49.*天使無双
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帝国の前哨基地に突如現れた、艶やかで神秘的な雰囲気を纏う銀髪の女性。
「どこかの村娘か……? 何者だ!」
”魔殲滅師”のゼスターが問いただす。
帝国にとって、今回の作戦は極秘中の極秘。
もし、ラングフォード湾岸都市の魔獣襲来が帝国の仕業だと露呈すれば国際問題だ。
彼はたとえ無垢な村娘であっても、始末しなければいけないと判断する。
「私は、シルファエル・リンク・クロノスと申します。帝国から遥々の遠征、ご苦労様でございます」
「「……っ!?((なぜ我々のことを……))」」
この場には浮いた笑みと、綺麗な礼で律儀に来訪をもてなす彼女の言葉に、帝国兵達は一気に警戒を強めた。
ここにいる兵士の装備は帝国軍のものではないし、紋章も国旗もない。偽装工作は完璧にしている。
にもかかわらず、自分たちを看破する存在に危機感を覚える。
ゼスターもまた、地面に書かれた遠距離砲術魔法陣から離れ、皇帝を庇うように移動して問う。
「なんのつもりだ! 貴様、何者だ!」
「私はあなた様を倒せ……と、我が主に仰せつかっております」
そう言って真っ直ぐ指し示すのは、ゼスター。
彼女が夜斗から頼まれているのは、街を遠距離攻撃する術者の無力化だ。
その術者がゼスターであることは既に見抜いていた。
だが、ゼスターが皇帝を庇う様に動いたことで、その場にいる兵士達はシルファが指差す先が皇帝だと判断する。
((こいつ……。皇帝陛下の暗殺者か!?))
「殺せ。生かして返すな!」
「「はっ!」」
ゼスターの命令で二人の兵士が動く。
「こんな上玉を殺るのはもったいねぇけどなぁ!」
「馬鹿っ。ゼスター様のご命令だぞ。口を慎め」
二人の兵士が抜剣してシルファに距離を詰める。
「私も我がマスターの意図を拝察し、一度だけ警告申し上げます」
「「はぁ?」」
「無駄な争いは好みません。この場から早急に退去されることをおすすめ致します」
「ぷ、ぷはははは。なんだぁ? こいつ」
「恐怖でおかしくなっちまったんだろうよ。悪く思うな」
兵士が剣を振り上げる。
「……そうでございますか」
シュッ……。
「「!?」」
皇帝は、シルファに迫った二人の兵士が突然消えたことに目を見張った。
スガッ!
ドガッ!
「ぐはっ!?」
「がはっ!?」
続いて背後で鈍い音がする。
「なにごとだーー!?」
自分の背後の岩に二人の兵士が激突し、崩れるように倒れる光景を目の当たりにする。
(な、何が起きたのだ!?)
「”身体強化”。警戒しろ!奴は強いぞ!」
誰よりも早くゼスターが指示を飛ばす。
この場にいる帝国兵は精鋭部隊。
すぐにシルファの退路も経つ形で包囲する。
「私の目標は一人だけでございます。我が親愛なる主から、無用な殺生は極力控えるように申しつかっておりますが……。敵対するのであれば……」
シルファの瞳に不気味な光が灯る。
そしてトーンが下がった芯のある声が響いた。
「半殺しは致し方ありません」
異様な空気を纏うシルファに、帝国兵の一人が身震いした。
(殺気!? いや、違う……。なんだこの感覚は……。俺は何を震えている!? こんな圧倒的な優勢で恐怖を感じているのか……?)
兵士は脳裏に過った恐怖を勘違いだと振り払い、剣を固く握り直す。
「概念機関を展開せずにこの人数を対処するのは些か面倒でございますね……」
彼女は小さくぼやきながら、先程吹っ飛ばした兵士が落とした剣を蹴って拾い上げる。
「殺せ! 手加減するな!」
「”雷鎖”!」
「”氷針”!」
「セヤァーー!」
彼女を取り巻く数人の兵士が一斉に襲いかかる。
「近接戦闘躯体則動ーー剣舞ーー起動」
シルファの唱えるような小さな呟きが聞こえた。
…………
…………
複数人対1人の戦闘なんてものは、一方的な勝負になるのが常識。
この場でもその常識からは逸脱していない。
……1人の方が圧倒するという誰もが予想外の事実を除いて。
「何を遊んでおる! 早く仕留めんかっ!」
皇帝は、目の前で繰り広げられる長引く戦闘に苛立ちを募らせる。
(女1人にいつまでかける気だ!)
彼女を包囲し、圧倒的な優勢にいた。
にも関わらず、一向に勝負が付かないどころか、帝国兵が次々と吹っ飛ばされていく。
今や、前哨基地にいる約100人全員で倒そうとしているのに、彼女は止まる気配もない。
(……なぜだ……。なぜこいつはまだ立っている!?)
本当になにが起きているのか。皇帝は目の前で見ているのに理解が追いつかない。
なぜならただ、”強い”。その一言に限るからだ。
強力な魔法を放つ訳でも、奇抜な戦術を行う訳でも、特殊な技を使う訳でもなく。
精鋭兵士の猛攻を紙一重で躱し続け、ただ剣で斬るという単純な行為の連続。
だが、それはもはや神業だった。
(奴にかまけている時間はない。もうじきここは魔獣の波が来るのだぞ! さっさと離れなければいけないというものを……)
「チッ。無能共め。致し方ない。”灼熱奈落”!」
「陛下!?」
皇帝の魔法により、シルファを中心としたその一帯に、高温の溶岩が流れる穴が生まれた。
極大魔法に分類される魔法を略唱だけで繰り出すのは、帝室の圧倒的な魔法的才能によるものだろう。
「うわぁ!」
「エ、”空中蹴歩”!」
「”岩盾”!」
「捕まれ!」
「お、落ちる!」
「「ぐあぁぁぁ!」」
「「ぎゃあ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ!」」
シルファの近くにいた帝国兵達も、突然現れた溶岩に道連れに飲まれた。
(ふっ、やったか。我が兵を手にかけるのは些か忍びないが、仕方がないことだ)
皇帝はシルファが落ちたと確信し、馬に跨る。
「行くぞ、ゼスター。奴らは放っておけ!」
「はっ! ただいーーはっ!?」
ガキンッ!
シルファの剣撃を、ゼスターが反射的に杖で防いで金属音が鳴り響く。
彼女の姿はいつの間にか、皇帝達のすぐ後ろにあった。
(なぜだ!? 確実に落ちたはず!?)
「チッ……”乱流爆風”!」
ゼスターは爆風で、目の前に迫ったシルファを吹き飛ばそうとした。
その威力だけで生身なら数メートルは吹き飛ばされ、内臓は破裂する程はあるだろう。
だが、彼女は1ミリたりとも動かない。
それどころか距離を詰めてゼスターの懐に入っていた。
「なぜ……!? しまっーーぐぁあああ!」
「ゼスター!?」
シルファの手にした剣で杖を持つ腕を切り飛ばされ、ゼスターが激痛に顔を歪ませる。
そんな彼に、シルファは追撃の斬撃を繰り出す。
「させん! ”氷護結界”」
皇帝が咄嗟に展開された氷の結界。
シルファを分厚い氷の壁に隔離された。
「ふん。造作もない。余の手を煩わせやがって。何しておる。行くぞ、ゼスーー!?」
「邪魔でございます」
「ぐはっ!?」
皇帝は、シルファの薙ぎ払った剣の腹で馬上から吹き飛ばされる。
「馬鹿なっ!? な、なぜだ!? クソッ……”硬化石体”……!」
ドガッ!
皇帝は体は後ろの岩壁に当たって止まる。
「おのれ……」
皇帝は、自分を馬上から吹き飛ばした相手を睨む。
「ぐほっ……。へ、陛……下……」
バタッ……。
その間にも、シルファはゼスターの反対の腕を切り飛ばしていた。
傷と出血で、ゼスターは倒れて起き上がらない。
治癒魔法で手足の欠損も回復するとはいえ、全治には数時間はかかる。
既にシルファの目的は達成していた。
「貴様……。余に、余にこのような蛮行を……。我が序列一桁をも……。ただで帰すとーー!?」
ズサッ!
立ち上がる皇帝の顔の横に、シルファの手にしていた剣が投げられ壁に深々と突き刺さる。
(ッ……)
皇帝は思わず出そうな声を、なんとか堪えた。
「私の目的は達成したので帰還いたします。さよならでございます」
彼女は何事もなかったかのように皇帝に背を向けると、来た道に方に足を向ける。
(なんだ……。何のつもりだ!? 余を愚弄しているのか!?)
皇帝の眼前に広がるのは、ただ一方的に蹴散らされた帝国兵と、血を流して倒れるゼスターの姿。
立っている者は一人もはおらず、呻き声が漂う。
颯爽と現れ、やりたい放題して勝手に去っていく存在に、皇帝の頭の中でブチンとなにかが切れる音がした。
(ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなッ!)
皇帝は壁に突き刺さった剣を抜と、魔法陣を展開する。
「”轟加疾風”!」
天才と謳われるシャルロット姫でさえ、街に迫った火球を迎撃するために詠唱発動させた魔法を、略唱だけで発動させシルファに向けて放つ。
(死にさらせ!)
一直線に飛ぶ剣はシルファの背中に迫る。
だが、彼女は一回転しながら剣の柄を掴むと、遠心力を利用して剣の軌道を反転させた。
「な!?」
剣を見ることもなくそんな曲芸めいたことをするシルファに、皇帝は驚愕を隠せない。
「くっ……”魔法障壁”!」
ガキンッ!
自分の放った攻撃を、自分が防ぐという滑稽劇。
「マスターの元に早く戻りたいのですが……」
シルファは息混じりに呟き頭だけ振り返る。
「マスターのご慈悲によってのみ生かされている哀れなカカシ……。お望みでしたらこの場で消しとばして差し上げますが?」
皇帝は、彼女の冷たく殺気立った眼光に息を詰まらせる。そこには明確な殺意が込められていたからだ。
もし、彼女がこちらを完全に向けば、自分の命はないと錯覚する程に。
(マスター? 慈悲だと? なんの話だ……。奴はなんなんだ!? あんな存在がこの世にいていいものなのか……!?)
皇帝は言葉を発することができない。だが、帝国の頂点に君臨する自分が、得体の知れない女一人に恐れ震えていることなど到底許容できなかった。
「き、貴様! 許さん、決して許さんぞ……! これで勝ったと思わぬことだ。貴様の国ごと滅ぼしてくれる……。今に見ておれ。この雪辱、必ずーー」
「はぁ……。亜原子粒子擬似投影装置ーー生成……」
シルファの手に数本の短剣が現れる。
(っ……)
皇帝は身構えた。
だが、彼女はそれを天高くに放り投げ、再び来た道へと戻って行った。
「はぁ……はぁ……はぁ……ホッ……」
皇帝は、彼女が去って自分が心底安堵していることに気付く。
膝から力が抜け、崩れるように座れ込む。その心の内は放心に近い状態と言えた。
皇帝はその場に座り込んだまま、シルファの消えた森を視線を動かすこともできずに眺めているのだった。
(……化け物めッ……)
手足の震えも収まり立ち上がる。
後に残るのは、彼女への苛立ち。
(覚えておれ……。必ず国ごと攻め滅ぼしてくれようぞ……)
恐怖心を怒りに変え、足に力を入れる。
「陛下……。ご、ご無事ですか……?」
回復した兵士がおぼつかない足取りで皇帝に近付く。
「う、馬だ。馬を用意せよ」
「は、はっ!」
(こんなところ、すぐに離れなければ……。魔獣が来る。早く、早く……)
「陛下! 大変です!」
「なんだ!」
「う、馬が……。馬の縄が全て切れています!」
「なっ……」
兵士の報告を聞いて、皇帝は衝撃のあまり息が止まる。
(バカな……)
皇帝は、銀髪の女が先ほど空へと短剣を投げたことを思い出す。
(そんな……そんな真似が……!? 奴は本当に人なのか……!?)
「ア”ウ”ォーーーーン!」
魔獣の遠吠えがこだまする。
距離はそう遠くはない。
もはや馬がなくては、魔獣の群れから逃れることは不可能だった。
「な、なぜだ……。なぜこんなことに……」
皇帝はヨロヨロと後退りし、岩壁に背中をつける。
次第に近付く魔獣達の地響きに、息が荒く鼓動も激しく脈打つ。
「に、逃げろ!」
「魔獣が来るぞ!」
「あ、足が、足がぁー! 誰か! 誰か俺に回復魔法を!」
「うわぁああああ!」
「も、持ち場を離れるな!」
「ま、待ってくれ! 置いて行かないでくれ!」
「陛下! ご指示を!」
「逃げろぉぉ!」
「すぐそこまで来てるぞ!」
「陛下っ! 陛下ぁ!」
シルファに蹴散らされた兵士達も、迫り来る魔獣に混乱状態だった。
精鋭の帝国軍秘密部隊の姿はそこにはなく、ただ大量に迫る魔獣達に怯え逃げる姿。
そんな光景を、皇帝はまるで夢でも見ているのかと唖然と眺めていた。
「余は……。余は世界に冠たる魔法帝国の皇帝だぞ……。余は……余は……」
皇帝の声は、次第に大きくなる魔獣達の地響きによって掻き消されるのだった。
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次話 『勝利の報酬』
下の☆☆☆☆☆から作品への評価ができます。
感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。




