48.*もう一つの戦場
********
場所はラングフォード湾岸都市から西に数km。
街に魔獣の群れが迫る数分前のことだ。
森の中にある小高い丘に、帝国軍の前哨基地が設けられていた。
帝国兵の一人が、簡易天幕の中で泰然と座る帝国皇帝に報告しにやって来る。
「陛下。まもなく魔獣の群れがラングフォード湾岸都市に到着します」
「うむ」
皇帝は満足げに頷く。
◇◇◇
超古代文明人である夜斗を手中に収めるため、皇帝自ら指揮をとる今回の作戦。
第1段階。
序列六位の”魔獣傀師”と山火事を利用して、魔獣に湾岸都市を襲わせる。
第2段階。
序列四位の”魔殲滅師”が街の中に遠距離攻撃し、住民も混乱状態にさせる。
第3段階
序列八位の”岩人形師”が、混乱に乗じて標的である標的である夜斗を攫う。
成功すれば、王国の侯爵家に匿われている標的を帝国の仕業だと感づかれずに拉致できる。
だが、魔獣襲撃の原因が帝国の差金だと露呈すれば、大陸中の国家や教会をも敵にしかねない諸刃の計画。
現場は失敗が許されない空気に包まれていた。
しかし、それほどのリスクを冒してでも、超古代文明人を手中に収める価値があると皇帝は睨んでいた。
◇◇◇
(ふはは。これで奴の力は余のものだ。教会を出し抜くカラクリ時計。空を飛ぶ魔道具……。それらが手に入れば、すぐに大陸全土は余のものとなろう。待ち遠しい……実に待ち遠しい!)
皇帝は腕を組んで、じきに手に入る超古代文明人の力に心を高鳴らせる。
高木に登って遠視魔法で監視していた兵士が叫んだ。
「群れの先頭が森を抜けました!」
「さぁ。せいぜい踊れ踊れ」
皇帝は立ち上がり、余興を楽しむような表情を浮かべながら天幕を出る。
(どれ。王国の都市防衛能力は如何程のもか。手並みを見てやろう)
皇帝は遠視魔法”千里眼”を発動させる。
「……っ!?」
しかし、皇帝は脳裏に映る情景を見て言葉を失った。
「た、大変です!」
同じくその光景を見ていた監視の兵が声を荒立てる。
「騒がしいぞ。どうした?」
序列四位の”魔殲滅師”の二つ名を持つゼスターが、兵士の言動を咎める。
「魔獣の群れが……か、壊滅していってます」
「何っ!?」
「「どういうことだ!?」」
「「なんだなんだ?」」
「作戦は失敗か!?」
「おい、どうなってる!」
遠視魔法は高等魔法に分類され、扱える者が少ない。
そのため、肉眼では見えない遠い戦場の様子が分かる者は限られる。
「ま、魔獣達が……。どんどん死んでいますっ!?」
監視の兵の言葉は、ただ混乱を招くだけだった。
皇帝もまた自らがその状況を目の当たりにしても、驚愕のあまり言葉も忘れて眺める。
「どういうことだ。しっかり報告せよ」
ゼスターの言葉に、監視の兵士はカタコトながら状況を説明する。
「ま、魔獣が次々と……。まるで命が吸われるかのように倒れていますっ! なにが……分かりません! あんな光景は初めて見ます!」
監視の兵も初めて見る光景に、動揺を隠せないでいた。
当然、そんな説明をされても聞く者は理解できるはずもない。
「へ、陛下……」
「……」
ゼスターが皇帝に声をかけるが、返事がない。
「陛下!」
「なんじゃ!」
遅れて皇帝は応える。
「……作戦はいかがしましょうか……」
皇帝自ら現場の情景を見て、理解の出来ないことが起きていることは明白だった。
だが、作戦中止にすることは憚られた。
「……しばらく様子を見る。なに、魔獣は1万いる。数で押し切れるだろう」
「御意」
〜〜〜
しかし、数分経っても状況は変わらなかった。
魔獣の群は城壁まで辿り着かない。
それどころか、群れの侵攻する勢いが落ちている。
「陛下。恐れながら、今回は一度撤収し、再度機を伺うというーー」
「たわけ!」
皇帝は、ゼスターの進言を一蹴する。
「余に振り上げた剣を戻せと言う気か!? おめおめと手ぶらで帰らせる気か!?」
皇帝自ら指揮を取る作戦で、失敗したなんてことになれば権威に泥を塗る行為だ。
それは決して認められなかった。
「作戦を第2段階に移行せよ!」
「陛下!? し、しかし魔獣の群れはーー」
「黙れ! 分かっておる。だが、街の兵士は城壁に集結している。今なら彼奴を攫ってくるぐらい、貴様ら序列一桁なら出来るだろう?」
「はっ。仰る通りです」
当初の想定と状況は違えど、街の戦力は前線に集中していることには変わりない。
ここに”魔殲滅師”の二つ名を持つゼスターの遠距離攻撃が合わされば、”岩人形師”のエドウィンが平民一人攫うことなど造作もないだろうと結論付ける。
「貴様は作戦通り、エドウィンにゴーレムを届けよ。そして撃てるだけ遠距離魔法を街に打ち込み混乱させよ」
「御意」
ゼスターは皇帝に一礼し、超遠距離魔法の準備に取り掛かる。
本来100mも飛ばない魔法を、超古代文明遺産と融合させることで飛躍的に飛距離を稼ぐ帝国の切り札の一つ。
しばらくして、用意されていた超遠距離魔法術式がゼスターによって起動された。
バシュッ。
ヒュルルルルルルルルゥゥゥゥーー。
1発目は、エドウィンのゴーレムを飛ばす。
遥か先の街に放たれる様子を、皇帝は動揺を落ち着かせるかのように満足げに頷くのだった。
バシュッ。
ヒュルルルルルルルルゥゥゥゥーー。
順調にラングフォード湾岸都市に火球が飛んでいく。
(エドウィンめ、しくじるなよ? 魔獣で街を襲わせることには失敗したが、目的が達成されるなら些細なことだ)
皇帝は既に街に潜入させているエドウィンが、夜斗を攫って来ることを心待ちにしていた。
しかし。
「陛下、大変です!」
監視の兵士の叫ぶような声に、皇帝は新たな問題かと苛立つ。
「なんだッ」
「魔獣の群れが、こちらに向かって来ます!」
(馬鹿なっ!? 魔獣が引き返してきただと!?)
山火事による扇動と”魔獣傀師”によって誘導しているはずの魔獣の群れが、引き返して自分たちに突っ込んでくるなんて考えてもいない。
皇帝は狼狽し頭を押さえる。
王国内での秘匿作戦のため、連れてきたのは100人程度。
魔獣達の群れに鉢合わせたらタダでは済まない。
(ここにいては……)
皇帝は自分の身が危険に晒されていることに息を荒立たせた。
だが、世界に冠たる帝国の皇帝の威厳を崩すような真似はしない。
「ナンバーズ以外でこの場で階級の一番高い者は誰だ!」
皇帝は声を張り上げて尋ねる。
「自分であります! ドット・ダークルであります!」
一人の中年男性が名乗りを上げた。
「よろしい。この場に指揮権は貴様に委ねる」
「……はい?」
「余からの最後の命令である。森に火を放ち、魔獣を押し返せ。さすれば再びあの街に魔獣が向かうやもしれん」
「へ、陛下は……」
「余は後方で状況を見極める。この場の指揮は以降はドット、貴様が取れ」
「……勅命しかと承りました」
(ふはは。これで上手くいけば再び魔獣が街を襲うだろう。失敗しても作戦の失敗を知る者は減らせる。)
「ゼスター。貴様は余の護衛として付いてこい」
「御意」
「馬を連れてこい!」
皇帝はゼスターを引きつれ、前哨基地を後にしようとした。
その時だった。
「おやぁ? もうお帰りになられるので?」
凛と響く抑揚のある声。
その場には合わない澄んだ女性の声が響いた。
帝国兵は声のする方に意識を向ける。
そこには白銀色の髪をした艶やかな神秘的な女性が、森から姿を現すのだった。
次話 ✳︎『天使無双』
下の☆☆☆☆☆から作品への評価ができます。
感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。




