30. 刺激的で危うい一夜
ミリア嬢の護衛から解放された深夜。
俺は王城の一室にあるバルコニーから夜空を見上げていた。
「マスター。浮かない顔をされていますね」
「おわっ!? シルファか……脅かすなよ」
エレナと一緒に隣の部屋にいるはずのシルファが、隣のバルコニーから視界の中に飛び込んできたことに思わず声を上げて驚いた。
「申し訳ありません。脅かすつもりはなかったのですが……」
ーーいやいや、翼を生やした人が飛んできたら普通に驚くからな……。
「浮かない顔をされていたのは、昼間の件でございますか? 帝国の……」
「……ああ」
先程、帝国の執政官から、皇帝が俺を探していることを知った。
大陸統一の礎として、超古代文明人である俺を利用しようとしてのことだろう。
ーー憶測に過ぎないが、一度は手放した俺を再び手中に収めようとするのは、振り子時計の有用性に気付いたか、天空城上陸を知られたか。
俺が断ったところで、俺に利用価値があると知られているなら、あの皇帝のことだ。強硬手段を取ってくるのだろう。
ーーあの執政官もそう言ってたし……。面倒くせぇ……。
国家を相手に一個人がどうこうするのは埒が明かない。
「はぁ〜……」
俺の長い溜息が漏れる。
「お望みとあらば、私が悩みの元である皇帝を消し飛ばしてご覧に入れますよ?」
「……やめとけやめとけ」
俺はシルファの魅力的で、そして恐ろしい提案を笑い飛ばす。
「気に食わない相手だからと、自衛の域を超えた力の行使は殺戮でしかない。ましてや、君という俺の身の程を超えた力を振るうのは厳に戒めなければ、いずれ俺が力に溺れて自滅する」
「……マスターは慎重でございますね」
俺の隣に立って同じく夜空を見上げたシルファの横顔は、どことなく切ない表情に見えた。
彼女からしたら、俺は彼女の力を持て余していると思うのかもしれない。
実際、シルファ一人で国家相手に対等に戦えるどころか蹂躙さえできるのだろう。
だが、俺は彼女の力に頼りきった方法は取りたくはない……。そんな贅沢な方針を取っている。
「なぁ、『進みすぎて滅んだ魔法の国』って話知ってるか?」
「……はい、一応存じておりますが……?」
『進みすぎて滅んだ魔法の国』は、この文明でよく知られている寓話の一つだ。
◇◇◇
ある国に、一人の天才魔法使いがいました。
その魔法使いは、偉大な魔法で国中の人を幸せにしました。
彼の偉業で人々は満たされ、何不自由のない国になりました。
しかし、何不自由のない生活に慣れた人々は、彼がいなくなった後に、偉大な魔法がだんだんと綻び始めていることに気付きました。
天才魔法使いただ一人が作った魔法は、誰にも理解されず、誰にも直すことは出来ませんでした。
そして、魔法が完全に解け不自由に戻った街に人々は、何も出来なくてとうとう国は滅んでしまいました。
◇◇◇
「あの寓話が本当にあった昔話か、それともただの作り話かは知らんが、なかなか核心を得た学びの多い話だ。そして、俺にとってシルファは”偉大な魔法”と同じだ。だから……な」
「……そうでございましたか。私と致しましては少し心寂しい気もいたしますが、マスターのお考えとならば異存はありません」
ーー結局のところ、武力的な力もさることながら、こうして理解を示してくれることが何よりもありがたい……。
「シルファ、いつもありがとな」
何を思ったか、俺は彼女に礼を言っていた。
普段なら、小っ恥ずかしくてそうそう言えたものではない。
だが、思いのほかすんなりと出た言葉に、俺が彼女に普段から相当感謝していることを自覚させた。
「っ!?」
シルファは一瞬驚いた様子を見せて、見開いた目が俺と合う。
すぐに彼女は俺から顔を隠すように俯き、そして翼を出現させると、
「わ、私にとって最高の栄誉でございます」
そう言って、綺麗な一礼をするのだった。
コンコンコンッ
扉が叩かれ来客を知らせる。
ーーこんな夜更けに誰だ?
「どうぞ?」
扉を開けた先にいたのはエレナだった。
今まで寝ていたのだろう。部屋の明かりで眩しそうに目を萎ませている。
「どうした?」
「その、夜分遅くにすみません。気付いたらシルファさんがいなくなってて……」
「シルファならそこにいるぞ?」
「えぇっ!?」
エレナは声を荒げて驚いた。
「す、すみま……せん……。わ、わ、わた……し……。その、知らなくて……そんなつもりじゃ……。し、失礼しましたっ」
「待てぃっ!」
狼狽えた挙句、脱兎の如く部屋を出ようとするエレナを止める。
「待て待て、絶対変な誤解してるだろ……!?」
ドアノブに手をかけたところで、エレナは止まった。
「ぇ……? で、でも、こんな時間に一緒の部屋にいるなんて……」
ーーまぁ確かに、夜も更けたこんな時間帯に一つの部屋で健全な男女がいれば、色々邪推するのは分からんでもない。
だが、健全な男女であればの話だ。
「マスターが夜空を見て黄昏ていらっしゃったので、少しお話をと思いまして。他意はありません。ご安心ください」
「そ、そうでしたか……。ほっ……」
ーー何その安堵の様子は……。シルファが襲われなくて良かった的な? 君は俺をなんだと……。俺はそんな野獣ではないぞ。……チキンではあるかもしれんが……。
「で、では、その……ヤトさんとシルファさんは……こ、恋人……とかではーー」
「ありません」
ーーなんでちょっと食い気味に否定するのシルファエルさん……。ひょっとして実は俺のこと嫌ってる?
「エレナ様は私を探して下さったのですね。ご心配おかけして申し訳ございません」
「い、いえ……。で、でも、ダメですよ? シルファさん。深夜に、だ、男性の人の部屋にいくだなんて……その、破廉恥ですから」
ーーまぁ、それは正論だな……。
正論という名の鈍器で殴られる俺だが、俺は悪くない。シルファが勝手に来たのだ。
「はて。そうでございましたか」
「……エレナも知ってるだろ。シルファは天使だぞ……」
正確には、22世紀の人類によって生み出された終末決戦用人工天使。
この文明に生きる人から見れば、世界の平定に寄与したと神話に綴られる神の使いの天翼族。
「で、でもダメですよっ! そ、そんな未婚の男女が……。その……よ、夜を一緒の部屋で……なんて……」
「待て待て。色欲的衝動感情が抑制された人工天使相手に、男女の恋愛関係は成立しない。つまり、不可抗力だ」
「はい。それに、これまで何度もーー」
「おぉい、待てシルファ。余計なことは言わんでいい」
「こ、これまでに何度もって……。も、もしかしてミトレス商業都市の家でも……」
時すでに遅し。
エレナは信じられないといった様子で手で口を覆い俺を見る。
「ま、まぁ、確かにな。いや、でもちゃんと理由があるんだ! ほら、君ら現生人類は日の入りから日の出までよく寝るけど、俺たちは7時間も寝れば十分だからな……」
「はい。私には睡眠は必須という訳ではありませんので、マスターの夜の話し相手としてお部屋にお邪魔することはーー」
「よ、夜の話し相手!? な、なんだか卑猥な響ですっ!」
ーーシルファエル君!? 単語のチョイスが完全に地雷! てか、エレナも曲解しないで!?
「ご安心ください。エレナ様。もしマスターが私に欲情されても、人理憲章の人工天使運用規定によってーー」
「よ、欲情!? シ、シルファさん!? 何をーー」
「ちょっとシルファは黙ってて!? ややこしくなるから! エレナも変なとこ突っかからないで!?」
ーーダメだ……。収拾付かなくなる前に早くなんとかしないと……。俺に発情期チンパンジーだというレッテルが貼られてしまう……。何よりエレナが俺を見る目が痛い。
「オホンッ」
俺は咳払いをして二人を静まらせる。
このカオス状態を一瞬で片付ける力説を俺は思い付いた。
ーーこれで勝つる……。
「エレナ、よく聞け? 確かに、シルファを女性と見ればその、魅力的だ」
「マ、マスター? ……光栄でございます」
「だが、恋愛関係が成立しない相手……。それはつまり、”男の娘”と同じだ」
「……!?」
「オトコノコ……?」
「そ。どれだけ麗しく、例え惚れても決して成就しない相手。ホモでないならそこに恋愛関係は成立しない。シルファも分類学的には”男の娘”と同じ部類だ。そして、俺はホモではない。ゆえに、これらの問題は一切懸念すべきことではない」
シーンと静まり返る室内。
二人は俺の完璧な理論に、言葉もない様子だった。
ーーふははっ。完璧な理論展開。俺の天才的な頭脳が恐ろしい……。
「でも……でもそれって、シルファさんにその気がなくてもヤトさんの方がもしーー……」
エレナは何やら深刻そうな顔つきで小さく呟き、そして唇を噛んだ。
「俺がなにか?」
「い、いえ……。なんでもないです」
「?」
慌てふためく様子で手をバタつかせるエレナの様子に、俺は奇怪な目を向ける。
だが彼女は、なんでもないとの一点張りで、ぎこちない笑みを見せた。
「私の勘違いでお騒がせしました。部屋に戻ります」
エレナは納得したのか、ペコリと頭を下げると部屋を出ていく。
彼女が去って静かになった部屋で、シルファが口を開いた。
「マスター。人理憲章を無視すれば、私は子どもも産めるはずです」
「……え、何の話?」
唐突に斜め上の話題を切り出すシルファに、俺は戸惑った。
「つまりは、私は生物学的には女性でございます」
「あ、うん。知ってるよ? ……気に障ったのなら謝るよ」
「いいえ。マスターの認識は、斬新で……そして的確な評価だと存じます」
シルファがベランダに出ながらゆっくりと言った。
「ですが……その……魅力的と言っていただけたことは嬉しく……いえ……それだけです、おやすみなさい」
シルファは顔も見せず俺に背を向けたまま、ベランダの手すりを蹴って隣の部屋へと姿を消した。
ーー結局なにが言いたかったんだ……?
俺はシルファが何を伝えたかったのか分からず、扉が開いたままでカーテンの靡く無人のベランダをボーッと眺めるのだった。
次話 『勘違いから始まる観光デート』
下の☆☆☆☆☆から作品への評価ができます。
感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。




