40.*シャルロット・ラングフォード
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シャルロット・ラングフォード。歳は二十歳。
藤色の髪を持ち、一見穏和な淑女に見えるが、佇む姿はどことなくミステリアスな空気を纏っている。
先日帝国学院を卒業したばかりで、エレナの友人でありミリア嬢の姉に当たる。
幼い頃より才色兼備で、なんでも器用にこなす天才肌。
彼女にとって、侯爵家の令嬢であるというのは決して心地の良いものではなかった。
生まれた時から婚約者が存在し、付き合う友達も、通うべき学院も、全て決まっていたからだ。
それが貴族令嬢というものであり、家格に合ったことを迫られるのはどこの貴族も同じこと。
それが貴族家に生まれた義務。彼女も理解していた。
恵まれた才能を持ち、常に理想的な振る舞いをしてきた彼女は、家格や容姿も相まって見合い話は事欠かない。
そんな生活が嫌で、彼女は帝国学院への留学へと舵を切った。
少しでも今の生活から逃げようと、せめて学院時代だけでも侯爵令嬢であることを忘れようと。
実力主義の帝国学院は、うってつけの場所だった。
そこで一人の少女に会う。
魔法力もなく、武術的な才能もない凡才な少女。
帝国貴族の一員であるとは思えないほどだった。
それでもその少女は、毎日ひたむきに努力を重ねた。
いじめられ、笑い者にされ、つまはじきにされながらも、諦めずに杖を掴む少女にある日、シャルロット姫は尋ねる。
「どうして才能もないのにそこまでするのですか? 結果は見えていますのに」
すると少女はこう答えた。
「……こうしている間は、夢……を見れますから」
……と。
その意味はシャルロット姫には分からなかった。置かれた環境と、背負うものが異なれば理解できなくても当然だっただろう。
しかし、少女は逆に尋ねる。
「あなたは夢を見ないのですか?」
現実主義的な彼女は、実現可能な目標は掲げても、身の丈を外れた夢は見ない。
だから、シャルロット姫はこう答えた。
「そうですね……。私の夢は、白馬の王子様と結婚する……といったところでしょうか」
目の前の少女と、自分の運命を皮肉った返しだ。
この世に奇跡なんてものはなく、どれだけ望んでも叶わないことがあると知っている者のセリフ。
しかし、少女はそれを「素敵な夢ですね」と答えた。純粋無垢に、相手を嘲笑った言葉であるとも気付かずに。
気づけば二人は友人となっていた。
そして少女に触発されてか、彼女も自分を磨き始める。
「努力している間は、夢を見てもいい」
それは、自分に掛ける魔法。免罪符、あるいは洗脳。
だが、才能のある者が本気で努力したら手がつけられない。
遂にシャルロット姫は、国王に認められ聖騎士の称号を得て、自分自身でも運命を切り開く力に届いたと自負していた。
今や、望まぬ結婚なんてする必要もない。いつでもラングフォード家を出て、王室近衛騎士や、冒険者としてでも活躍できる程になっていた。
◇◇◇
だが彼女は今、絶望の淵にいた。
彼女を苛ませることは、魔獣襲来。
この街の歴史上かつてないほどの規模の魔獣が、刻々と向かって来ている。
いや、そのこと自体よりもむしろ、彼女が下した命令の方が彼女自身を苦しめていた。
”都市防衛命令”
戦える者は全員で城壁を超えてくる魔獣の討伐に当たれ、という領主命令である。
街全体のことを考えれば、これが一番被害が少なくなるのは誰の目にも明白だった。
だが、住民達がいざ自分が危険を冒してまで凶暴な魔獣を相手に戦えるのかというと話は別。
◇◇◇
「領主代行! 命令には従わず、街を脱出しようとする者が続出していますっ! いかがしますかっ!」
領主邸の一室は、魔獣襲来の対策指揮所になっている。
そこに若い領兵が駆け込み、シャルロット姫に指示を仰ぐ。
「……去りたい者は引き止める必要はありませんわ。通用門はギリギリまで解放しておいてください」
「し、しかし、それでは士気がーー」
「……そうですね。では、逃げた者には戻ってきても、市民権を凍結すると伝えておいてください」
「はっ!」
魔獣の襲来まで約1時間と半刻。
刻々と迫る審判の時間に、シャルロット姫は怯える素振りを隠して淡々と責務をこなす。
「カール守衛隊長。少しだけ離席します……」
「はっ!」
彼女は部屋を後にし、重たい足取りで廊下を歩いて行った。
〜〜〜
シャルロット姫は廊下の一番奥にある物置部屋に入り、一人意気消沈する。
重圧と不安を抱えながらも、領主代行として誰より気丈に振る舞う彼女だったが、薄暗い部屋の中ではその物陰は消えていた。
「……」
人前では決して見せない朧な瞳で壁にもたれかかると、崩れる様に床に落ちる。
そして壁についた小さな窓から差し込む光を仰ぎ見た。
そこに神がいるかの様に、彼女はポツリと呟く。
「私は間違っているのでしょうか……」
……と。
だが、当然誰も返す者はいない。
彼女が視線をずらすと、棚に一つのクマのぬいぐるみがあった。
「懐かしいですわね……。確か、ムーさんでしたか……?」
彼女は何を思ったのか、ぬいぐるみ相手に話始める。
「ムーさん……。私はこの街の領主代行として、やるべきことをやっています……。これが最善策であるとも知っています。ですが、どうしてこんなにも苦しいのでしょう……どうしてこんなにも辛いのでしょう……」
彼女の嘆きは小さな掠れた声となって部屋に響く。
「ここで涙でも出れば、私は悲劇のヒロインにでもなれるのですが……。生憎と涙は涸れてしまっている様ですわ」
そう言って儚く脆い笑みを浮かべる。
「私の下した命令で、これから多くの人が亡くなるでしょうね……。それが分かっているのに、私はなんの躊躇いもなく……あまつさえ、涙すら出ませんの……」
彼女が目を閉じれば、瞼に映るのは先程会議室で自分の提案に苦言を通した黒髪青年の姿。
彼の言葉が耳から離れない。
『例えその必要があると分かっていても、最初から必要犠牲だと切り捨てるのは、何か大事なものを失う気がしてならない』
「私は何かを失うのでしょうか……いいえ、もう既に何かを失っているのかもしれませんね……」
シャルロット姫は何を失ったのかも分からず、ただただ痛む胸を抑える。
「もし、あの方が私を論破して下さったのなら……。彼の案を採用していれば……」
シャルロット姫はそう思わずにはいられない。
「……いいえ、それは甘えですわね……」
彼女も分かっていた。
「……ええ、分かってますわ。彼の案では長期的に見れば犠牲者は増えるだけ……。この方法が一番被害を抑えられる最善だということは……」
街を統括する立場にいる自分が、理想論に浮かれて感情に流された判断を鈍らしてはならないと自分に言い聞かせる。
「私は領主代行。感情任せに彼と同じ立場のことは言えません。領主には、領主の勤めがありますもの……。この責任も、痛みも、全て私が負うべきものですわ……」
シャルロット姫は一通りの苦悩を吐くと、足に力を込めて立ち上がる。
「そろそろ戻らなくては……切り替えなくてはなりません。この街のため、この街に住まう人のため、心を鋼に瞳を硝子に……。シャルロット・ラングフォード、今はあなたがこの街の領主代行なのですから……」
彼女は長い瞬きを終えると、力強い光を瞳に宿してトアノブを回す。
そして、ふと振り返ってぬいぐるみを見た。
「……話を聞いて下さってありがとうございます。もし、もしもこの街を救ってくださる白馬の王子様が颯爽と現れたら、私は身も心も捧げますのに……。なんて」
散々家の見合い話は蹴ってきた彼女だったが、今だけは緊張からかそんな緩んだ言葉をぬいぐるみにかける。
そして小悪魔的な笑みを浮かべると、部屋を静かに出ていくのだった。
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次話 『勝敗は、始まる前から決まっている』
下の☆☆☆☆☆から作品への評価ができます。
感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。




