51. 新しい領域
魔獣襲来から約3週間が経った。
亜糖こと人工甘味料の大量生産・広域販売のために、これまで別行動だった天才森霊族のクレオストラトスが合流する。
一連の騒動のほとぼりも冷めたため、俺たちも温泉地からラングフォード湾岸都市へと戻った。
俺は、王宮から戻っていたアグリオ侯爵に呼ばれ、彼の執務室に足を運ぶ。
「私のいない間に、君達にはまた助けられたみたいなのだよ……。感謝するのだよ」
侯爵は俺の手を握って激しく振った。
「……ああいえ……シャルロット姫から聞いてるとは思いますが、そもそも今回の魔獣襲来は俺がこの街にいるのが発端でーー」
「それは聞いているのだよ。だが気にしないで欲しいのだよ。結果的には被害もなく、それどころか君たちのおかげで、我が領地には莫大な富が転がり込んでいるのだから」
「……富?」
侯爵はシャルロット姫を部屋に呼ぶ。
しばらくして彼女が部屋に入って来た。
「お、お待たせして申し訳ないですわ。ヤト様……」
「久しぶり」
「え、ええ」
彼女は、なんだかよそよそしく俺に会釈した。
「もしかして誰かと会う約束でもしていたか? すまないな、急に戻ってきて」
彼女の姿がいつもとは違って華美な衣装で着飾っており、侯爵に呼ばれてから部屋に来るまで随分と時間が必要だったことも考えると、誰かと会う約束でもしていたのだろう。
「そ、そんなことはありませんわ」
彼女は顔を赤らめて否定した。
「あ、そう?」
「シャルよ。ヤト君に彼が街を離れている間のことを説明してあげなさい」
侯爵は彼女にそう伝えると、自分の座っていた俺の正面席を彼女に譲って壁際の執務机に着く。
「分かりましたわ、お父様。コホンッ。……ヤト様が街を出られてからすぐに、帝国の特使が訪れましたの。例の襲撃者エドウィン・ローグの身柄はこちらで抑えておりましたから」
「ああ、帝国魔道士序列八位の岩人形師とかいう奴か」
「はい。そして、特使は謝罪と多額の賠償金と引き換えに、今回の一件を”偶発的な事故”にして欲しいという旨を伝えてきましたの」
「ふむ。流石に、『魔獣を使って他国の街を意図的に襲わせた』なんてことは全面戦争不可避で隠匿したい、か……。で?」
「ええ。本来であれば報復戦争は必須ですわ。ですが、魔獣襲来が帝国の仕業とする得確たる証拠もなく……。帝国と王国の軍事力の差は歴然……。同盟諸国との相互防衛協定はありますが、今回の一件でこちらの被害は結果としては皆無ですから、王国が帝国に宣戦布告しても同盟国が動くかどうかは……」
ーーなるほど。王宮が知れば戦争不可避で勝算も不明。だったら、ラングフォード領で帝国と直接話をつけて、口止め料をたかったほうが賢明ということか……。
落とし所としては悪くない。
侯爵の態度を見るに、相当美味しい話だったのだろう。
「しかし、いいのか? ”帝国は魔獣を使って他国の街を攻撃する”という脅威を隠蔽することになる」
俺の問いに、シャルロット姫は笑った。
「私は、『公にはしない』と約束しただけですわ」
そして彼女は自分の唇に人差し指を当てると、「ふふっ」と小悪魔的な笑みを浮かべるのだった。
ーーふむ……。ここまで見据えて俺に「”魔獣襲来は俺が原因”ということは他の人には黙っておけ」と……? 帝国が密約を持ちかけ、その後のことまで彼女の手の内か……。大したものだな……。
ラングフォード領は被害者ではあれど、今回の件で最大の利益を得た事になる。
俺としては、帝国の暴走を発端に両国間での戦争に……という可能性を懸念していたが、彼女は随分と早く着地点を見据えていたのだろう。
彼女が周りから才女と呼ばれていることに同意するのだった。
「ま、なんにせよ。俺が原因で王国と帝国との全面戦争にならなくてよかったよ」
ーーまぁ、関係ないところで勝手にドンパチするのは全く構わない。だが、俺のせいでとなると気が滅入る。
「そういえば、帝国はいつも通りなのか?」
「どういうことですの?」
「いや、皇帝が不在とか、安否不明とか……」
「そう言った噂は聞きませんわね」
ーーふむ。シルファが前哨基地に乗り込んで大暴れしたことで、「あの状況から助かるのは厳しいと思われます」と彼女から聞いていたが……生還したのかな? 運のいい奴だな。
「さてと」
俺は足に力を入れて立ち上がる。
「長らくお世話になりました。侯爵閣下。それにシャルロット姫にも」
俺は二人に頭を下げる。
「おや? ラングフォード領から離れるのかね?」
侯爵が尋ねる。
「ええ。流石にこれ以上迷惑はかけれませんしね」
「気にすることはないのだよ」
「いやしかし……」
「ヤト君。流石の帝国も前みたいな強引な手は使えないのだよ。ならば、辺境の街や村に行くより、ここにいた方が安全ではないのかね」
「……まぁそうかもしれませんがね……。流石に申し訳ないですよ」
「そんなことはないのだよ。それに、今回の件でまた王宮に呼び出されてしまっていてね。しばらく留守にする間、君がいてくれた方が何かと心強いのだよ」
ーーそっちが本音かい……。さすがシャルロット姫の父。ぬかりないな……。
とは言え、よくよく考えれば、この領地に降りかかる火の粉の火種は全て俺とも言える。
それで王宮から呼びだされるというのも、侯爵もまた俺の被害者だ。
「ま、そういうことなら、お言葉に甘えて侯爵閣下が戻られるまでは留まることにしましょうか」
「おぉ、それはよかった。なぁ、シャルよ」
「ええ。そうですわね。ありがとうございますわ、お父様」
ーー何んだ?
俺は親子二人の物言わぬ謎の視線のやり取りを感じて疑問符が浮かぶ。
「……それにしても、そこまで帝国から狙われるとは……。魔獣の群を壊滅させたというカガク兵器を狙ってのことかい?」
侯爵は、ふと思い出したかの様に俺に尋ねた。
ーーそういえば、彼らにはまだ俺は帝国から狙われている理由をちゃんと話してはいなかったな……。
俺が伝えたのは、「あるものを作ったら、皇帝が躍起になって俺を捕まえようとしている」という話だけ。
超古代文明人であることは当然伏せている。
「いや、あれじゃないですよ。熱気球っていう空飛ぶ飛行具の方だと思うんですがーー」
彼らは口を半開きでポカンと固まった。
「あ……。今のは聞かなかったことにしてください」
二人の反応を見て発言を取り消す。
俺にとっては、前時代の原始的な飛行具。
空を飛ぶと言っても、上に浮かぶ程度のことしかできない利用価値の低い道具だ。
隠す必要もないとは思っていたが、この時代には与える影響は未知数だといことを、二人の表情を見て思い出す。
「まぁ、込み入った事情があるってことですよ」
俺はそう言ってお茶を濁した。
「ふ、ふむ……。詮索はしないことにするのだよ。娘の恩人であり、領の英雄に変わりはないのだからね」
ーーそのどちらも、俺が根本原因なんですけどね……。自作自演に近いんだけどね......。
「そ、それで、ヤト様は今後どうされるおつもりですの……?」
シャルロット姫が今後の方針を尋ねた。
俺の予定は未定。彼女の質問に俺はしばらく考えに耽る。
人工甘味料の生産・販売は、すでにクレオスが商会と連携して軌道に乗せてくれている。
今までは彼や商会と最低限連絡を取るために、王国内に留まる必要があった。だが、その制約がなくなった今、帝国の目の届かない国に行くのがいいだろう。
ーー人工甘味料の売上で、冒険者ギルドには油田の調査依頼を広範囲に出せたし、油田が見つかるまでは隠遁生活が最善か。
俺は今後の方針を大雑把に立てて口を開く。
「帝国は予想以上に強引な手を使って来るし……。侯爵閣下が王宮から戻ったら、王国を出てもっと帝国の影響範囲の外に身を隠そうかとーー」
バダンッ!
俺の発言を遮って扉がバンッと開かれた。
「話は聞かせてもらったわ!」
キンと響く声と共に部屋に入って来たのはミリア嬢。
「アンタ、帝国から逃げる先を探してるんだって? いい場所があるわ」
ミリア嬢はそう言いながら、持って来た年季の入った手帳を俺に見せた。
「この街から東に、アタシ達の知らない陸地があるのよ!」
自信気に言い放つミリア嬢に対して、侯爵が諭す様な口調で返す。
「ミリアよ、その話はおとぎ話に過ぎないのだよ。そんな話をーー」
「絶対あるわ。お爺さまもあるって言ってたんだから!」
ミリア嬢は侯爵の制止を振り切って目を輝かせていう。
「最初にアンタ達に助けられた時に言ったわよね。アタシに雇われないかって」
ミリア嬢は俺に迫りながら言う。
「ああ。そういや言ってたな。お断りだけど」
「アンタ達の力を借りられるなら、未知の領域にもいけるんじゃないかって。あの時はただの勘だったけど、今は確信してるわ。アンタならやれる!」
彼女は子どもの様な期待の光を目に宿して俺を見る。
ーーいや、まぁ実際子どもなんだが……。
「どう? 海の向こう。誰も行ったことのない未知の領域よ? 帝国だって来れないわ! 逃げるには最高の場所じゃないかしら!」
まるで夢を語る子どもの様に彼女は言った。
ーーいや、まぁ実際子供なんだけど......。
とはいえ、俺には彼女が何を言っているのか正直わかっていない。侯爵やシャルロット姫が浮かべる曇った表情も引っかかる。
説明を求む、とシャルロット姫に視線を投げた。
「はぁ……。ミリア、一旦座ったら?」
「そ、そうね」
彼女が大人しくなって、シャルロット姫は俺に補足の説明をした。
「ここより遥か東。果ての海の向こうに陸地がある……という逸話があるのですわ」
「逸話じゃ無いわよ! ラングフォード家に代々伝わる伝説よ!」
ミリア嬢が間髪入れずに訂正する。
「ふむ。それで?」
「先代の領主様は、その伝説を信じていましたの。そしてミリアも……」
「あるわよ!」
「ミリア……」
「絶対あるわ!」
ミリアの主張とは反対に、シャルロット姫は否定的な様子を見せる。
侯爵もミリア嬢の意見に目を瞑って首を振っていた。
そんな彼女らに、俺は尋ねる。
「……そんな揉める要素があるのか?」
と。
シャルロット姫は「はぁ」と小さな溜め息を漏らし、壁際にある本棚から一冊の本を手に取った。
『世界は始め、混沌で満ちていた。』
シャルロット姫は朗読を始める。
『怪異が蔓り、死の灰が舞い、空は赤く染まり大地は六つに割れていた。』
ーー確か、アストラ教の創世神話の内容だったか?
『……人類の祖先である十二の原種は、天に住まう翼を持つ神の使徒から祝福を受け、怪異との聖戦に望んだ。聖戦は三日と七晩続き、彼らはついに怪異を退けると、大地を一つにまとめ世界を支える柱を立てた……。』
シャルロットはそこまで読むと、パタンと本を閉じる。
「この大陸の他にも大地があると主張するのは、アストラ神書を否定することになりますわ」
ーーまさかの宗教問題!?
俺は思わぬところに地雷要素があることに目頭を押さえる。
「でも、アタシは誰が書いたかも分からない神話じゃなくて、初代様の見たっていう話を信じるわ。お爺様も信じてたんだから! アタシも信じるわよ!」
「「ミリア……」」
シャルロット姫も侯爵も憂いた声を漏らした。
ーーふむ。
科学が未発達な時代では、宗教と科学は対立することがある。
それはこの文明でも同じということだろう。
だが、地動説や進化論の様な曖昧な問題ではなく、一目で決着がつく論題で揉める要素は理解できない。
「実際に行って確認すればいいんじゃないのか?」
俺は何気ない疑問を口にする。
「い、行くですって!?」
「な、何を言っているんだい!? ヤト君……」
俺の発言に、シャルロット姫も侯爵も声を荒げた。
当然の流れで口にした言葉だったが、まるで俺が常識からかけ離れた発言をするかの様な反応だ。
「ん……?」
「「ぇ……?」」
俺は何か変なことを言っただろうかと振り返るも、思い当たる節が見つからない。
そんな俺を見て、彼らも「え……?」と困惑した様子を見せ、誰のか分からない疑問符が部屋の中を飛び交うのだった。
次話 『海を越える理由』
下の☆☆☆☆☆から作品への評価ができます。
感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。




