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38. モンスタースタンピード

 現生人類の朝は早い。


 日の出とともに起き、日の入りとともに寝る様な生活スタイルだ。



 ーーだが、俺としてはせめて7時までは寝かせてほしい。……いや、8時までは。いや、やっぱり9時まで……欲を言えば昼までだな。




「ヤトー! ヤトってば! 起きなさい! いつまで寝てるのよ、大変よ!」


 俺の寝室の扉がバーンッと開かれた。


「……おい……。ノックぐらいーー」

「大変よッ!」


 寝起きの俺の耳には騒音レベルの声量で、ミリア嬢は危機迫った声で叫んだ。



「ふぁ〜〜〜ぁ。で、どうした?」

「モンスタースタンピードよ!」


 ミリア嬢は肩で息を切らせながら、端的に答えた。


 ”魔獣襲来モンスタースタンビート”。


 原因は様々あれど、魔獣が群れをなして村や街を襲うことをそう呼んでいた。



「今、街中の冒険者と領兵を招集してるの。アンタ達にも手伝って欲しいのだけれど……」


 ミリア嬢はそう言って俺を上目で見た。



 ーーふむ……。帝国も俺がこの街にいることはすでに把握してるだろう。直接的な襲撃はしてこないが、どこかで監視しているはずだ。


 ーーだから、もし俺が帝国の密偵なら、屋敷の警備が薄くなった今が好機と見る。冒険者や領兵と一緒に街の防衛に参加した方が、あちらとしては手が出しにくいだろうな。


 俺はそこまで考えてミリア嬢に視線を戻す。


「まぁ構わんぞ?」


「ホント!?」


「ああ。ずっと屋敷にこもりきりというのも体が鈍るからな」


 俺は寝起きの低血糖な体を動かし、ベッドから這い出て支度を済ませる。



 部屋を出ると、廊下には既にシルファもエレナも準備万端の様子で立っていた。



「もうすぐ表の領館で作戦会議が始まるわ。アンタ達も出席してちょうだい」

 ミリア嬢が俺の背中を押して急かした。


「はいはい、了解だ」



 俺達はミリア嬢と共に侯爵邸へと足を運ぶのだった。



 〜〜〜



 領館の大広間には仮設の会議室が設けられ、30人以上が集まっている。


 ミリア嬢の姉上ことシャルロット姫をはじめ、領兵隊長や傭兵団長、冒険者ギルドマスターなどだ。



「皆さん、揃ったようなのではじめさせていただきますわ」

 シャルロット姫が注目を集める。


「西の森で大量の魔獣が、この都市に向かって進行しているという情報を得ましたの。魔獣の群れが到来するまで約2時間。数はおよそ1万にも上るそうです……」


「「い、1万!?」」


「この街の戦力の何倍だ!?」


「そ、そんな大量の魔獣が!?」


 集まった兵士たちは、その数に驚いた。


「皆さん落ち着いてくださいませ。既に周辺の街には応援要請を出しましたわ。援軍到着まで、私たちで持ち堪える他ありません」


「こっちは領兵と冒険者合わせて約2000人。片や魔物は1万……。こいつは大変だな」


「こんな大規模な魔獣襲来モンスタースタンビートなんて何年振りや……。しかもこの街でかよ……最悪だ……」


「……逃げるったって後ろは海だ。戦うしかねえなぁ」



 冒険者たちから漂う絶望のオーラが見える。



「怖気付くことはありませんわ」

 動揺が広がる中、柔らかくも覇気のあるシャルロット姫の声が響いた。


「力を合わせれば、きっと乗り越えれます。肝心なのは折れないことですわ。私は皆さんの力を信じていますもの」

 彼女はそう言って兵士や冒険者に微笑んだ。


「……そうだ。俺たちには姫さんがついてる」

「ああ、戦う前から諦めてたら始まらねぇ」

「や、やってやるぞ!」

「街を守るんだ!」

「魔獣なんて、俺が蹴散らしてやる!」



 可憐な姫君に期待されれば、男というのはやる気になる単純な生き物だ。


「父が不在のため、不肖ですが私が指揮を取ります。皆さん、よろしくお願いしますね」

「よろしくしますぜ! 姫様!」

「背中は任せてください!」

「領主様がいなくても、聖騎士パラディンの姫様がついてれば安心だぜ!」



 ーーそうか……。そういやパパ侯爵は王宮に出てるんだったな……。タイミングが悪いことだ。


 俺はこの場に領主である侯爵の姿がない理由を理解した。



 〜〜〜



 シャルロット姫は、壁にこの都市周辺の地図を貼って防衛作戦を説明した。


 ……

 ……


 その作戦は、俺の理解を超えている物だった。


 いや、理解は出来る。


 合理的で堅実。”街”を確実に守るなら。それが最善なのかもしれない。


 だが、俺の信条ではそれは許容できなかった。



「待ってくれ。シャルロット姫」


 彼女の一通りの説明が終わり、俺は口を挟む。


「正気か? 住民にも武器を手に戦えと!?」


 本来の都市防衛は、城門の守備と、城壁を乗り越えて街に侵入しようとする魔獣の討伐だ。

 それは、街の領兵達の仕事。



 だが、想定外の規模の魔獣襲来モンスタースタンビードには、基本戦術は意味をなさない。



 そしてシャルロット姫は今回、民間人にも城壁を超え侵入してくる魔獣の討伐に参戦するよう提言した。



「どれほどの犠牲が出るか、分かってるか?」



 普段戦闘したことのない民間人が、魔獣相手に満足に戦えるはずもない。

 それは犠牲者を増やすだけだ。

 だから俺は苦言を呈さずにはいられない。


「はい。ですが、1万の魔獣に対してこちらはたった2000。多勢に無勢で戦線の崩壊は目に見えていますわ。主力部隊を失えば、街ごと全滅です」


 シャルロット姫は淡々と抑揚のない声で答えた。


「ので、少しでも戦力の確保は必要ですわ」


「戦い方も知らない住民なんて、戦力にはならないだろ!?」


「防衛線の維持は最低条件ですわ。剣を持ったことのない者でも戦わねば街を守り切ることは不可能だと判断したまでです」


「……」

 シャルロット姫の無機質に語られる言葉は、嫌というほど合理性があった。




 ーー確かに、倫理的な問題を度外視すれれば、”街”を守るためには最善の作戦であるとは思う。


 1万の魔獣とはいえ、城壁を乗り越えられる種はその半分以下。


 戦闘職2000人で城壁上で迎撃。討ち漏らして街に侵入してくる魔獣を、城壁の下で住人達が討伐するという二段式防衛線。

 非戦闘員が最前線に立つわけでもないし、街も守れる一見素晴らしい作戦である。



 ……戦闘が終わった後にどれほど民間人に犠牲者が出るかを考えなければ……だが。




「……他にも手はあるだろう?」


 俺は地図を指差す。


 この街は、城壁内に二つの河が流れている。

 いわば、城壁の中に堀がある状態。


「中央区の一画に住民を避難させ、防衛線を敷くとか。城壁を乗り超え、さらに河を泳いで渡れる魔獣だけなら2000人でも対応できるだろう。住民に犠牲者を出さなくて済むんじゃないか?」


 シャルロット姫の言う通り、2000人で数kmに及ぶ城壁全域守るのは不可能だ。

 だが、河に挟まれた中央区だけなら守れるだろう。



「確かに、それなら住民への被害は出ないと私も思いますわ」

「ならーー」

「ですが、それでは”街”は守れませんわ……」


 彼女の冷たい声がした。


「中央区の一画だけを守ると言うのは、それ以外を放棄すること。どれだけの人が明日から路上生活を強いられるでしょう。どれだけの産業が停滞するでしょう。それで明日からの生活は成り立つのでしょうか。今日を生き伸びても明日の生活が暮らせなければ、それは同じことですわ」


「……」


「あなたのおっしゃる通り、住民の皆さんにも魔獣と戦えと言うのは酷なことと存じ上げていますわ。ですが、それは街を守るため。人だけ残っても、生きることはできません。だからこそ、街を守るために皆が戦う必要があるのです」


 俺は彼女の言葉から、根本的に価値観が違うことを理解した。


 災害保険も復興支援もないこの社会で、街がなければ人は生きられない。家がなくては暮らせない。


 彼らにとっては、『人命のためなら、建物ぐらい』とはならないのだろう。



「魔獣によって帰らぬ人も多く出るでしょう……。ですが、その犠牲を恐れていては全てを失うことに繋がります」


 彼女は俺を貫く様な視線で見て言う。


「私は今、この街を守る義務があります。例え、数百数千の屍を作る命令であっても、この街に住まう全ての人の明日のために下さねばなりません」


 穏やかな口調ながらも、強い信念のこもった声でそう告げた。



 街とは関係ない居候の身である俺が、これ以上言うのは筋違いなのだろう。

 彼らは、彼らの価値観で生きてきたのだ。



 会議室に集う者も、誰も反対していないのと見るに賛同していることが窺えた。



「若造よ」

 白髪の歳の召した男が口を開く。それは、俺に発した言葉だった。


「自らの里を守るのに、危険を顧みず戦うのは道理。そこに戦士であるかは関係ないことよ。若造、お主の育った里では違うとでもいうか?」


「……」


 俺は答えを躊躇った。

 それは、単に既に故郷がないからという理由だけではない。


 この社会に生きる人たちにとって、軍人や民間人と言った線引きは、俺とは根本的に異なるのだと思い知らされた気がした。



 俺のいた時代とは価値観も倫理観も違う。この社会では、俺の考えの方が異端なのだろう。



 ーーこれが彼らが生きる術であるというなら、俺がこれ以上口を挟むのはエゴでしかない……か。



「大をけて小を殺すのは時には仕方のないことですわ。そうではなくて?」


 シャルロット姫は先程とは違った掠れた声で、俺に賛同を求めるような口調で聞いてくる。


「……君らの考えを否定する気はないし、一理あるとは思うよ。無論否定する気もないし、作戦指揮には従う」

「でしたら……」


「だが、賛同はできんな。……例えその必要があると分かっていても、最初から必要犠牲だと切り捨てるのは、何か大事なものを失う気がしてならないからな」

「ッ……」


 俺の回答が気に食わなかったのか、ギリっと下唇を噛んだシャルロット姫。


「すまんな。自慢じゃないが、こちとら世界一平和ボケしたお花畑出身でな。これぐらいの綺麗事は言うんだよ」


 俺の自虐的な言葉の意味が伝わる訳もなく、シャルロット姫は俺の賛同は得られないものだと悟ったのか、湿った視線をふっと切るのだった。




「……他に質問がある方はおられますか?」

 シャルロット姫は俺との話は終わらせ他の人に尋ねる。


「あ、自分が。」

 傭兵と思わしき男が手を挙げた。


「領主代行、原因はなんですかい? ここの先は海ですぜい? 大規模移動や餌場を求めてのことじゃないでしょうに。神獣クラスの魔獣が西の森に住み着いたという可能性は?」


「その心配はございませんわ。報告では、西の森で大規模な山火事が起きているそうなのです。魔獣の群れは炎から逃げてこちらに向かっていると考えられますわ」


「山火事かよ……。それで街の方に大移動とはツイてないですな……。ま、凶悪な魔獣が現れてないだけマシですかね……」


 傭兵の男はそう言って乾いた笑みを見せた。



「山火事……追い込み……扇動……。ま、まさか……」


 俺の隣にいたエレナがなにやら呟く。

 深刻そうな顔をし思い詰めた様子に、俺は声をかけようとした。

 だがーー


「他に質問はありませんか? なければ、皆さん作戦通り配置にーー」

「あぁ、すまん。俺からもう一つ」


 俺はこの辺りの地理を知らないから尋ねなくてはいけないと思って手を上げる。



「援軍到着までの時間は?」

「最寄のソルトン塩田都市からでも今晩以降になるでしょう。戦力が揃って攻勢に出られるのは、明日の昼過ぎなりますわね……」


 シャルロット姫が静かに答えた。

 伝達時間に、兵力の召集。それから援軍の移動時間を含めれば当然だろう。


 ーー明日の昼までか……。


 これは長い一日になりそうだと、俺は覚悟するのだった。

次話 『義務と責任』


下の☆☆☆☆☆から作品への評価ができます。

感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。

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