34.*皇帝の企て
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魔法帝国 帝城 皇帝執務室
「イスカリオ! まだあの超古代文明人を連れて来れんのか!」
皇帝は、イスカリオ執政官を呼び出して怒鳴りつけた。
王国で消息を掴んだという報告を聞いてから、約1ヶ月半。
皇帝は続報もなく進展のないことに痺れを切らしていた。
「っ……」
イスカリオは、皇帝の言葉に唇を噛む。
「……申し訳ございません。彼の者は、一週間ほど前に消息を経ち、……現在捜索中でーー」
「ふざけるなぁ!」
部屋に皇帝の荒々しい声が響く。
「余は手段を問わぬと言った! なぜ居場所を掴めていて取り逃がす! 貴様、それでも帝国の執政官かっ!」
「申し訳ございません……」
皇帝は荒立つ呼吸を整えながら、椅子にドカッと腰を落とす。
「イスカリオよ……。貴様は仮にも余の右腕。なぜにたかが平民一匹連れてくることが出来ぬのだ」
皇帝は、単純に疑問だった。
強大な力を持つ帝国の執政官の片翼。
そんな立場の男が、貴族でもなければ魔法も使えない男を一人攫ってくることに、なぜそれほどの時間が必要なのかと。
「そのことですが……。先日、王国の王都で彼の者を発見いたしました」
「ほぉ、王都とな。ならばすぐに王都に潜入しておる”影”を動かし攫って来れば良いではないか」
「……それが……。追跡を任せた”影の者”が……全員消息を経ちました……。王都に潜入させていた者達も根こそぎ……」
「なに……?」
皇帝は、こめかみをピクピクと動かした。
「げ、現在調査中でありまして……おそらく……彼の者の仕業かと……」
「彼奴め、どこまで余を愚弄するかっ!」
皇帝は、最近始まった王国内での亜糖生産によって、帝国の独占利益が侵害されていることや、ラングフォード領への干渉についての国際的な批判も重なり苛立っていた。
「し、しかしながら、どこに行ったかは大凡掴んでおります」
「どこだッ!」
「……ラングフォード湾岸都市だと思われます」
「ならばすぐに行って捕らえよ! これ以上、余を待たせるな!」
「そ、そうしたいのですが……」
興奮する皇帝の様子に水を差すイスカリオは、ゴクリと息を飲んで震えながら言う。
「先の襲撃から侯爵令嬢を救った件で、賓客として領地に招かれてるのかと……。そのため下手に手が出せない状況でありまして……」
「なんだとッ……!?」
皇帝のあまりの歯軋りの音に、ギリギリという音がイスカリオの耳に届く。
「忌々しい劣等種族めがッ! いつまで手こずらせるつもりだ!」
皇帝は鼻息荒く感情露わに苛立つ。
「貴様! 今まで何をしておった! なぜ平民一匹満足に捕まえることさえ出来んのだ! それでも貴様、執政官かッ! ガルグ……彼奴も亜糖の一件で失態を晒しおって! 貴様らは揃いも揃って役立たずの木偶の坊かっ!」
「……申し訳ございません……」
一通りイスカリオに怒りをぶつけ、怒りが収まったのか椅子の背もたれにもたれかかる。
「……もうよい。彼奴の件、余が自ら目にもの見せてくれようぞ……」
「!?」
「貴様らには失望した。手の空いている帝国魔道士序列一桁を招集せよ。これ以上は待てん」
「へ、陛下!? まさか……。陛下御自ら指揮を……」
「貴様はしばらく帝国執政官としての身の振り方を考えておけ。帝国というのがどういうものか、余のやり方を見ていろ」
皇帝はイスカリオに遠回しの謹慎を言い渡し、執務室から追い出すのだった。
〜〜〜
イスカリオは、重たい足取りで帝城に併設している塔に向かう。
帝国の軍事中枢施設だ。
「これはこれは、イスカリオ執政官殿。……なんだか顔色が悪いですな」
「お気になさらず……。グレイマン分析官。解読の方は?」
クマのような男、グレイマン分析官は両手を上げてお手上げだと示した。
イスカリオは、皇帝が夜斗を追放してすぐに幽閉していた地下室にあったものを全て回収した。
夜斗が大陸共通語との互換性を持たせるために作った元素周期表をはじめ、メモや日記に至るまで全てを重要なものとして確保した。
だが、問題もある。
夜斗の手によって書かれたものは、全て日本語をベースにしたもの。
何が書かれており、どれほどの価値があるのかも分からない。
だが、翻訳用の元素周期表を見たイスカリオは、他にも旧文明の叡智が隠された情報があるのではないかと思っていた。
ゆえに、夜斗の書いた紙や書物を回収し、皇帝にも内密に軍の暗号解読班に渡して解読を試みていたのだ。
だが、その結果は難航していた。
「グレイマン分析官。これまで様々な暗号を解読してきた”鍵”の異名を持つあなたでさえ、まだかかるのか?」
机の上には、夜斗が二年間付けた日記代わりの手帳がある。
日記と言えども、帝国の悪口や、愚痴を夜斗が綴っただけのものではあるが……。
「これだけの量があれば、そろそろ解読できても良いのでは?」
暗号解読には、パターン解析に必要な量が増えれば解読は容易になる。
その点、夜斗が残した日記などは、戦時に回収できる敵の伝書とは比較にならない量の文字が見て取れる。
しかし、グレイマン分析官は首の後ろを掻きながら言った。
「無茶言わんでくだせえ。これをご覧くだせー」
そう言って壁にかけられた無数の文字を指さす。
「これは?」
「旧文明の文字でさー」
「……こ、こんなにあるのか……?」
イスカリオは、壁一面に貼られた紙に書かれた文字の多さに驚嘆した。
「我々の大陸共通言語で使われる文字は28種類。しかしこれは……」
「ざっと数百種類を超えるんでさー。これを考えたやつはイカれてますぜ。しかも多分ですが、これは4種類ぐらいの文字がごちゃ混ぜになってますぜ。やたら画数の多い文字や、曲線の文字に、角張った文字、それに共通言語に近い形の文字もちょくちょく出てきやす」
漢字、ひらがな、カタカナ、アルファベットが一つの文の中に含まれた文章を見せられたイスカリオは、解読が進まない理由を納得する。
「未知の言語で、しかも無茶苦茶な量の文字で書かれた文章ですぜ? おまけに、文法も無茶苦茶。主語っぽいものが前にあったり後ろにあったり。それっぽい単語の意味がわかったと思ったら、次の瞬間別の文脈で使われる始末。正直、俺だけじゃお手上げ状態でさー」
「……そうか。あなたにそこまで言わせるとは……」
イスカリオは唸るグレイマン分析官を見て、解読は当分成功しそうにないことを覚悟した。
「人手を割いてもらえりゃもう少しは捗りそうですがね」
グレイマン分析官はイスカリオをチラッと見る。
「この件は内密に進めてもらいたい。……皇帝陛下やガルグ執政官殿にもだ」
「へいへい。まぁ、雲の上の駆け引きには首は突っ込みませんぜ」
「……引き続き解読をお願いします」
「了解ですぜ」
イスカリオは部屋を出る。
「超古代文明人……。彼の者は今何を……」
イスカリオは日が暮れ暗くなる夜空を見上げながら、未だ底の知れない彼のことを考え、そして大きく溜息を吐くのだった。
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次話 『ラングフォート湾岸都市』
下の☆☆☆☆☆から作品への評価ができます。
感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。




