでも、俺に利用価値があると思うのは当然の判断だ。その果実を享受できるなら、領やラングフォード家としても美味しい話……。だから彼女はこうして俺を取り込むため……ってところか。
「なるほどな、君の考えは理解した」
「でしたらどうか……。独り占めする気もありません。私にできる限りのことはすると誓います」
ーー独り占めしない? つまり、ラングフォード領だけで俺の技術の独占を企てないということか?
ーー私にできる限りのことってのは、侯爵家の後ろ盾を保証するってことか?
ーーなんだこれ……。貴族の婚約交渉ってこんな殺伐としてんの?
メリットやデメリットの話は重要で、政略結婚が当然のこの貴族社会ではこれが普通なのかもしれないが、俺には馴染みが無さすぎて唖然としてしまう。
というか、当たり前のように俺の力を狙った婚約話をしてくることにショック受けてしまう。
ーーいやまぁ、それを隠して近付いて来られるよりいいんだけどさ。
「悪いが、お断りだよ」
「はぅ……。私では……ご不満ですか……?」
「いや、そういう問題じゃないだろ」
彼女が本気で俺を好いてのことなら、俺もなんて答えるかは分からない。だが、それ以前の問題だ。
実利と合理で候補として浮かび上がった俺という完全な当て馬。
彼女が公爵家の縁談や他の見合い話を蹴っている理由は知らないが、俺はその条件から外れているのだろう。
だが、彼女の気持ちを無視した婚約話に、俺がなんと答えれるのか。
ーー愛だけで結婚が成立するとは思わんが、愛のない結婚なんて地獄だろ……。
それで苦しむのは、むしろ俺よりも彼女の方だ。だから、俺は心を鬼にしてでもこう言わなくてはいけない。
「……この話には乗れない」
ーー本気で俺のことを好いての話だったら、俺はなんて応えただろう……。
俺は残念な気もするが、当然な気もする。
ーーそもそも、彼女に好かれる要素なかったしな……。むしろ、ラングフォード家に災いを呼ぶ貧乏神なまである……。
「まぁ貴族にとっての結婚が単純なものではないのだろうが、君の幸せを祈ってるよ」
人生初の逆プロポーズに、俺は歓喜と虚しさを携えた感情とともに彼女の将来を祝福することにした。
「……やはり正攻法ではダメですか……」
彼女は俺の返答を聞いてふぅっと息を吐く。
「ですが、私は本気ですわ」
「……?」
「『今夜二人で月を見ましょう』……というのは、『今晩夜這いに来てください』という意味ですのよ? ご存じでしたか?」
「……は?」
唐突に何を言い出すのかと思えば、シャルロット姫の言葉に、先程エレナの反応の違和感が解消される。
「あなたは今、夜這いに来ているのですよ?」
彼女は立ち上がって俺に近付き、豊満な肉体を俺に当てた。
「ま、待て。誤解だ。俺はそんなつもりじゃーー」
「ですが、屋敷の者はヤト様が来られたことを知っていますわ。お父様が王宮から戻ればすぐに耳に入るでしょう」
彼女はそう言って唇の端を釣り上げた。
ーーはめられた!?
酔いが急激に冷めるのを感じる。
「もう言い逃れはできませんわ」
「い、いやいやいや、俺がそんなエキセントリックな隠語を知らなかったと説明すれば誤解はーー」
「”身体強化”……」
「え”!?」
急に強化系魔法を発動させた彼女に、俺の喉から変な声が出た。
「誤解にはなりませんわ……既成事実を作りますもの……」
「ま、待て、早まるな! 話せば分か……ふぁ!?」
椅子から押し倒されたと思った瞬間、俺の体が浮遊間を得る。
視界が回転したと思った時には、背中に軽い衝撃が伝わっていた。
どうやら一瞬のうちに投げられて、ベッドの上に飛ばされていた様だ。
直後に俺の上に馬乗りになった彼女が、俺の腕を抑えた。
「ちょ、落ち着け……。ってなんて力だよ」
ーーこいつ……本気すぎるだろ! そこまでして俺を取り込みたいのかよっ!
流石は身体強化。彼女の華奢な腕でさえ、振り解ける気がしない。
「抵抗されないのですの?」
ーー全力で抵抗してるんだけど!? ビクともしないんだけど!? 勝てる気しないんだけど!?
シルファを呼ぼうと大きく息を吸うも、石油の採取のためにこの地を離れていることを思い出す。
「あぁ、ヤト様は魔法が使えないのでこれが精一杯ですのね。超古代文明人のぉ、ヤト・クロツキ様ぁ?」
彼女が俺の耳で囁いた声で、俺は二重の意味で背筋を震わせた。
俺は彼女らに素性の話はしていない。
「そんな怖い顔なさらないでくださいな。私にも、帝国に多少のツテがあるのですわよ?」
彼女はそう言って俺の上でクスリと笑った。
「最初は眉唾ものだと思っていましたが、先の魔獣襲撃の件で確信に変わりましたわ。それに、空飛ぶ飛行具の話も……」
ーーなるほど、道理でこんな荒技を使ってまで俺を取り込もうとするわけだ。
「……それを知ってどうする気だ……」
「どうもしませんわよ? し、強いていうなら、私と子作りをーー」
「おおい、ちょっと待て。顔を赤らめるな、生々しいわ!」
「大丈夫ですわ。作法は侍女から聞いておりますもの。ヤト様は天井を見上げたまま数を数えているだけで終わりますわ」
本格的に身の危険を感じ、全力で抵抗する。
心のどこかで状況を甘んじて受け入れてしまおうという欲望が芽生えるが、最後の旧人類としての謎の誇りで自我を保つ。
ーーそこまで俺を取り込みたいのかこの小悪魔めっ!
「ヤト様……あまり、暴れないでくださいな。は、初めてを縛った相手と……というのは流石に……」
「おぉい待て! どさくさ紛れにズボンを脱がすな!」
ーークッソ……。みくびるなよッ!
自分の貞操を守るという人には言えない惨めな戦いの幕が開けるのだった。
次話 『誤解を解くのは難しい』
下の☆☆☆☆☆から作品への評価ができます。
感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。




