39. 義務と責任
作戦会議が終わり俺たちは部屋を出る。
「さて。襲撃まで約2時間。朝食ぐらいは軽く食べておこうか」
別邸に戻ろうとすると、エレナが服の裾を引っ張った。
「ヤ、ヤトさん。ちょっと……」
「ん? お、おう」
俺は彼女に連れられ、人けのない建物の裏へとやってきた。
「……どうした?」
「さ、さっきの会議で、魔獣襲撃の原因が山火事だって……」
「ああ、言ってたな」
彼女は俺の耳に口を近づけて、小声で囁いた。
「この魔獣襲撃、多分ですが帝国の仕業です……」
「……は?」
俺は彼女の言葉に当惑した。
ーーど、どういうことだ? 帝国が人工的に魔獣襲撃を発生させたとでも?
他国の都市を魔獣をけし掛け襲うなんて、全面戦争待ったなしの蛮行。
そもそもそんなことは出来ないだろう。
例え出来たとしても、なんのために、何が目的で、なにがしたいのか一切理解できない。
「エレナ……。いくらなんでもそんなことーー」
「嘘じゃないです。数年前にも帝国内で反旗を翻そうとした辺境伯の街を、帝国は魔獣襲撃で街ごと滅ぼしました……」
「……」
「帝国の序列一桁には、”魔獣傀師”という人がいます。その人は、魔獣に囁きかけてまるで傀儡のように操ると聞きます」
ーー調教師みたいなものか? 魔物は家畜化出来ないと聞いているが……。山火事から逃げる魔獣を誘導してこの街を襲わせる……ぐらいのことはできるのかもしれないな……。
「今回の魔獣襲撃も……帝国が以前にやった時と状況が酷似していますっ」
「だ、だからって、なんのために……。いくらなんでもそんな残虐なことーー」
本当は俺の脳裏に答えが浮かび上がっていた。
帝国の目的も、なぜ俺がいるタイミングで、しかも領主が留守にしている今なのか。それらはただの偶然ではなかったと。
「ヤトさんを捕まえるためですよっ! 帝国は、侯爵家に匿われているヤトさんを力尽くで奪おうとしているんですっ! 魔獣襲来に乗じてしまえば、帝国の痕跡を残さずヤトさんを攫えると考えたんだと思います」
「俺一人を捕まえるために、そこまでするのか!? 関係ない街の人が犠牲になるかもしれないんだぞ!?」
「帝国にとって、他国民なんて関係ないですよっ! ヤトさんを手中に収めれることを考えれば、街の一つや二つ簡単に滅ぼしますっ!」
「ッ……」
俺はなんとなく察していたことだが、改めて彼女に言葉にされショックを受ける。
ーー忘れていた訳じゃない……。だが、忘れようとしていたのか……。この社会にとって、人の命は軽い。ましてや他国の民ともなると……。
ふつふつと怒りが煮える俺も腹の中で、どうしようもない感情が覆われる。
誰が悪いわけでもないが、この腐った社会が気に入らない。
「はぁ〜。ホント帝国は俺の逆鱗に触れることをこう次々と……」
俺の苛立ちは帝国へと向く。
「この街には世話になってるし、都市防衛に手ぐらい貸してやろうと思ってはいたが……。俺が原因だというなら話は別だ。関係ない人が犠牲になるのは寝覚が悪い。これは俺が責任もって処理しないといけない、か……」
ーー人工甘味料の利権問題もそうだが、帝国は本当に余計なことをしてくれる。
「マスター、いかがしましょう。私が行って、上空から西の森一帯を吹き飛ばして参りましょうか?」
シルファがそう提案する。
ーー確かに、戦術核兵器並みの武装を持つチート性能のシルファなら、魔獣が何万いようが相手ではないだろう……。
「……ちなみに、君の任せた場合の影響は?」
「後で地図を書き換えるぐらいでしょうか」
「……もう少し穏便に済ませてほしいんだが……」
「相手が1万ともなれば難しいですね。……低空で翼を展開して近接戦闘をするのは……」
「天翼族の存在が露見する可能性大か」
ただでさえ超古代文明人の俺に執着してる帝国が、天翼族が目の前にいるなら絶対面倒なことになる。
ーーそれにこれが帝国の仕業なら、本命は俺の捕縛。そのために、混乱に乗じて俺を襲って来るのは容易に想像がつく。
「シルファが魔獣の殲滅に行くと、俺が帝国の襲撃者を相手にすることになるかもしれん。正直嫌だなぁ」
負ける気はしないが、シルファがいないとなると絶対安全な勝負ではなくなる。
「え? でもヤトさんならそんな襲撃者相手にも余裕でーー」
「いやいや、エレナ。俺は魔法も武術にも精通してない弱い人間だぞ」
「え!?」
「ぇ?」
エレナが不思議そうな声を出して、俺も釣られて疑問符を口にする。
ーー俺なんか変なこと言ったか? 俺はチキンなんでな。勝ち確定な勝負以外を望んでする気はないのだよ。
「まぁいいや。役割交代だ。襲撃者はシルファに任せて、魔獣の群れは俺が殲滅しよう。」
「仰せのままに。マイマスター」
ーーこれで、俺の安全保障に抜かりはない。
「ま、待ってください! ヤトさんが魔獣をですかっ!?」
エレナは反対なのか、声を荒げる。
「なんだ? 何か問題でも?」
「い、いえ……。相手は1万以上いるんですよ? それをヤトさんがですか!? 無茶ですよ!」
「あぁ、そういうことか。それについてはなんとかするよ」
俺は適当にはぐらかした。
「と言っても、人手は必要か。シャルロット姫に言って20人ほど借りるか」
「わ、私も一緒にーー」
「エレナはミリア嬢についてやってくれ」
俺はエレナの前線行きに待ったをかける。
「……私では足手まといですよね……。すみません」
「いや、そう言う意味ではなく」
俺は頭を掻く。
「兵站管理を任されてるのがミリア嬢というのがなんとも不安でな。まぁ、長期戦になることはないと思うがね。念には念をだ」
ーーそれに、帝国は俺を狙ってきている。俺の傍にいたらエレナに流れ弾が飛んでくるかもしれない。
「……でも、ヤトさんもシルファさんも危険な前線に行くのに……私だけ安全な屋敷にいるんだなんて……」
エレナは浮かない顔を見せた。
「適材適所だよ」
俺はそういって彼女の肩を叩いて励ました。
正直、エレナの処理能力は俺より遥かに優れている。
資金のやりくりから薬品系の在庫管理、物資の調達先への連絡などなど。
俺でも把握しきれていないことは、大抵エレナが分かるという記憶力と処理能力。
シングルタスクな俺から見たら、エレナ程のマルチタスクが出来る人は嫉妬するレベルである。
「……適材適所……。……はい、分かりました……」
エレナは小さく弱々しい声を出した。
ーー不満なのか?
俺はエレナの様子に、あまり納得できていない感情を読み取る。
ーーだが、俺の傍にいるのは危険だ……。気乗りしないことをさせるのは申し訳ないが……。
俺はエレナに申し訳ないと思う気を持ちながらも、彼女の安全を優先することにするのだった。
「さて。じゃあ俺はシャルロット姫に話をつけ行ってくるか」
俺はそう言って、指揮官であるシャルロット姫を探して屋敷へと戻って行った。
次話 『シャルロット・ラングフォード』
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感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。




