54. 怪しげなプロポーズ
石油が見つかってから数日経ったある日の晩。
俺はシャルロット姫に呼び出されていた。
「あれ? ヤトさん、どこかに行かれるんですか?」
別邸の玄関を出るところで、エレナが尋ねた。
「シャルロット姫に呼び出されててな」
「こんな時間にですか?」
「ああ。なんでも月を二人で見たいとかなんとか」
「え……そ、それって……。ヤ、ヤトさんは行っちゃうんですか……!?」
予想以上に驚くエレナに俺は謝る。
「すまんな。俺もエレナ達も一緒にと言ったんだがーー」
「い、一緒に!? そ、それはちょっと……。そんな大人数でなんて……。わ、私は……」
「ん? まぁ、シャルロット姫が一人で来いってうるさいからな」
「そ、そうですか……」
表情が分かりやすいエレナは見るからに気落ちしている。
ーーふむ。そんなにお月見したかったのか……? とはいえ、シャルロット姫もお月見したくて俺を呼び出した訳じゃないだろうに。大方、内密な話をしたいだけだろう。一人で来いと念押しされてるし……。
「そんな落ち込むなよ。別に本当にお月見する訳じゃないと思うぞ?」
「し、知ってますよ!?」
ーーおや、知ってたか……。
赤面しながら答えるエレナの反応は予想外だった。
「や、やっぱりヤトさんもシャルみたいな人がいいんですか……?」
ーーえ? なんの話だ?
「シャルは綺麗ですもんね……。優しくて……胸も大きくて……」
ーー本当になんの話!?
エレナが唐突にシャルロット姫のことを褒めだす。
「すまん、話はまた後にしてくれ。待たせてると悪いしな」
「…………い……いってらっしゃいです……」
俺はエレナのか弱く細い声に見送られながら、別邸を出て表の屋敷へと向かうのだった。
領主邸に入り、メイドに案内された一室。
部屋の中には、豪華な天井付きのベッドがあって二度見する。
「あの、この部屋寝室なんじゃ……」
「このお部屋でお待ちください」
「え、でもーー」
「このお部屋でお待ちください」
「あ、はい……」
無表情でそう伝えるメイドに、何を言っても無駄だろうだと察して俺は大人しく待つことにする。
簡素な部屋で何もない。
本棚には一冊も本はなく、生活感は皆無。
あるのは豪華なベッドと鏡台ぐらいだ。
鏡台の上に置かれた薄汚れたクマのぬいぐるみが目に留まる。その前にいくつかの小物があった。
薄暗い部屋の中で目を凝らし、ぬいぐるみの前に置かれた小物を見る。
果物に花、それから薄紫色の髪の束。
ーーこれって……。
この世界で神に捧げる供物の代表例。お金を捻出できない貧しい女性が、自分の髪の毛を奉納するという話も聞く。
ーー別の理由としては、なんとしても叶えたい願いがある時……だったか? って、これはまさか祭壇!?
ぬいぐるみを祀るなんて話は聞いたことないが、祭壇としか思えない。
ーーそれにこの髪の毛、絶対シャルロット姫のだよね……。
ぬいぐるみを偶像に見立てて祀るなんて話は聞いたことがない。あるとすれば土着信仰や邪教の類だろう。
ーーやべ……変な汗出てきた……。
俺は何も見なかったことにする。人の信仰心には触れてはいけない。
ギギーガチャリ
扉の軋む音とともにシャルロット姫が入ってくる。
「って、なんて格好してる!?」
露出度の高い寝巻き姿に、俺は目のやり場に困って顔を逸らす。
ーーおっと、顔は逸らしたが視線が釘付けだった……。
遅れて視線を外して平静を装う。
「よ、よくきてくださいましたわ……」
いつもより若干頬も赤く、声もうわずっている様な気がする。
ーー酔っているのか?
「呼んだのは君でしょうに。で、要件はなんだ?」
「……」
「……」
「……」
謎の沈黙が流れる。
ーーえっと、この間は一体なに!? 俺なんか変なこと言った!?
「やはりヤト様は、ご存知なかったのですね。ふふっ。でも、これはこれで都合がいいですわ」
シャルロット姫は小さく小悪魔的な笑みを浮かべた。
「知らないってなんのはなsーー」
ガチャリッ。
彼女が背にしていた扉から金属音が聞こえた。
それは扉の鍵をかけた音だ。
「お、おい……」
「バルコニーに出ましょう。今夜は月が綺麗ですわ」
彼女は鍵を閉めたことには何も触れずに話を進める。
ーー『月が綺麗』か。
一瞬、他意が含まれているのかとドキリとするが、言語圏が違えばそんな特別な言い回しが共通しているはずもない。
俺の目の前を何事もなくスゥと横切る彼女の姿を傍目で捉えながら、一瞬でも心揺さぶられた邪な下心を自覚して静かに悶える。
「……外に出るのはいいが、その前に上着を羽織れよ。風邪ひくぞ」
「仕方ありませんね」
ーーなにが仕方ないん!? 常識的なこと言っただけなんだけど!?
バルコニーには、用意周到に椅子と机と飲み物が置かれていた。
ーー本当にお月見する気だったんかい。アルコールはあんまり得意ではないんだが……。月見酒とはなかなかに洒落乙な……。
女性から勧められ、注がれた酒を断るのは忍びない。
他愛もない話をしながら、俺は彼女が俺を呼んだ本題はまだかと月を仰ぎ見ながら気長に待っていた。
〜〜〜
「ヤト様。一つ、身の上話を聞いてくだいますか?」
「ん? ああ」
やっと本題を切り出したかと、俺は彼女の言葉に耳を傾ける。
「私はもう二十歳になります」
「ふむ」
ーーてっきり歳上かと思っていたが……。いやまぁ、俺の実年齢は数千歳は軽く超えてる訳だが……。
「これまでは、帝国学院に通う学徒ということで縁談は断り続けていましたが、ラングフォード家に名を連ねる者として身の振り方を決めねばなりません」
「ふむ」
貴族は貴族で大変そうだな、と思いながらグラスを啜る。
「先日、私が帝国留学から帰国するタイミングで、隣領の公爵家より縁談をいただきましたの。このご縁は我が領地にとっても利があるものですわ」
ーー貴族は貴族で大変そうだな。
俺はそんな感想を抱きながら、空になったグラスを置きながら相槌を入れる。
「でも、本人が乗る気ではない、と」
「……そうですわね……。公爵家からの縁談に後ろ向きだなんて、どうかしてますわよね……」
「いいんじゃねぇの? 個人の自由だろ。気にするなよ」
「そういうわけにはいきませんわ。侯爵家に名を連ねる者としての責任がありますわ。私たちは領の利益と領民の幸せにのために存在しているのですから。私の感情より優先すべきことはあるのです……」
ーーはぇ〜。立派な貴族もいるもんだ。
「ですが……。そうは分かっていても、私は卑怯で臆病で我儘で……。今までずっと逃げ続けていました。帝国に留学したのも、”聖騎士”となったのも、全てを忘れてどこか遠い地に逃げてしまいたいと……そんな不義に塗れた動機からです……」
ーー……いや、普通に凄すぎだろ……。
「ここに戻ってきて、改めて私は侯爵家の娘なのだと実感しました。私には私の責任があることも」
静かに重く、悟ったかのような口調で言葉を紡ぐシャルロット姫。
彼女はゆっくりと瞼を開けて俺を見た。
「これまで全てを投げ捨て逃げる道か、ラングフォードのために身を捧げる道か。そんな葛藤を抱えてきましたが、ヤト様に出会えて根底から覆りましたわ」
「俺……?」
「ええ。全てはヤト様のおかげですわ私のワガママを通しながら、領と家にも迷惑がかからず利益もあるような選択肢を与えてくださったのですから」
彼女が俺の方を向いてゆっくりと唇を動かした。
「ヤト様……。私の全てを差し上げます。なので、どうか私と婚姻を結んでくださいな」
ーーは?
そして彼女は静かに頭を下げた。
彼女の言葉が脳裏で反芻して思考が空転するのは、きっと慣れないアルコールのせいだろう。
次話 『ベッドの上で繰り広げられる夜戦』
下の☆☆☆☆☆から作品への評価ができます。
感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。




