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36. 綺麗な花には棘がある

 俺たちがラングフォード湾岸都市に来てから約1ヶ月。



「ヤトさん。クレオスさんからお手紙が届きました」


 侯爵家の別邸にある立派な書庫で本を読んでいた俺の元に、エレナが封書を持ってくる。


「解読しますね」

「ああ、助かるよ。ありがとう」



 手紙に書かれているのは、大陸共通文字ではなく数字の羅列。

 手紙の暗号化は基本である。



「えっと……。『亜糖の販売が軌道に乗った。それと、石油調査の為に冒険者ギルドに依頼を出しておいた。』とのことです」

「ふむふむ……実に結構」


 帝国にマークされていないクレオスが、着々とことを進めてくれている。



「ヤトさん、ヤトさん」

「ん?」


 俺は本を膝に置いて顔を上げた。


「亜糖のレシピって、他の商会にも教えちゃったんですよね?」

「ああ」


 ラングフォード領の商会だけで独占生産・独占販売は流石に他方から恨みを買いすぎる。


「でも、いいんですか? その、勿体無いと言うか……。競合しちゃうじゃないですか」


「ま、出る杭は打たれるって言うしな。あれぐらいは損失の内にはならないよ」


 ーーこっちはただ稼ぎたいのに利権闘争に巻き込まれるのはごめんだ。下手に狙われると余計に高くつく。


「それに、連携してる商会で作ってる人工甘味料と、他領の商会に横流しした人工甘味料のレシピは別もんだし」


「え……?」

 エレナはキョトンとした様子を見せた。


「あー……言ってなかったか? 他の商会に流した人工甘味料のレシピは、素材も手間も今作ってるアセスルファムカリウムの数倍はかかるものだ。どう頑張ったって競合にはならんな」


「そ、そこまで考えて……。流石ヤトさんです……!」


 エレナが輝かしい瞳を見せる。


「だろ? もっと讃えたまえ。……まぁ、俺の功績ではなく偉大な先人の功績なんだけどな」


 俺はそう言って自嘲気味に笑った。



 ーーこのまま順当にいけば、すぐにこの生活ともおさらばか……。


 豪華な屋敷住まいに、海の街ということで懐かしの海鮮料理も食べられる。

 侯爵家の護衛に守られているため、面倒な敵に襲われる心配もない。

 さらに、身の回りの世話は全て侯爵家の侍従がしてくれるという超快適ニート生活。


 その終焉が訪れるのは、心寂しいものがある。



 ーーこれぞ、ニートの本懐……。




 そんなことを思っていると、廊下で騒がしい足音が近づく。


「この足音はミリア嬢か。……それともう一人?」


 扉が開いて入ってきたのは、ミリア嬢ともう一人。


 歳は俺と同じぐらいか、少し上か。藤色の髪と、ミリア嬢と同じく赤い瞳。

 ミリア嬢の姉であることは察した。

 だが、彼女の容姿はミリア嬢とは真逆の、お淑やかな包容力のある令嬢としての気品が溢れ出ていた。


「シャル!?」

 エレナがその女性に駆け寄って手を握った。


「エレナ。久しぶりですわね。あなたが来ていると知って飛んできたのですよ?」


「シャルぅ〜〜」


 エレナは豊満なその女性に抱きついて胸元に顔を埋める。



 ーー実に羨ま……ではなく、けしからんな。



「お姉さま、違うでしょ!? お父様が王宮に行く間の領主代行で来たのよ!」


 ミリア嬢が横から彼女が戻った本当の理由を暴露する。


「あらあら。そんな身も蓋もないことを言わないでくださいな、ミリア。そっちの方が素敵でしょう?」


「嘘はよくないわ!」


「これも理由の一つよ? 嘘ではないわ」


「もー。お姉様はいつもそんなこと言って……」



 彼女達は軽い女子トークに花を咲かしたのち、俺の方を向いた。



「ヤトさん。こちら、シャルロット・ラングフォード。ミリアさんのお姉さんです。学院で親しくしてもらいました」

 エレナが彼女を友人だと紹介した。



「ども、ヤトだ。シャルロット嬢……。いや、姫と言うべきかな?」

「初めまして。ヤト・クロツキ様。シャルロットで構いませんわ」


 ーーおや、苗字を名乗ると貴族だと思われるから、ミリア嬢にもパパ侯爵にも名乗ってないはずだが……。



「妹を助けて下さったと聞きました。感謝申し上げますわ」


 ミリア嬢の姉とはいうものの、彼女の目尻の下がった穏和な顔つきや豊満な肉体から、妙に色っぽく見える。


「姉妹……か」

「ちょっと、どう言う意味よッ!」


 俺がミリア嬢を見ながらポツリと漏れた発言を、ミリア嬢が拾って俺を睨んだ。


「……いや別に、ただ呟いただけだろ。他意はない……。ホントホント」


「今に見てなさい? アタシだって、ボイボインのバインバインになるんだからッ!」


「そういうとこだぞ、そういうとこ……」


「どういうとこよッ!?」



「ふふふっ」

 俺とミリア嬢のやりとりを見たシャルロット姫はお淑やかに笑った。


「……なによ。お姉様」

「ごめんなさいね。随分と仲がよさそうなのでつい」

「そ、そうかしら……。そそそそんなことないわよ!?」


 ミリア嬢の怪しさ満点の反応はスルーして、シャルロット姫は俺に近づいてきた。


 そして顔を近づける。


 ーーえ? ちょっ……近い近い。


 シャルロット姫は俺の耳元で、俺にだけ聞こえる声で囁いた。

「……妹に手を出したら殺しますわ」


 ーーヒエッ……。


 その冷たく無機質な声に背筋が凍る。


 ーーえ、なに……こいつ……怖いんだけど……!?


「ちょ、ちょっと、シャル!? ち、近いですよ!」


 エレナが彼女の腕を引っ張って俺から引き剥がす。


 ーーグッジョブ、エレナ……。てか、君のお友達超怖いんだけど!? 今ナチュラルに殺害予告されたんだけど!?



「あら、ごめんなさい。お顔に髪の毛がついておりましたの。……”着炎インファイア”」


 シャルロット姫はそう言って、指で摘んでいた俺の黒髪を魔法で燃やした。

 そして彼女は俺に微笑んだ。



 ーーいつの間に……。てか、超怖いよぉ! 燃やす必要ないでしょう!? 完全に警告だよねぇ!? 妹に手を出したら、焼き殺すぞって警告だよねぇ!?



「そうでしたか。シャルは相変わらずお姉さんみたいですっ!」


 エレナはそう言ってニコニコと微笑む。


 ーーおいおい、簡単に騙されるなエレナ君。こいつ超物騒なんだけど!?


 俺の訴えを乗せた視線には気付かず、エレナはシャルロット姫にくっつく。



「ヤト様。しばらくエレナをお借りしてもよろしくて?」

 シャルロット姫は何事もないかのように振る舞い、エレナの肩に手を添える。


「女の子同士、積もる話もあるのですよ」

「あ、ああ……」


 彼女は俺に優雅な笑みを見せ、エレナを連れて部屋を出て行った。




「……君のお姉さんは、なんというか……なかなかクセのある人だねぇ……」


 俺は残ったミリア嬢に、差し当たりのない漠然とした言葉で感想を吐露する。


「自慢のお姉さまよ! 女性としては最年少で聖騎士パラディンの称号を得たんだから」


「パラディン?」


「知らないの!? 国王陛下が認めた剣技と魔法に優れた騎士のことよ」


 ーーなるほど……。いや待て、俺はそんな奴に『殺すぞ?』とか言われたの!?


 彼女の振りまく笑顔に隠された鋭い刃に、俺は身の危険を感じずにはいられない。

 安全だと思って匿われている塀の中に、狼が紛れ込んできた気分だ。



 ーーまぁ、俺はロリコンではないから問題ないが……。



「次期ラングフォード領主か。……物騒だなぁ……」


「お姉さまは継がないわよ?」


「え?」


 ラングフォード家にはシャルロット姫とミリア嬢の二人しかいない。


 てっきり彼女が領主になるものだと思っていた。



「じゃあミリア嬢が?」


「……アンタ、ホント王国のこと知らないのね」

 ミリア嬢は呆れたように言った。


「ははは……面目めんぼくない……」


 ーー仕方なかろう……。俺はこの文明ではまだ2歳児だ。ましてや王国に来たのはつい最近。


「王国は長子男子相続よ? うちは女2人だったから、お父様の次は叔父様になるわ」


「そう言う仕組みか」


「ええ……。だから、アタシ達は政略結婚でどこかに嫁入りね。侯爵家だから妾にされることはないと思うけど……。それか平民落ちかしら」



 ーー貴族は貴族で大変そうだな。



「平民はいいぞ? むしろ、俺からしたら貴族とか馬鹿らしいと思うが……」


 ミリア嬢の覇気のない言葉を打ち消すように、俺は笑った。


「アンタもお姉さまと同じこと言うのね」

「シャルロット姫が?」


 あんな見るからにお嬢様な彼女が、俺のような『ザ・平民』と同じ考えをすることに驚いた。


「ええ、そうよ? お姉さまも自分の道は自分で切り開くと言って、帝国の学院にまで通って剣技と魔法を研鑽したのよ。それで聖騎士パラディンの称号まで得て……。凄いでしょ?」


 そう言って彼女ははにかんだ。



「ああ、凄いな」


「アタシには真似できないわ……」

 彼女はそう言って、湿っぽい視線を切った。


 姉と間に劣等感でもあるのだろう。優秀すぎる兄姉を持つと、下が苦労する典型例だ。



「ま、人には向き不向きがある。姉妹だからって同じ様にできるとは限らんからな」


「何よ……励ましてくれてもいいじゃない。ホントアンタって……この朴念仁。昼行灯」


 ーーいや、お前が言い出したんだろ……。否定して欲しかったのかよ……。


「だがまぁ、姉が剣と魔法を極めたのなら、お前は別の道を同じぐらい極めればいいだろ?」


「別の……道?」


「ま、将来の可能性は無限大ってことだ」



 俺はそこまで言うと、広げていた本をパタンと閉じて立ち上がった。



「さて。昼食にしよう。エレナが連れて行かれて一人分余ってるだろうし、よければ一緒にどうだ?」



 俺は彼女を誘って食堂へと赴くのだった。

次話 『帝国皇帝の狙う先』


下の☆☆☆☆☆から作品への評価ができます。

感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。

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