35. ラングフォード湾岸都市
王都を出発して10日。
俺たちはミリア嬢の馬車に同乗し、何事もなくラングフォード領の領都にたどり着いた。
「ようこそ、ラングフォード湾岸都市へ!」
長い平野を抜けて街の城壁が見えると、ミリア嬢は明るい笑顔を見せながら両手を広げた。
「海辺街か」
少し前から潮の香りが漂っていたが、ラングフォードの領都は海に面した街らしい。
街の中央にある屋敷で俺たちは馬車を降りる。
「お父様に話をつけてくるわ。応接室に案内してあげて!」
使用人に伝え、ドタドタと玄関に走り込んでいく姿を俺たちは見送った。
〜〜〜
応接室に通された俺たちの元に、貴族服を着た40代の男性が現れる。
赤紫の髪で目元はミリア嬢に似た面影がある。
その男性が、彼女の父親であることは察した。
「アグリオ・ラングフォードなのだよ。娘から話は聞いているのだよ。娘を救ってくれただけでなく、我が領のために尽力してくれたと」
「はははっ……いえいえい。お気になさらず」
ーー大元の原因は俺だからなぁ……。これで感謝されてもマッチポンプ感が拭えない。
軽い自己紹介ののち、侯爵は切り出した。
「それで、帝国から目をつけられているんだって?」
「ええ、まぁ」
「それは災難だね……。だけど心配はいらないのだよ。当家の賓客として歓迎する。そうすれば帝国も手を出せないだろうよ」
侯爵はミリア嬢と同じような目尻にシワを作る笑みを見せた。
ーー流石は親子……。似てる……。
「ちょうど裏に先代が使っていた古い屋敷がある。あそこなら好きに使ってくれて構わないのだよ」
「感謝します。ラングフォード侯爵閣下」
「なになに。君達は娘と領の恩人。遠慮することはないのだよ」
侯爵は俺に別邸の鍵を渡した。
「よければ、当家の家臣として従事してはくれないかね?」
ラングフォード侯爵の後ろにいるミリア嬢がウィンクをした。
ーーお前の入れ知恵かい。
「……お断りしたら?」
「ははははっ。そうかい。いやなに、気にしないでくれたまえ。娘がどうしてもとーー」
「ちょっとお父様!? それは内緒ってーーじゃなくて、アンタ達もラングフォード領の庇護下に入れるんだし、悪い条件じゃないでしょ!? なんで断るのよッ!」
エレナとシルファが俺の方を見た。
「帝国が諦めるまでいるのは構わないけど、いつまで続くか分からないわよ? それに、屋敷の中は安全だけど、外だと襲われるかもしれないわ。街の外なんてもっての外。そんな生活続けられるの?」
ミリア嬢は俺たちを心配しているのか。それともただ手駒に加えたいのか。
何はともあれ、根本的に認識が違う。
「勘違いしないでほしい。俺たちは別に、帝国から逃げている訳ではない。逃げてやっているんだ」
「はぁ? 何言ってんのアンタ……」
「まぁ、いずれ分かる時が来るかもしれないけど、気にするな。」
俺はそう言って、笑って見せる。
「「……?」」
ミリア嬢も侯爵も、頭にハテナマークを浮かべながら、残念そうに顔を見合わせるのだった。
〜〜〜
ラングフォード領の別邸で数日。
「ちょっと、アンタ達何やってんのよ。こんな大量の貝殻を集めさせて……何する気?」
ミリア嬢は、俺が雇った冒険者達が中庭に続々と貝殻の入った木箱を運んでくる様子を見ていう。
「おや。ミリア嬢、こんにちは。せっかく海辺街に来たんだし、作れるものは作っておこうと思ってだな」
「はぁ? 貝殻砕いて遊んでるだけじゃない……」
ーーまぁ、確かにその通りなんだが……。
「貝殻は炭酸カルシウムからできてるから、焼成すると酸化カルシウムが取れる。酢を蒸留した酢酸と反応させて、濾過したり冷却したり脱水したりで、酢酸カルシウムが作れるってな訳よ」
「……はぁ? 何よそれ」
「酢酸カルシウムは乾留するとアセトンってのが手に入ってだな。これが結構優秀な有機溶媒なんだわ」
ーーまぁ、一般的には除光液ぐらいにしか使わないだろうけど……。有機化学的には色々使い道がある。
「で、酸化カルシウムからは水酸化カルシウムも手に入るから、アセトンと次亜塩素酸をチョチョッとゴニョゴニョってするとクロロホルムができるんだな」
「何よチョチョッとゴニョゴニョって……」
ミリア嬢が奇怪そうな目を向ける。
どのご家庭にもある漂白剤とアセトンと塩があれば、小学校の自由研究レベルで作り出せるクロロホルムである。
いくら15世紀程度の怪しい錬金術が横行するこの文明でも、作り方を知れば誰でも簡単に作り出せるだろう。
「まぁ、企業秘密ということだ」
だから俺はそう言って誤魔化した。
「ところでなんだが、あの池はなんだ?」
俺は気になっていた中庭にある池を指差す。周りを簡素な柵で覆われており、水は入っていないが深さは人の倍はあるだろう。
ちょっとした深海プール跡地だ。
「あれはねー。先代様が釣り好きで魚を飼ってたのよ。今はただの穴だけどね」
ミリア嬢はそう言って笑った。
「あれ、使っていいか?」
「いいけど……。使うって、何に使うのよ」
俺は言質を取ってありがたく借りることにする。
「水酸化カルシウムを大量に作るのに、酸化カルシウムと水を混ぜられる巨大な容器が欲しかったんだよ。加水分解すると発熱するから下手な容器じゃできなくてね。池を釜の代わりにできるのはありがたい」
「……アンタ変な趣味してるのね」
ミリア嬢は若干引き攣った顔を見せながらも、好きにしていいと許可を出してくれるのだった。
〜〜〜
太陽が沈んだ後は、エレナ先生による社会科の講義だ。
最近では、シルファも興味があるのか同席している。
「ーーという形で、鉱山などは資源ギルドによって管理されているのです」
「ふむふむ……。なるほど……」
今日はこの文明における資源の運用形態についての話。
「ところでなんだが、エレナは”石油”って知ってるか? 地面から取れる黒い油なんだが……」
「聞いたことありませんね……」
「やっぱそうだよな……」
クレオスにも探させているが、今だに発見出来ていない。
「その地面から出る油が必要なんですか?」
俺の浮かない顔を覗き込んで、エレナは尋ねる。
「そうだなぁ。燃料としては魔石で代用できるかもしれんが、石油化学から作る合成樹脂がどうしてもな……」
「プラスチックでございますか? 確かに、近代文明には欠かせませんね」
22世紀の常識を持つシルファも、プラスチックは馴染みがあるようだ。
「そそ。まぁそれよりも問題なのは、電気使うには銅線が必要なのに、絶縁処理した被覆銅線が作れないというのが今の最大の問題……。エナメル線でもポリウレタン線でもいいけど、流石に布を巻いて絶縁処理するのは無理がある」
ーー俺が今、サンタに何かを頼むとしたら油田だよ油田……。冗談抜きに……。
「ま、人工甘味料のおかげで資金は着実に増えてるし、大陸中の冒険者ギルドに広域調査依頼出せば、自噴してる油田も見つかるだろう」
「豪快な人海戦術でございますね……」
「だろ? んでもって、もうしばらくすれば人工甘味料生産も完全に軌道に乗る。そしたら油田のある国に逃げればいい」
もちろん、帝国の追手は振り切ってだ。
そうすれば、晴れて俺は自由の身。無駄な争いをすることなく、ドロンできて一石二鳥。
「それまでは、ラングフォード家に世話になるとしよう」
「はい」
エレナは居候生活にも終わりが見えていることに安堵した様子で、微笑むのだった。
次話 『綺麗な花には棘がある』
下の☆☆☆☆☆から作品への評価ができます。
感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。




