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33. 新たな逃亡先

 王城に来て5日目の夜。



「ーーということなのです」

「なるほど、それで停戦協定が結ばれたと……」


 元公爵令嬢であるエレナ先生による歴史の講義も、王城の書庫から借りてきた歴史書と相まって分かりやすい。


 この社会での歴史には疎い俺は、彼女の教養の高さは助かる。



「ヤトさんは覚えが早いですね」


「そうか?」


 文系科目は誇れるほど得意ではなかったが、緻密に作り込まれたゲームの裏設定を聞いているようで面白さはある。


 ーーそれに、綺麗な女の子が手解きしてくれるなら尚更だ。



「エレナの教え方が上手いからだよ」


「ほ、本当ですかっ!? やったぁ」


「ああ。助かってるよ」


 小さくガッツポーズをする彼女に礼を言う。


 視界の端で何かが揺らめいた。


「マスター。ただいま戻りました」


 相変わらず扉からではなくベランダから入ってくるシルファ。


 そんな彼女に俺は端的に尋ねる。

「首尾は?」


「はい。マスターを付け狙っていたネズミ共の活動拠点を特定し、今しがた処分して参りました」


「……処分って……もしかして殺っちゃった?」


「いいえ。ご命令通り、生捕にして王国憲兵に引き渡して参りました」


 ーー優秀すぎる……。


 シルファの活躍によって、俺を帝国に連れ戻そうとする連中をひとまず無力化した。


 ……とはいえ、王都に潜入していた密偵の拠点を一つ潰しただけではある。油断はできない。



「これで手打ちにしてくれたらいいんだが……」


「どうでしょうか。皇帝陛下の勅命であればそうやすやすと諦めるとは思えません……」

 エレナは難しい顔をして言う。


 俺も同意見だ。


「さて。じゃあ今のうちに高跳びするとするか」


 ミトレス商業都市の家は惜しいが、貴重な物資や設計図等はシルファの余剰次元に保管されてる。そこまであの家に執着する理由もない。


 シルファが俺についた監視を払ってくれた今。俺が姿を消せば帝国とてそう簡単には見つけられないだろう。



「ふふっ」

 エレナが急に笑った。


「どうした?」


「いえ。またヤトさんと帝国からの逃避行だなと思って」


「……確かに。でも、あの時とは違うぞ?」


「そうですね。シルファさんにクレオスさんもいますし」


 ーーあ、クレオスのことすっかり忘れてた……。


 彼は今、知り合いの商会と手を組んで亜糖生産の陣頭指揮を取っている。ミトレスではなく、実家のある学術都市にいるはずだ。


 ーーまぁ、クレオスは身元は割れてないし、帝国から狙われてるわけでもないから心配はないだろうけど。



「さて……。俺たちはどこに身を隠そうか……。帝国から遠い連邦にでもいくか?」


「え? いいんですか?」

 エレナが驚く。


「何が?」


「えっと……。亜糖生産がまだ軌道に乗っていないのに、王国を出てしまっていいのかなぁって……」


「何か問題でも? 基本陣頭指揮はクレオスが取ってるし、何かあっても手紙で連絡がーー」


「郵送ギルドは国境を越えられませんよ?」


 ーーあ……。そうなの?


 相変わらず、通信手段が未発達な社会だと痛感する。


 ーーまぁ、この時代なら当然か……。郵送ギルドがあるだけマシとも言える……。クソ高いけど。


「なら、しばらくは国内にいないといけないか……」




 どこに向かおうかと悩んでいると、扉が勢いよく叩かれた。



「ヤト! エレナ! シルファ!」


 ーーこの声は、ミリア嬢か……。


 廊下から扉を貫いて聞こえる甲高く乾いた声の主は、すぐに分かった。


 ミリア・ラングフォード侯爵令嬢だ。


 赤毛の少女は部屋に入るなり、まくし立てるように言った。



「ねぇ! アンタの言った通りだったわ! 他商会でも亜糖の生産を始めるらしいの。これでラングフォード領への圧力はなくなるし、他領主から白い目で見られることもなくなりそうよっ!」



 ーーさすがクレオス……仕事が早い……。


「アンタの仕業よね!? 期待してなかったけど、凄いじゃない! 見直したわ! どんな手を使ったのよ!」


 ーー近い近い。凄いと言うか……責任者ですし……。まぁ実際色々動いてくれたのはクレオスなんだが……。



「それは内緒だ」


「そ。まぁいいわ。礼を言うわよ」


「ふむ。……ってことは、賭けは俺の勝ちだよな? 約束通り俺の言うことを聞いてもらおうか」


「ぇ”!?」

 ミリア嬢は俺の言葉にビクッと背中を震わせた。


 ーー今の反応、絶対忘れてたっぽいな。興奮のあまり狂喜乱舞して忘れてたよね。だが、容赦しない。大人は汚いのだよ。ぐへへへへ。


「まさか、忘れていたとは言うまい……。誇り高き王国の侯爵令嬢ともあろうものが、約束を反故にするなどないよねぇ?」

 俺はミリア嬢に顔を近付ける。


「マスター……。悪い顔をしてます……」


「おっと……」


「に、二言はないわっ! 何でも言いなさい!? あ、でもエッチいのはダメよ!?」


「案ずるな。俺はロリコンじゃなーー」


「殴るわよッ!?」


 キンと響くミリア嬢の声が鼓膜を突いた。


 ーー背伸びしたいお年頃……か。



「悪い悪い。で、お願いなんだが」


 ミリア嬢は膨れっ面で俺の話を聞いた。


 …………

 …………

 …………



「ふーん。帝国から身を隠す先にラングフォード領を……。いいわよ? ラングフォード家がアンタ達を賓客として迎え入れるわ」


 彼女は俺の話を聞いて二つ返事で了承した。


「……俺が言うのはなんだが、いいのか?」


「構わないわ。アンタ達には借りがあるし。お父様も快く了承するわよ」

 ミリア嬢は腕を組んで自信げに答えた。



「ヤトさん……。私はてっきり辺境の田舎に姿をくらませるものと思ったんですが……。侯爵家の食客となっていれば、すぐに帝国の耳にも入りますよ?」

 エレナは若干心配そうに言った。



「俺もそのつもりだったけどね。でも、帝国が諦めるまで隠遁生活はごめんだ。小さな農村じゃ出来ることも限られるしな。だったら、帝国が簡単に手を出せないところにいた方が賢明だろ?」


「……た、確かに、王国侯爵家の賓客として迎えた人を街の中では表立っては襲えませんね……」


 エレナは俺の狙いに気付いて頷いた。



「さて。じゃあ帝国が俺を見失っている間にさっさとラングフォード領都に行くとしよう。道中を襲われるのは面倒だしな」


 俺たちはミリア嬢とすぐに王都を発つ相談を終え、月明かりが薄らと残る半月の晩に、王都をひっそりと出発するのだった。

次話 『帝国の企て』


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感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。

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