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42. 戦闘という名の蹂躙

 教会の鐘がなる。

 数は2回。10時を意味した。



 ーーもう時期か……。



 城壁の上には領兵や冒険者達が待ち構え、城壁の内側には武器や農具を持つ市民達が魔獣襲来モンスタースタンピードに備えて固唾を飲んで待っている。


 人は多く集まっているのに、不気味なほど静まり返っていた。




 城壁についた滑車の音が聞こえ、昇降機からシャルロット姫が姿を現した。

「ここにおられたのですの?」


「ああ。いいのか? 指揮官がこんな前線に来て」


「以降の指揮は、領兵隊長さんに任せましたわ。民に戦いを強いた以上、私が最前線で戦わねば示しが付きませんもの」


 ーー立派なことだ。まぁ、その必要はないと思うけど。


 俺は彼女の覚悟に水を差すほど空気の読めない男ではない。


 だが、彼女の小刻みに増える腕に気付いて、掛ける言葉も見つからずに空を見上げた。


 彼女が相当の手練れであることはミリア嬢から聞いている。

 この震えは恐怖からではなく、彼女にのし掛かる重圧から来るものなのだろう。


「……」

「……」

「……心配するな」


 長い沈黙が流れたのちに、俺の声が静寂を破った。



「戦いってのは、始まる前から勝敗が決まっている」


「……そう……ですわよね……」


「そして、今回は完勝だ」


「……そうなることを、祈っていますわ」


 シャルロット姫は俺の方を向いて、儚い笑みを見せた。



「あぁ、そうだ」

 俺は話題を変える。


「さっき俺の言ったこと覚えてるか?」


「人手が欲しいと言う話ですの?」


「いや、その一個前」


「……魔獣襲撃モンスタースタンピードがヤト様が原因だと言う冗談ですか?」


「そ。もしもだ。もし本当に俺のせいだったらどうする……?」


 十中八九俺が原因だが、俺が悪いわけではない。

 全ては帝国の暴走。でも、俺のせいだと知ったら彼女がなんとするかは気になる。


「本当だったら、はりつけにして火刑にしてやりますわ」

 彼女はそう言って笑った。


 ーー本当なんだよなぁ……。


「じゃ、じゃあさ。今回の一件で街も兵も民も皆無事に終わったら、少しは減刑してくれたり……」

「ふふふっ。そうですわね。もしそんな奇跡が起こったら、不問にしてさしげますわ」


 ーー奇跡……か。


「約束だぞ?」

「ええ、構いませんわ。……あ、でもそれは個人的に少し困りますわね」

 彼女はハッとした様子で言った。


「困る?」

「ええ。先程、古き懐かしの友人に約束してしまいましたのよ」


 彼女はそう言って小悪魔的な笑みを浮かべた。


 ーーどんな約束をしたかは知らんが、街を救うことより大事な約束なんてないだろう。俺のせいだと分かっても不問にするというなら文句はない。


「そうか。ま、その約束、忘れるなよ?」

「あ、あなたに言われるまでもありませんわよ///」


 なぜか頬を赤らめて言う彼女の心境は分からないが、これはなんとしても”奇跡”とやらを起こさねばならないと思うのだった。


 ーー不問にしてもらうために!





「敵襲! 敵襲ぅーー!」

 男の叫ぶ声と、同時に鐘の音が鳴り響いた。

 カンカンカンカンと、乾いた嫌な音だ。


「マスター。見えてきました」


 森の中から無数の影が飛び出る。

 街までの平野を一直線に、うじゃうじゃと大量の魔獣達が押し寄せるのが見えた。



「なんだ……あの数……」

「ガルプトルにレオギアス……それに、ティラノイターまで……」


 近くの冒険者達が声を振るわせた。


 ーー全然分かんねぇ……。ジェラシック○ークかな? リアルモン○ンやめてもらっていいっすかね……。



 俺は土煙を上げて迫り来る、動物とも恐竜とも言えない異形のモンスター達を眺めながら、この星の生態系が随分と狂っていることにため息が出る。



 ーー以前、ウォーウルフとかいう角の生えた狼を見たことはあるが、ホント……どう進化したらああなるんだよ……。俺の寝てる間に何があったんだよ……。



 何はともあれ、魔獣が人を襲うというなら容赦する必要はない。



「来るぞ!」

「城壁を越えさせるな!」

「城門を死守せよ!」

「「”身体強化ブースト”!”魔法防殻プロテクト”!」」

「牽制魔法用意!」


 領兵も冒険者も、剣や槍を構えて戦闘準備にかかる。



 700m、600m、500m。


 まるで津波の様に押し寄せる黒くうごめく魔獣の群れ。


 その多くが城壁を越えれないと分かっていても、兵士達は恐怖の色を浮かべた。



 俺はその光景を、腕を組んで見ていた。


「あ、あなたも戦闘準備を……」


 強化系の魔法を掛け終え、抜剣して構えるシャルロット嬢が俺に言う。


「準備は終わってるさ。言ったろ? 『戦いってのは、始まる前から勝敗が決まっている』……と」

「な、なにを……」



「あぁ、そうそう。一応念押ししておくが、約束はちゃんと守ってくれよ?」


 ーー『今回の一件で、街も住民も皆無事という”奇跡”が起こったら、もしこの魔獣襲来モンスタースタンピードが俺のせいだと知っても不問にする』ーー


 この約束が守られるなら、俺に怖いものはない。


「や、約束///?」

 彼女はうわずった声で聞き返した。


「ああ」



「マスター。先頭がまもなくエリアに」

 シルファの声で視線を前方に戻し、300m程までに近付いた魔獣達を見下ろして言う。


「警告だ。その先は冥府の入り口。一歩でも踏み入れれば命はないものと知れ」


 魔獣相手に人の言葉が通じるはずもないが、文明人としての最低限の体裁は整える。


「あ、あなた……何を言って……」

 得体の知れないものを見る様な目で、シャルロット姫は引いて見ていた。


「さて。それでも来ると言うなら……。……蹂躙だ」


「「!?!?」」


 異変は魔獣を迎え撃とうとしていた皆が感じ取った様だった。



「何……? どうなってるの?」

「分かりません……。魔獣が……急に」

「シャルロットお嬢様……これは一体……」



 森から現れた時とは比べ物にならないほど、その進行の勢いが落ちていたのは誰の目にも明らかだった。



「流石はアルキル化反応。魔獣相手でもこの威力……。いや。DANとタンパク質からなる生物相手なら当然か」



 戦闘開幕から数秒。既に勝敗は決したことを俺は確信した。


 ーーいや、戦闘になる前から勝負はついていたことを確認しただけか。



「ま、大変なのはこれからなんだが……」


 俺はそう独り言を呟き、後始末の大変さを想像して頭を掻いた。



「なに……なんなのですか……これは……。何をしたというのですか……」


 隣から、乾いたシャルロット姫の震えた声が聞こえた。


 彼女の目には、魔獣達が城壁に届く前に悉く地面に力なく伏せる光景が映っているのだろう。


 彼女の表情は、魔獣が迫り来る時よりも一層強張って見える。



「ギエエエーーー! ギエエエーー!」

「グォォォォォォォォーーー!!!」

「ギガルルルルルルルゥゥゥゥー!」


 まるで一線を越えた先に踏み込んだら死神の鎌に命を刈り取られるかの様に、魔獣達がバタバタと倒れていく。

 そして悶え苦しむ悲痛な叫びがこの場所まで聞こえる。


 次々に迫り来る魔獣達は、屍を越えて城壁まで辿り着こうとするもバタバタと倒れていく。




「……これは……これはあなたの仕業ですか……? あなたがあれを……?」



 シャルロット姫をはじめ城壁の上にいた者達は、戦闘にすらならずに勝手に倒れていく魔獣達に混乱を隠せないでいた。

 目から闘志は消え、武器を持つ手からは力が抜け剣先が下がっている。



「まぁ、俺の仕業といえば俺の仕業かな」


「何を……どうしてあんなことに……。何をしたらあんなことになるというのですか……」


 まるで俺を死神だと言わんばかりの怯えた表情で、シャルロット姫を俺を見ていた。


「何って。毒攻撃だよ」


「毒……? ど、毒であんなことが出来わけーー」


「投射ーー!」

 シャルロット姫の叫ぶような声に割って、カール隊長の指示で城壁上の投石器が樽を放り投げる。


 その一つが魔獣の群れに落ちて割れ、中から液体が飛び散る。


「「……」」


 そこから光景は、説明の必要がない程明解だ。


 周辺の魔獣は息絶え、その場に近付く魔獣達も痙攣するかの様にもがきながら地面に倒れる。



「まぁ、毒蛇や毒草から作る矢毒より、ちょっとばかし強力だけど」


「あ、あんなの……あんなものは人の身に許される力じゃないですわ!? あれだけの魔獣を……一瞬で……」


「人の身に許される力じゃない……か。正論だな。正論すぎて耳が痛いよ」


「……ぇ……?」


 彼女は、俺の答えの意味は分からなかったのか、小さく聞き返した。


 ーー確かに、シャルロット姫の言う通りだ。人の身に許される力ではない外道戦法であることは間違いない。

 

 だからこそ、超古代文明ではその使用をハーグ陸戦条約において禁止した。



「あれを超古代文明人はこう呼んでいた。『化学兵器』と……」

次話 『人智を超えた力』


下の☆☆☆☆☆から作品への評価ができます。

感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。

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