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52. 海を越える理由

「実際に行って確認すればいいんじゃないのか?」


 俺の言葉に一瞬の間が開く。


 侯爵とシャルロット姫から「何を言っているんだこいつは……」そんな声が聞こえて来そうだ。


「正気ですの?」

 沈黙を破ったのはシャルロット姫。

「沿岸部から離れたら、海獣の餌食ですわよ?」


「海獣……?」


「……まさか、ご存知ないのですの……?」

 シャルロット姫は信じられないと言った様子で口に手を当てた。


「あー……海棲魔獣ね。知ってるよ。うん。いや、忘れてただけだ」


 ーーそう。忘れていただけ。俺の知ってる海とは違いすぎて失念していた。



 陸地でも現生人類にとっては厄介極まる魔獣だが、その脅威は海の中でも健在だ。

 むしろ、海で凶暴な魔獣に襲われたらまず助からないだろう。



 だからこの社会では、海運も沖合漁業も発達しない。

 漁もこの街の様に浅瀬の湾内でできる程度だ。


 当然、4000年続くこの魔法文明でも、大航海時代なんて訪れるはずもなかった。


 ゆえに、世界には大地が一つしかないというバカな話もまかり通る。



「知っているのでしたら、ヤト様もこんなおとぎ話にーー」


「おとぎ話じゃないわ!」

 ミリア嬢はシャルロット姫の言葉を遮った。



「ヤトがいれば海獣だって怖く無いわよ! ねぇ!?」


「いや、怖いよ?」


「ほら! ヤトだって怖く無いって……ん?」


 彼女は勢いで俺の発言を聞き逃した様なので、もう一度言い直す。


「普通に分が悪から怖いよ? 海の中にいる魔獣相手に対抗できる手段を()()持ち合わせていない。一角水獣ウォーターブロスとか巨大鮫メガトロンとか巨大蛸クラーケンとかいるって話じゃん?」


「い、いるけど……でもアンタ達なら」


「船壊されたら終わりだろ。ヤダよそんな棺桶航海は」


「……」

 ミリア嬢はガクリと肩を落とし、興奮のあまり立ち上がっていた体をソファーにボトリと落とす。


 シャルロット姫は頬の冷や汗を拭いながら、俺を見て言った。


「よ、よかったですわ。ヤト様でも常識的な判断が出来るようでホッとしましたわ……」


「お、おう……」

 ーー遠回しに俺を非常識人間だとディスるのやめてくれませんかね……。



「なによもう……。せっかく帝国でも足を踏み入れれない理想の隠れ場所を教えてあげたのに。アンタ達なら行けると思ったのに! アタシの直感がそう言ったのに! 全く……期待ハズレだわ」


 ミリア嬢は不満そうに頬を膨らませて唸るのだった。


「すまないね、ヤト君。ミリアは小さい頃から初代様が見たと言う伝説の大地を信じていてね。気にしないでくれたまえ」


 ーーなるほど……。それで俺ならば、と白羽の矢が立ったのか……。


 侯爵との大事な話も終わり、適当な雑談ののちに、俺は別邸へと戻るのだった。



 〜〜〜



 その晩。

 侯爵家の別邸に、お馴染みのメンツが集まる。


 俺、エレナ、シルファ、そしてクレオスだ。


 クレオスには、これまで手紙で伝えていなかった近況報告を交わし、それからもうしばらく侯爵家に世話になることを伝える。




「そう言えば、中央大陸以外に大陸は未発見なのか?」


 俺は昼間のミリア嬢がした話を広げる。


「そうだね。未発見というけど、存在自体してないっていうのが一般論だよ」


 ーーふむ……。


 正確な広域地図がないため、俺たちのいる場所が旧文明のどこかすら分かっていない。


 星の配置から北半球ということぐらいだ。



「それでキミは、今度はその伝説の陸地でも目指す気かい?」


 クレオスは呆れた笑いを浮かべて聞く。


「いや、別にその気はないな。今は石油を見つけるのが先決だ」


「それは安心したよ」


 クレオスはホッと胸を撫で下ろす。


「なぜに?」


「だって、キミの話を聞くに、この大地以外にも大陸は6つもあるんだろう? そんなことを暴露すれば、中央教会の異端審問官に狙われるよ、きっと」


 ーーそういや、アストラ神書の記述を否定することになるんだっけ。全く、宗教とは厄介なものだな……。


 触らぬ神に祟りなしとはこのことか、と俺は舌を巻く。



「ともあれ、把握ぐらいはしておくか。シルファ、悪いがちょっと東に飛んで、その伝説の陸地とやらを見てきてくれるか?」


「お任せください、マイマスター」


 ラングフォード家に言い伝えられている話では、『ここより東に船で数日』という漠然とした情報しか残っていない。

 そもそも、発見したのがここの初代領主が嵐に遭って流された時、偶然見つけたという逸話だけ。

 その陸地というのが、島なのか大陸なのかは知らないが、どこにあってどんな場所なのかすら不明。



「行く気はないんじゃないのかい?」

 クレオスが首を傾げていった。


「ないよ。ただ、何かあった時の逃げ場の確保としてはちょうどいいかもしれないし」


 今の俺は、帝国だけでなく狙われる理由が結構あるのを自覚している。

 シルファの存在もまた、教会に狙われる理由として潜在的に常に付き纏っている。


 大陸中から追われる様な最悪の場合でも、別の安全地帯があるというなら都合がいい。


 俺はそんなことを考えながら、とりあえずシルファに視察を任せるのだった。



 〜〜〜



 翌日。

 俺が目を覚ますと部屋にシルファの姿が見えた。


「ふぁ〜〜ぁ……。……で、どうしたよ……」


 なぜ部屋にいる……と言いたいところだがグッと飲み込んで要件を尋ねる。


「はい、マスター。ご依頼されていた調査の報告をと思いまして」


「報告?」


「昨晩、東の大地の正確な場所を調べてまいりました」


「え……もう?」


「はい。ここより東北微東500km程に、陸地を発見いたしました」


「近いな。お疲れ様、助かったよ」


「身に余るお言葉でございます。それから、原油が自噴している場所を発見いたしました」


「……は?」


 彼女はそう言って手を出し、その上に黒ずんだ液体の入った瓶を出現させた。


「この匂い……。油だな。それに、これは土瀝青どれきせいか」


 原油に含まれる炭化水素の中で最も重い天然のアスファルト。これが取れるなら、油田があるのは間違いない。



 ーーまさか、冒険者ギルドに大量に出した資源調査依頼よりも早く、こっちで見つかるとは……。



 俺は思わぬ転機に笑みが溢れた。



「実に結構、最高だ。シルファ、他に分かったことは?」


「上空から見ましたが全貌は掴めませんでした。小島ではないと判断します。それから、生態系は中央大陸と変わらないものかと。一晩で移動できた限りでは、現生人類やその他の痕跡は発見できませんでした」


「完全に未開の地、か。それはそれで面白い」


 俺はベッドから体を引きずり出す。



「……で、だ。……なんで君は俺の部屋に入ってる。急ぎの用事かと思ったぞ」


「急ぎの用事でしたら、マスターを起こしています」


「あ、うん……そだよね……」


 ーー分かんねぇ。まじ天使の思考回路意味分かんねぇ……。


 俺はカーテンを開いて朝の日差しを浴びながら、深く考えてはいけないことも世の中にあると思い割り切るのだった。

次話 『科学文明の血液』


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感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。

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