50. 勝利の報酬
湾岸都市の中央広場。
辺りは夕焼けに包まれていた。
「現時刻をもって、魔獣襲来に完全勝利したことを宣言しますわ。皆様、お疲れ様でした」
シャルロット姫の言葉に、その場に集った街の人達が歓声に沸いた。
襲撃から約8時間。準備や戦闘よりも、後処理の方が時間も労力も必要だっただろう。
だが、被害は街中に現れたゴーレムによって建物が三軒倒壊しただけに終わった。
そしてそれは誰もが「奇跡」だと口にした。
「今回の奇跡的なこの勝利は、皆様のご協力あってのことですわ。感謝しても仕切れません。本当にありがとう」
簡易的に設けられた演説代で、シャルロット姫は兵や民に感謝を述べる。
「バカ言っちゃいけねぇ、姫様」
「そうっすよ。俺たちゃみんな分かってますぜ。奇跡を起こしたのが誰かなんて」
「ですな。これでワシらに礼とは、嫌味に聞こえますぜ?」
「んだんだ。オラたちゃ何もしねぇだべな」
兵士達はそういいながら、俺の方を見る。
「そうですわね。ヤト様……。あなた様にはなんとお礼を申し上げればいいか……。この街を代表し、最大の感謝を申し上げますわ」
そう言って頭を下げるシャルロット姫を俺は止める。
「降りかかる火の粉を払っただけだ」
ーーまぁ、シルファが戻って来て話を聞く限り、火の粉を振り払ったあげく、相手に火を付け火だるまにした感まであるわけだが……。
帝国の秘密部隊が、街を襲わせようとした魔獣に、逆に襲われるのは自業自得だ。
それで例え皇帝が死んだところで、俺のせいではない。
「ラングフォードの英雄だ!」
「英雄!」
「よっ!奇跡の魔導士!」
「お前さんのおかげで助かったぜ!」
「ありがとよ!」
「街を守ってくれてありがとう!」
兵士も住民も、口々に俺を讃えた。
ーー元はと言えば、俺がいるせいで魔獣襲来が起こされた訳なんだが……。
シャルロット姫にはこの話を先程したが、「あなたのせいではない」と言ってくれた。
そして、「その話は他の方には伏せておくように」とも。
彼女には彼女の考えがあってのことだろう。
俺は迷惑をかけたことに罪悪感もあるため、彼女の言に従うことにした。
「では皆さん。今晩は戦勝パーティーですわ。存分にご堪能くださいな」
「「おぉーー!」」
「飲むぞぉ! ラングフォードの英雄に乾杯だぜ!」
「ひゃっはぁーーーーー!」
そして俺たちの長い一日は、幕を閉じるのだった。
〜〜〜
騒動から二日。
俺は湾岸都市から離れて、街の外にあるラングフォード家の別荘に来ていた。
街では住民が俺を英雄だともてはやすからだ。
朝から晩まで屋敷の前で俺の顔を拝もうと人が群がる。
中でも厄介なのは、俺に触れたら若返れるとかいう謎の噂が広がり、おかげで守備範囲外の婆さん達が迫ってくるという軽いホラー。
ーー誰得なんだよ……全く……。
ほとぼりが冷めるまで、しばしの休暇だ。
そこで白羽の矢が立ったのが、街から馬車で3時間。山奥にある温泉があるというこの別荘である。
何方かと言えば、山小屋に近いが。
「くぁ〜〜〜〜! 魂に染み渡るぅ〜〜〜! 女神の泉はここにあったかぁ〜〜!」
貸切の天然露天温泉に俺の声が響く。
この世界で約2年と半年。
水魔石による風呂には入れず、風呂に入るためにはわざわざ井戸から水を汲み、シルファに頼んで仮想熱電振動波とやらで加熱してもらわなければいけない。
そんな手間から、いつしか水浴びだけで妥協していた今日この頃だったが、再び湯に浸かる悪魔的な快楽に魂が潤う。
「あー……もう動ける気しねえ……。ここから一歩も動ける気しねえわ……」
温泉で独り言を呟く年寄りの気持ちが理解できてしまう俺である。
「お疲れでございますね」
「……3年分の疲れが浄化されてる気分だよ……」
「マスターは、常日頃から入浴を望んでおられましたからね」
「日本人たるもの、毎晩湯船に浸からないと落ち着かないのよ……もう中毒患者なのだよ……。風呂をキメてハイになれそうだ……」
「お背中流しましょうか?」
「あー頼もうkーーいや、ちょっと待て!?」
いつの間にか、独り言が会話となっていることに気付き、溺れかけていた体を湯船から引きずり出す。
声のした後ろを振り返った俺の目に、銀色の髪の人影が映る。
ーーシルファ!?
即座に視線をずらし、何も見ていないと自分に言い聞かせる。
それでも、刺激的な光景は、脳裏に写真のように刻まれなかなか消えない。
ーー落ち着け落ち着け、相手は恋愛感情の成立しない天使だぞ。
一瞬で欲望によって沸騰したかのように滾る血液が、理性という冷却剤で冷やされる。
ーー危ない危ない……。色々な意味で……。
「……おい、シルファ。ユーは何しに男風呂へ?」
平然と男湯に足を踏み入れている恐れ知らずのシルファに、俺は戸惑いながらも冷静を装った。
「生身のマスターはクソ雑魚なので、お傍にいた方がよろしいかと」
ーーあー……うん。確かに城壁に囲われてない野外で、なんの道具も持ってない俺はクソ雑魚だよね。それは事事実ではあるけどね……?
自衛用の武器薬品類を持っていない今、襲われでもしたら俺はクソ雑魚なのは事実……。
一見合理的な理由があるように思われる。
ーーだが、勘違いしてはいけない。
「……シルファエルくん。君の能力的に、少しぐらい離れててもなんの問題もないよね!?」
「はい。当然でございます」
ーーなぜに誇らしげに言うん!? いや、俺としては安心だよ? でも、今の論点そこじゃないよね!?
「……というのは建前でして……」
「おいおい、建前とかいうなよ……」
ーー建前で俺のことクソ雑魚とかいうのやめて……。普通に流れ弾が痛すぎるんだけど!?
「マスター。日本文化には裸の付き合いというものがあり、男性の方と温泉に行く際には背中を流すことで親密度が向上する傾向があると認識していますが……間違っていましたか?」
「……いや。まぁ確かにそういった一面があることはあるけどさ……。君がそれをやったら絶対アウトだろ。人理憲章の人工天使運用規定だっけ? 完全にアウトだろ」
確か、以前にそんなことを言ってた気がする。人類と内縁関係にはなれないとかなんとか。
交際は認められてないけど、裸の付き合いはOK! とか、そんな馬鹿な話がある訳ない。
むしろ、こっちの方が公序良俗的にアウトな気がする。……倫理的にも風営法的にも。
「そうでございますね。ですが、合理的な建前があれば規定違反にはならないとドクター・モミジに教えていただいてますので、セーフだとーー」
「ドクター!? 解釈歪曲しすぎじゃない!? ガバガバすぎませんか!? それがありならなんでもありになるよね!?」
ーーあー……旧人類が滅んだ理由が分かった気がする……。
「マスター? 顔色がよろしくないようですが、湯当たりでしょうか? もう上られた方が……」
「……いや、大丈夫」
なんだか一人で葛藤しているのがバカらしくなってくる。
「シルファさーん?どこですかー?」
壁を隔てた女湯の方から、エレナ声が聞こえる。
どうやら、シルファを探しているようだ。
「……」
俺は無言でエレナのいる柵の方を指す。
「……マスターがそう仰るのであれば……。失礼致します……」
彼女の足音が遠ざかるのを後背で聞いて、俺は湯船に溺れるように頭まで沈んだ。
ーーよかったのか、もったいなかったのか……。いや、もったいないってなんだよ……。
複雑な感情を流すかのように湯水を被り、途方もない年月ぶりの露天風呂に体を委ねるのだった。
次話 2章『新しい領域』
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感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。




