47. リベンジマッチ
俺は領主邸に戻って来た。
屋敷の前庭で倒れる兵士に、ゴーレムが別邸に向かったという話を聞いて駆けていく。
既に城壁から全力疾走した俺は疲労困憊だ。
それでも、足を無理矢理動かして進む。
ーーエレナ……。どこだ……。
別邸の中庭から、男の声が聞こえた。
「手足を切り落とし火炙りにてなぁ。瀕死になったら回復してなぁ。何度も何度も繰り返すと、助けてくれって言ってたのに、殺してくれって言い出すんだぜ? クヒヒヒ……。テメエぇらはいつまでもつかなぁ……」
ーーこの掠れた耳障りな声……聞き覚えがある。
俺は目の前の角を曲がった先の中庭に、帝国魔導士とゴーレムがいると推察する。
ーー先手必勝だな。
俺はホルダーから陶器瓶を手にする。
建物の角を曲がった先には、エレナとミリア嬢の姿もあった。
ーー2人は無事か。
「キヒヒ。奇策は終わりか? じゃぁ、俺様の番だ。しっかりお礼してやるよ。この前の分もな! クヒヒ。ギャハハハハ! いい顔だぜ! パーティーの始まりだぁ」
帝国魔導士は両手を広げ、悦に浸った様な歓喜の声を上げた。
俺は二人の位置を確認し、陶器瓶から伸びた針金を引き抜く。
温存していた貴重な黒色火薬を使ったグレネードだ
信管代わりのフェロセリウム合金粉末が中で合わさり、衝撃で摩擦着火し爆発する危険な衝撃型手榴弾。
ーー全方位ロシアンルーレットはあまりやりたくないが、シルファがいない今致し方ない。
俺は上空へ陶器瓶を投げ、そして声を張り上げた。
「ほぉ。楽しそうなパーティだな。俺も混ぜてくれ」
……と。
突如として現れた俺に、三人の意識が俺に集まった。
「ヤ、ヤトさん!」
「あ”ぁ”ん!?」
帝国魔導士は俺を見るやいなや、目を見開いて口角を釣り上げた。
「テメェ! 見つけたぞ! ヤトォォォ!! ぶち殺してーー」
「二人とも、シールドを展開しろ!」
俺は新たに手にしていた試験管を帝国魔導士に投げつけながら叫ぶ。
「「「”魔法障壁”!」」」
エレナやミリア嬢は咄嗟に”魔法障壁”を展開した。
帝国魔導士も、俺から飛んでくる試験管を”魔法障壁”で遮った。
試験管は展開された魔法陣に当たって砕け散る。
だが……。
ーー本命はそっち……。
俺が目線で追ったのは、帝国魔導士背後。
先程上空に投げた陶器瓶が、急な放物線を描いたのちに彼の背後に落ちる。
黒色火薬と鉄球が入った危険なグレネード。
ーー3、2、1……
俺は即座にその場に伏せた。
陶器瓶が地面に落ちた瞬間、間髪入れずに爆音が轟いた。
ドガーーーン!!
「ぐあぁぁぁ!!」
帝国魔導士の無防備な背中に、爆風と無数の鉄球が襲いかかり悲鳴を上げる。
それに留まらず、ビシビシっと周囲の建物に破片が当たって音を立てる。
ーー怖えぇ!
エレナやミリア嬢と違って、俺は”魔法障壁”を展開できないから、当たらないことを祈って伏せるしかない。
ーーまさに、全方位ロシアンルーレット……。
爆音が収まって煙が空へと霧散する中、俺は体を起こして帝国魔導士を見た。
「ぐっ……グホグッホ……」
うつ伏せに倒れ、背中にはジワっと赤い液体が滲み出ている。
致命傷は与えれただろう。
だが、魔導士は腰につけたポーチからゴソゴソと小瓶を取り出しす。
「ヤト! 早くトドメを刺しなさい!」
ミリア嬢が叫ぶ。
帝国魔導士は、フーフーと息を荒立てながら、充血した目で俺を睨むように見上げる。
「このっ! 喰らいなさい! ”炎波撃”!」
「く……”結晶守界”……。ぐほっ……」
帝国魔導士が、自身の周りを取り囲む様な立方体を展開した。
「あぁ! やられたわ!」
ミリア嬢の放った炎の波が、半透明の壁に当たって遮られる。
「ぐほっ。ゲホゲホッ……待ってろ、すぐに……テメェらまとめて……。ぐぉぁっ!」
魔導士は悲鳴を上げながら無理に体を起こして、自分の背中に回復薬をかける。
「回復する気よっ! 結界を破るわ!『巡る緋色は世界に浸り、陰りの中に揺らめく炎は歪なーー』」
魔法陣を展開し、何やら強力な魔法を放とうと詠唱を始めるミリア嬢。
「おいおい、もう勝負はついてるって」
俺は彼女を止める。
回復薬には、治癒魔法と違って傷を完治させるほどの力はない。
あくまで止血と自然治癒の促進程度の効果だ。
ーーそれに……。
「あんな隔離した空間に自ら入るとか、完全に自爆。手間が省けて助かる」
「うっ……」
結界内の帝国魔導士が、手にしていた回復薬の入った瓶を落とす。
「「……ぇ!?」」
魔導士の自信の周りに展開していた結界が解ける。
その光景に詠唱中のミリア嬢も、エレナも小さな驚きの声を漏らした。
「な……なぬ……にを……こおんの……オ、俺……様に……」
滑舌悪く、舌が回らない様子で俺を睨みながら、ガクリと膝を着く。
「おやすみ、よい夢を」
体を痙攣させながらバタリと倒れる帝国魔導士。
俺の横でミリア嬢が、展開していた魔法を中断して警戒する。
「……なにを……したの?」
「夢の国へのご案内だ」
「はぁ?」
「ジエチルエーテルを吸ったんだよ。吸うと意識が飛ぶ麻酔薬。あんな密閉空間に入るとか、完全な自殺行為だ」
「い、いつの間に……」
「最初に投げたろ?」
本命の陶器瓶を”魔法障壁”で防がれないために、陽動のために投げた試験管。
「最初に牽制で投げた試験管には、エタノールを脱水縮合して作ったジエチルエーテルが入ってた。本当は、ジエチルエーテルの引火性を利用したハメ技に持ち込むつもりだったんだが、まさか自ら密閉空間に入り込んむとはな……。自爆乙。」
「自爆?」
「ああ、ジエチルエーテルは吸引麻酔に使われるぐらい麻痺性があるから。蒸発性が高く、大気中に1割でもあればおやすみコースだ」
そう言いながら、倒れている帝国魔導士に近付く。
「何をする気?」
「確実に意識を刈り取る。しばらく起きない様にな」
俺はホルダーに残っている試験管を取り出す。
「それは……?」
「夢の国へのパスポートさ。まぁ、クロロホルムっていうんだけどな。こっちは中枢神経を麻痺らせる危ないお薬」
ーー誰しも人生で一度はやってみたいアレ。
クロロホルムを嗅がして「うっ」バタってやつ。
ーーまぁ、実際は推理小説の様にはいかないのは周知の事実。だが、筋弛緩作用の強いジエチルエーテルと、呼吸器系に作用するクロロホルムを使えば……ぐへへ。
「……アンタ、すっごい悪い顔してるわよ」
「き、気のせいだ」
〜〜〜
「ミリア様! ご無事ですか!?」
俺が帝国魔導士を完全に無力化した頃。
兵士達のやってきた。
ミリア嬢が応援部隊を手招きする。
「そこの男を捕縛して頂戴! 帝国の序列一桁よ。気を抜かないで。傷は死なない程度に治してやって」
「「はっ!」」
帝国魔導士は数人の領兵に囲まれ、意識のないまま頑強な枷を嵌め連れて行かれる。
「ところでなんだが、あいつのご自慢のゴーレムは?」
俺はさっきから周囲を見渡しても姿のない帝国魔導士のゴーレムに、未だ警戒心を解けないでいた。
「あ、それでしたらここに沈んでます」
エレナが指差す炭酸カルシウムが溜まった白濁の池を指差す。
ーーえ……!? どういう状況!? ゴーレムを池に落としたの!? ……いや、どうやって!?
俺がここに来るまでに何があったか想像も付かず、それでもエレナが無事なことに胸を撫で下ろすのだった。
〜〜〜
「相変わらずアンタはぶっ飛んでるわね」
帝国魔導士は領兵に連行され、ひと段落した中、ミリア嬢が俺に言った。
「アタシの”新星波撃”でも打ち破れ無い”魔法防殻”を、貫通どころか致命傷を入れた挙句、結界の中に逃げ込んだ相手も眠らすなんて……。なんかもう頭痛くなるわ……」
「ま、魔法じゃないからな」
「ホントアンタって意味不明ね……。アンタ見てると常識が削られる音がするわ……。でも、また助けてもらっちゃったわね。心から感謝するわ」
ミリア嬢はそう言って微笑む。
ーー俺のせい……なんですけどね……?
俺はそんな後ろめたさを心の中で吐露するのだった。
「エレナ! アンタにも助けられたわ。ありがとう」
「い、いえ……。私はなにも……」
「そんなことないわ。さっきのアンタ、ヤトみたいだったわ」
「……ぇ? わ、私がですか!?」
「うん」
頬を赤らめるエレナの表情が見える。
ーー本当に何があったんだよ……。俺みたいって何……? 何したの!? 恥ずかしいことじゃないよね!? なんでエレナ顔赤くしてんの!?
まるで思春期に、クラスの女子が自分の方を向いてヒソヒソ話しているような感覚。
あることないこと想像してしまうあの頃の不安を彷彿させる。
ーーき、聞かなかったことにしよう……。
俺はそっと心に蓋をすることにした。
「ねぇエレナ。そういえばアンタさっき詠唱転換してたわよね?」
「詠唱転換? なんだそれ」
俺は初耳の単語を聞き返す。
「一度展開した魔法を書き換えて、新しい魔法を発動させる超高等技術よ」
「へぇ」
「あ、違いますよ? 私にそんなこと出来ません」
エレナが否定した。
「え? でも、アンタさっき……」
「さっきのは、ただの魔法障壁を下に展開して、起源魔法を発動させると見せかけただけです」
「え!? じゃ、じゃあアンタは最初から全力攻撃と見せかけて、防御する気満々だったの!?」
「はい。私では魔法戦で帝国魔道士相手に勝ち目はありませんから……。あの人がこちらに魔法を放つ間は防御魔法も使えないので、ミリアさんが仕留めてくれることを信じて一回凌ぐことだけ考えてました」
ミリア嬢はフラフラと後退りして、頭を抑えた。
「どうした?」
俺には全く理解できない魔法戦の話だったが、ミリア嬢の様子も不可解だ。
「魔法戦というか心理戦ね……。そんな奇抜なこと普通しないわよ……。もし地面の魔法陣が”魔法障壁”だと気付かれていたら……。リキャストタイムを待たれてアンタ死んでたわよ!?」
「ゴーレムを無力化されて激昂していたので、そこまで視野は広くないと思いました。……こうでもしないと帝国序列一位には敵いっこありませんから……」
エレナはそう言って自虐的な笑みを浮かべた。
話を聞く限り、どうやらエレナは随分と危険な賭けをしたようだった。
「ヤト。アンタには相変わらずぶっ飛んでると言ったけど、エレナ……アンタも相当ぶっ飛んでるわね……」
ミリア嬢は苦笑する。
「そうか? 俺なんてまだ常識の範囲内だよ。実は、俺たちよりももっとぶっ飛んだ存在が傍にいるからな……」
俺はそう言って、西の空を見上げるのだった。
次話 ✳︎『もう一つの戦場』
下の☆☆☆☆☆から作品への評価ができます。
感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。




