43.*人智を超えた力
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魔獣がラングフォード湾岸都市に押し寄せてくる。
もうじき始まるのは、命懸けの都市防衛戦。
シャルロット姫は城壁の上に登って、西の森をジッと見ていた。
(街を守り切ることは出来るでしょう……。けれど、戦い慣れていない住民にも戦闘を強いてしまいました……。いったいどれ程の方が犠牲になるのでしょう……)
彼女は最高指揮官として気丈に振る舞って入るものの、不安と恐怖で押しつぶされそうだった。
「……心配するな」
彼女の隣に立つ夜斗が静寂を破って言った。
「戦いってのは、始まる前から勝敗が決まっている」
夜斗の言葉にシャルロット姫は頷く。
(その通りですわ……。後は天に運を任せるのみですわね……)
夜斗の言う『勝敗は決まっている』とは、既に決着がついていることを示しているが、シャルロット姫に分かるはずもない。
「そして、今回は完勝だ」
夜斗は自信気にそう言い添えた。
「……そうなることを、祈っていますわ」
この状況でも不安の片鱗さえ見せない前向きな夜斗が、シャルロット姫はなんだか頼もしくも思えた。
だが、彼はどこかおかしなところがあるとシャルロット姫は思っている。
さっきから『今回の魔獣襲来は自分のせいだ』などというおかしなことを言うからだ。
シャルロット姫は冗談にしか聞こえない。
…………
(きっと、緊張を解そうとしてくれてるだけですわよね。不謹慎なネタではありますが……)
「その話が本当だったら、磔はりつけにして火刑にしてやりますわ」
だからシャルロット姫も冗談で返す。
だが、シャルロット姫の目に映る夜斗はその返しに、深刻そうな表情をして顔を歪ませていた。
「じゃ、じゃあさ。今回の一件で街も兵も民も皆無事に終わったら、少しは減刑してくれたり……」
焦る様な口調で夜斗がシャルロット姫に提案する。
「ふふふっ。そうですわね。もしそんな奇跡が起こったら、不問にしますわ」
シャルロット姫は夜斗の反応が可笑しくて、つい会話に花を咲かせてしまう。
そんなくだらない話をしている間だけは、不安を忘れることができるからだった。
「あ、でもそれは個人的に少し困りますわね」
シャルロット姫は先ほどぬいぐるみと交わした約束を思い出して、会話を広げる。
「困る?」
「ええ。先程、古き懐かしの友人に約束してしまいましたのよ」
ぬいぐるみ相手に馬鹿げた約束をしたと自分でも思いながらも、シャルロット姫は夜斗に言う。
「その約束、忘れるなよ?」
夜斗は真剣な顔でシャルロット姫にそう告げた。
「あ、あなたに関係のないことですわ///」
到底叶わぬ約束。
実現されるはずもない条件であることはシャルロット姫も分かっている。
『もし、もしもこの街を救ってくださる白馬の王子様が颯爽と現れたら、私は身も心も捧げますのに』
あんな約束を口走るあの時の自分が、今は無性に恥ずかしく思う彼女だった。
〜〜〜
「敵襲!敵襲ぅーー!」
魔獣が森から出てくると、平野を街を一直線に迫り来る。
剣を構え、自身に強化系魔法を施し準備を整える。
隣で腕を組んでじっと前を見つめている夜斗の姿を見て、シャルロット姫は声を掛けた。
「あ、あなたも戦闘準備を……」
「準備は終わってるさ。言ったろ?『戦いってのは、始まる前から勝敗が決まっている』……と」
「な、なにを……」
シャルロット姫にとって彼の言うことは分からない。
「あぁ、そうそう。一応念押ししておくが、約束はちゃんと守れよ?」
「や、約束///?」
「ああ」
夜斗に真剣な顔で念押しされ、シャルロット姫は顔を赤らめる。
(な、なぜこの方はあんなぬいぐるみと交わした約束を守らせようと……。まさか、聞いていたのですか!? いえ、そんなはずは……。ま、まぁもし本当にそんな奇跡が起こるのでしたら、私の身ぐらいいくらでも差し上げますとも)
シャルロット姫は自暴自棄な思考に陥りながらも、手にした剣に力を込めた。
(この場に集う兵や民の士気を上げるのも指揮官の務めですわね……)
彼女は兵士を鼓舞するために声を張り上げようとした。
だが、それよりも早く横に立つ夜斗が数歩前に歩み、魔獣相手に両手に張り上げる。
「警告だ。その先は冥府の入り口。一歩でも踏み入れれば命はないものと知れ」
その光景が異様で、シャルロット姫は顔を顰めた。
「あ、あなた……何を言って……」
「さて。それでも来ると言うなら……。……蹂躙だ」
シャルロット姫の目に、夜斗の不敵な笑みを浮かべる横顔が映った。
「「!?」」
突如、彼女の皮膚に流れる空気が変化したのを感じた。
肌を突く様な魔獣の殺気が急変したからだ。
「何……?どうなってるの?」
「分かりません……。魔獣が……」
城壁へと迫っていた魔獣達が、次々と倒れていく。
「なに……なんなのですか……これは……。何をしたというのですか……」
あまりの理解のできない光景を前に、シャルロット姫は狼狽した。
戦闘もなく、攻撃も見えず、ただ向かってくる魔獣達が勝手に死んでいくという異様な光景。
「ギエエエーーー! ギエエエーー!」
「グォォォォォォォォーーー!!!」
「ギガルルルルルルルゥゥゥゥー!」
魔獣達の断末魔が聞こえる。
「……これは……これはあなたの仕業ですか……? あなたがあれを……?」
戦いというにはあまりに一方的で、それは正しく蹂躙。
彼女らの想像を絶する破滅の光景。
「まぁ、俺の仕業といえば俺の仕業かな」
「……」
(これが、これが人の成せる技だというのですか……? そ、そんなことが出来る人を今まで聞いたこともありません……。そんなことができる人などいるはず……)
投石器から放たれた木樽が魔獣の群れに落ち、一帯の魔獣を悉く殺す。
その光景はあまりに悪魔的で、シャルロット姫の緊張と興奮で熱った体が凍りつく。
「何って。毒攻撃だよ。……まぁ、毒蛇や毒草から作る矢毒より、ちょっとばかし強力だけど」
(ちょっとばかりですって……!? ティラノイーターの群れを一撃で葬る程のものですわよ……!?)
ティラノサウルスとワニを掛け合わせた様な見た目の四足魔獣。その危険度は腕利きの冒険者パーティーでも苦戦する程だ。
その群れを一発の投石で瞬殺する程の毒など、人智を超えたものであることは明白だった。
「あ、あんなの……あんなものは人の身に許される力じゃないですわ!? あれだけの魔獣を……一瞬で……」
シャルロット姫は、目の前で腕を組んでただ戦場を見下ろす夜斗に、得体の知れない恐怖を感じて口にする。
「人の身に許される力じゃない……か。正論だな。正論すぎて耳が痛いよ」
夜斗はシャルロット姫の言葉に、複雑そうな表情を浮かべて頭を掻いた。
「あれを超古代文明人はこう呼んでいた。『化学兵器』と」
「カガク兵器……」
「まぁ、それは総称であって、正確にはイペリット。硫化ジクロロジエチルを主成分とする糜爛剤だ。液体で触れてもアウト、気化した気体を吸ってもアウト。人類含む大抵の生物には猛毒で、痙攣、発作、呼吸器支障、タンパク質を破壊するし、発癌性もあり、細胞分裂を阻害し、さらには遺伝子まで傷付けるとかいう超殺意高い系激毒」
夜斗の言葉の半分も、シャルロット姫には分からない。
ただ、魔獣達がその猛毒で殺されたというだけは分かった。
「そんなものがなぜ……」
「なぜって。そりゃ、作ったから」
シャルロット姫は、自分の耳を疑った。
「超古代文明遺産を作ったと仰るのですか……!?」
「二酸化硫黄とエチレンの反応によって作れるからな。素材となる硫黄も塩素もエタノールも触媒も手に入る。作れない道理はない。ポリスルフィド結合を持つ化合物作るのはなかなかに面倒だったが……」
(さっきから、この殿方は何を仰っているのですか……!?)
まるで独り言の様に呟く夜斗の言葉を全く理解できないシャルロット姫は、夜斗から漂う異質性に思わず後退りする。
「ま、問題と言えば、反応器具を作るのが大変なのと……」
夜斗はそう言って一息吐く。
その様子に、シャルロット姫は眉を寄せる。
「倫理的な問題と、後始末のことを考えればあまり使いたかはなかったがね」
「後……始末……?」
シャルロット姫が城壁の向こうを見れば、こちらに迫って来る魔獣はもういない。
既に先頭の魔獣達は息絶え動かぬ骸になっている。
後続の魔獣達は、体を引きずる様に森へと引き返していた。
「終わった……の……ですか……?」
思えば、自分は何もしていないことに気付く。
「いや、これからが大変だ」
夜斗はシャルロット姫の言葉を否定する。
「まだ……なにが……」
震える声で彼女は尋ねる。
「いや、戦闘は終わったが、あの一帯は毒沼だ」
魔獣達の屍が積み上がる一帯を指して言う夜斗の言葉に、シャルロット姫は息を飲む。
「さぁ、除染作業が待ってるぞ。いやぁ、海辺街で助かったわ。塩水から水酸化ナトリウムは無限に手に入るし」
夜斗はシャルロット姫の方を向いて笑った。そして続けて言う。
「今度は20人じゃなくて、200人程の人手を頼むとするよ」
シャルロット姫はもう自分が何をすればいいのかもわからず、ただ彼の言葉に無言で頷くのだった。
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次話 『終わらない戦闘』
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感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。




