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03.*少女の知らない未知なる存在 

基本的に一人称視点で進みますが、*アスタリスク回は三人称視点でお送りします。

 

 ********



(す……すごい……何がどうなってるの……!?)


 常識に取り残されたかの様な感覚を、その場に居合わせた淡い黄金色(こがねいろ)の髪を持つ少女は感じていた。


 一瞬のうちに二人の近衛兵を始末した得体の知れない存在に、彼女は鳥肌が立つ。

 帝国では珍しい黒髪黒目の不思議な雰囲気を醸す青年の、言うこと為すこと全てが彼女の理解の範疇を超えていた。


 ただ一つ。

 彼女が彼を見て分かったことは、精鋭の近衛兵をも遥かに凌駕した実力を持っているということ。



「ぁ……あなたは……何者ですか……」

 目の前で繰り広げられた青年と近衛兵達の死闘に決着がつき、少女は震える声を押さえて尋ねた。


 人か、それとも人の姿をした別の何かか。天使や悪魔だと言われても頷ける程に、彼の繰り出した”魔法”は不可解を極めた。


 それゆえに、恐怖心と好奇心との境がない感情を抱きながらも彼に尋ねる。



「俺はヤト。黒月夜斗くろつきやとだ。君らの言う、超古代文明の最後の生き残り。……そして、この腐った魔法文明の終焉をもたらし、人類の科学文明を復刻させる侵略者だ」


 黒月夜斗を名乗る青年は、不敵な笑みを浮かべてそう自己紹介するのだった。



「……超古代文明人……!?」


 彼女は到底信じられない答えだったが、頭から否定することも出来なかった。


(虚構神書にのみ記述された、世界を支配し、そして滅んだ古の文明……。彼らは私たち()()とは違い、魔法を扱えない()()という種族だったはず……)



 夜斗の繰り出した攻撃は、ただの化学合成に過ぎない。だが、この世界で生きる彼女には魔法にしか見えなかった。


 夜斗の分かりやすい解説も、オタク特有の早口と、21世紀の化学知識が通じるはずもない。


 説明はただただ詠唱の様な言葉の羅列となり、敵を屠る事象を為す魔法として彼女の目に映っていた。




「そういや、俺が何者かを聞く前に、俺は君の名前すら知らないんだが?」


 夜斗は手にした剣を投げ捨て、緊張感の消えた口調で少女の方を向いて尋ねる。


「エ、エレナ……です……」


 エレナと名乗った少女は、カタコトながらも答えた。


 大地を割り、世界を火の海にしたとされる超古代文明人を自称する男を前に、彼女の思考は正常には回らなかった。


「……大丈夫か?」


 顔色悪く、顔面蒼白のエレナに夜斗は覗き込む。


 彼女を気遣う夜斗だったが、彼自身始めて人を殺したという感覚に、震える手を背後に隠していた。


「……とりあえず、帝都からは離れた方がいいな……。行く当てはあるのか?」

 夜斗の問いに、エレナはぎこちなく首を振った。


「なら……一緒に来るか? とりあえず俺は当面の資金の目処はついてるし、国境を抜けるぐらいまでは協力できる」


 夜斗の言葉に、ビクリと彼女が反応した。


(一緒に……?あれほどの力がある彼が、どうして足手まといになる私なんかを……?)


 神話に綴られる超古代文明人は、悪魔と契約し魔獣を生み出し、世界に混沌を招いた存在として描かれている。


 目の前で精鋭の近衛兵を一瞬で倒す夜斗を前に、彼の狙いが分からない彼女は顔をしかめた。



 そんな表情を見た夜斗は、自分が警戒されていると思い肩を落とす。



「……いや、無理にとは言わないけど……」


 夜斗は単に女性が一人で逃避行をする心配からの誘いであり、取って食おうなんて気はさらさらない。

 だが、彼女が自分に対して警戒を示すのは当然だとも理解していた。


「……私に手を差し伸べても、あなたにはなんの得もありませんよ……?」


 エレナの質問に、夜斗は頭を掻く。


「損得だけで人は動かないさ。さっきも言ったろ? そこに価値を見出せるか見いだせないかだって。困ってる時はお互い様。それに……」


「?」


「俺のできる範囲で君を助けれるなら、俺が手を貸したいだけだ。一人ぼっちで逃避行するより、二人でした方が楽しいだろうし。同じ国外追放仲間じゃん?」

「……」


 エレナの目に、無邪気に笑う夜斗の顔が映る。

 その言葉の裏に隠された意図があるかどうかなんて、もはや彼女にはどうでもよかった。


(この人は強く、そしてなんて優しいのでしょうか……)


 トクンと脈打つ感覚に、エレナは胸を抑える。


「……しばらくの間、よろしくお願いします」



 彼女はそう言って頭を下げるのだった。


「ああ。こちらこそ、よろしく」


 かくして、二人の逃避行が始まる。





 二人は、兵士からのドロップ品……もとい、戦利品として金貨の入った袋を回収し、最寄りの街を目指して街道を歩く。


「それで? 君はこれからどうする? 皇帝への復讐とか?」

 夜斗は歩きながらエレナに尋ねる。


「いえ……。国外追放は家の決定ですので皇帝陛下に恨みは……。それに、復讐なんて無理ですよ。……相手はエルメス家なので……」


「ふーん」

 夜斗は生返事で答える。


 帝国内で四大貴族の一つに数えられるエルメス公爵家の名前が出ても、全く動じることのない夜斗にエレナは戸惑う。


 無論、夜斗が帝国の貴族社会を知らないから当然である。エルメスの名を聞いても、その意味を知る由もない。



「復讐を推奨する訳じゃないが、泣き寝入りはもっと推奨しないぞ? 少なくとも、俺はあの皇帝を一発殴り飛ばして下等種族呼ばわりを謝罪させてやる。これは確定事象だ」


(大陸一の帝国の皇帝陛下を相手に……!? 冗談ですよね……!?)


 ポキポキと指を鳴らしながら不敵で歪んだ笑みを浮かべる夜斗の姿に、どこまで本気なのか一切わからないエレナは言葉を失うのだった。



 〜〜〜



 夜斗とエレナは、街に辿り着く。


「この街の名前は、エルベかリノか。それ以外だと俺としては困るんだが」


「帝都の西隣にあるエルベ中継都市ですね。城壁が特徴的なので覚えています」


「おぉ、それは運がいい」


 夜斗はこの街の名前を聞いて満足げに頷いた。



 この世界の街や都市は、城壁によって覆われている。人々を襲う魔獣から身を守るためにだ。

 その原因を作ったとされる超古代文明人が、現生人類から恨まれるのも無理はなかった。

 魔獣に家族を殺された者も少なくない。




「あ、エレナ。俺が超古代文明の生き残りだと言うことはーー」


「はい。他言無用、ですよね!」


 夜斗自身よりも、その方がいいと分かっている様子でエレナは頷いた。



 街には通行税を支払えば簡単に入れたことに、夜斗は苦笑する。


 今さっき国外追放宣言を受けた夜斗達の似顔絵を、街の門番が把握している訳もないから当然のことではある。



 〜〜〜



 二人は日が沈む前に、適当な宿屋に辿り着いた。


「いらっしゃいませ〜。看板娘のミナだよ? 何泊する? 今なら三食昼寝付きのお得な宿泊パックがたったの8000Gゴールド!」


 元気そうな少女が二人を出迎える。


「いや、昼寝に金はかからんだろ」

「お兄さんバカなのぉ? 冗談に決まってるじゃん!」


 (このガキ……)


 夜斗は思わず出そうになる舌打ちに、10歳にも満たない少女に何を苛立っているんだと冷静になる。


「では、一泊お願いします。夕食と明日の朝食をお願いできますか?」


 エレナは看板娘に視線を合わせて優しく頼んだ。


「あいあい。部屋は一つ? 下にお客さんのない部屋にしとくね! あ、あと。あんまり夜遅くまで励んで他のお客さんに迷惑かけないでね!」


 (この世界の情操教育は大丈夫かよ……)


 満面の笑みで問題発言を繰り出す看板娘に、現生人類の性教育に対して心配を抱く夜斗である。


「ど、どうしますか……?」


(いや、お前も何顔赤くしてんだよ……)

 振り向むエレナの顔が、見るからに赤く染まるの見て夜斗も戸惑う。


「……部屋を二つだ。分かったらさっさと行きなさい」


 夜斗は冷静さを装って看板娘にそう伝えた。


「あえ? 二つ? あーい。鍵持ってくるー」

 看板娘はテトテトと足音を立てて奥へと去っていった。


「いいんですか?」


 エレナが夜斗の顔色を伺うように尋ねる。


「ぇ……? それって……」


 夜斗は自分が紳士的な男だと言い聞かせ、誘惑に抗い毅然と振る舞う。

 だが、その脳内は煩悩で埋め尽くされていた。


(これってOKってこと? いやいや、立場的な優位性を利用してヤろうなんて……だが、据え膳食わぬはなんとやら……。いやしかし、俺は節操と言うものを持ち合わせているのでな……)


「手持ちは少ないので節約すべきかと思いますが……」


(……あ、そっちね……)


 夜斗は、看板娘のことを俗物的だと言えない思考回路に陥っていたことを静かに恥じた。


「し、資金は問題ない。言ったろ? 当面の資金は目処がついてるって。ここがエルベ中継都市で助かった。今から資金を回収してくるよ」


 夜斗は火照る顔をエレナには見せずに、薄暗くなった街の中へと姿を消すのだった。



 ********

次話 『傲慢な侵略者の意志』


下の☆☆☆☆☆から作品への評価ができます。

感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。

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