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28.*ミリア嬢の見た世界

 **********



『異常』


 それ以外の言葉で説明できない事態が、ミリア・ラングフォードの目の前で繰り広げられていた。



 帝国魔導士序列一桁ナンバーズを相手に啖呵を切り、挙げ句の果てには挑発する言動の数々。


 それだけではなく、攻城戦の破壊神と恐れられるゴーレムを、「鹵獲する」と言い出す無謀さ。


 ミリア嬢は彼、夜斗を見て、気でもおかしくなったのかと思った。



(アタシが人質になれば、アンタ達は助かるかもしれないのに……。なんでなのよ!? 何をする気!?)


 帝国魔導士序列一桁ナンバーズが相手ともなれば、いくら腕利きの冒険者だろうと勝ち目がないことをミリア嬢は理解していた。


 この状況で助かる道は、自分が大人しく人質になれば彼らも助かるのにと。



 だが、夜斗の言動はミリア嬢をただただ混乱させるだけだった。



「ミリア嬢。俺は約束は守る男だからな。『君の安全は俺が保証する』そう言ったからには、履行するとしよう」


 そう自信げに語る夜斗の瞳に宿る光を、ミリア嬢は虚勢だとは思えなかった。


 だがそれは、自分の希望的な観測と、願望の入り混じった思いであることは本人も知っている。


 絶望的な状況を前に、一つぐらいの縋る先があってもいいだろうとミリア嬢は祈りを込める。



(神様、今だけでいい。奇跡を起こして……)


 ーーと。


 そして彼女はゴーレムに向かっていく夜斗の後ろ姿を、ただ呆然と見ていた。



 1回目の瞬きで、ゴーレムの足に潰される夜斗を見た。

 2回目の瞬きで、ゴーレムの腕に潰される夜斗を見た。


 だが、3回目瞬きをしてもまだ、彼は悠然と立っていた。



 ミリア嬢は瞼の裏に映る最悪の未来と、現実が乖離していることに目を凝らす。



 しかしついに、ゴーレムは夜斗を前に倒れ、動けない様子で地面で悶えていた。



(何が……起きているの……? どういう……こと……?)



 ミリア嬢の視界には、自分の理解できない景色が広がっていた。


「ひっ……」


 ミリア嬢の背後で、護衛の騎士が小さな悲鳴を漏らした。

 領兵の中でも腕利きの護衛騎士が、悲鳴を出すとは考えられない。


 そんな思いを持ちながら、何事かと振り返ったミリア嬢は絶句する。


 背後で自分達の退路を絶っていた黒フードの襲撃者達が、まるで木の葉のように宙を舞い吹き飛ばされている。



(これを、あの銀髪が一人でっ!?)



 僅か数十秒で襲撃者を一方的に屠ったのが、その場に凛とたたずむシルファであることは疑う余地もなかった。


 ミリア嬢は、そんなシルファの後ろ姿に死神の姿を見た気がした。


(なんなの……。なんなのよアイツらは……!?)


 人は理解を超えた存在を前にすると、恐怖を通り過ぎて思考を放棄する。



(こんな……。帝国魔道士ナンバーズにゴーレムをも一方的に倒すなんて……。そんな力を、ただの冒険者が持っているというの!?)


 ミリア嬢は、得体の知れない夜斗とシルファに、ただただ驚愕し、おののくことしか出来ずにいた。



「自分が絶対的な魔法力を有しているとイキってる奴に、力の差を見せつけるのは楽しいなぁ」


 夜斗の愉快そうな声がする。


「テメェェ……っ! 異国の平民の分際で帝国貴族を愚弄するかっ!?」


 夜斗の余裕の煽り言葉に、帝国魔導士の顔が歪む。

 夜斗が一歩進むと、帝国魔法士が一歩後退りする。



 もはやどちらが襲撃者か分からない。


 ミリア嬢は放心状態で夢でも見ているのかと混乱していた。



「……なぜ! なぜなぜなぜ!?」」


 帝国魔導士の荒げた声に、ミリア嬢はビクリと反応する。

 発狂気味に放たれる声が、一瞬自分の口から出たのかと錯覚する。


 それほどまでに、彼女の頭の中は『なぜ』という感情で占められていたからだった。



「これはシアノアクレリート。硫黄と酢酸を触媒に塩素処理して得られるクロロ酢酸を、ナトリウム塩とシアン化ナトリウムを反応させ酸で処理したシアノ酢酸をベースに、アルコールランプに使われているメタノールから酸化処理して作ったホルムアルデヒドを触媒にして、シアン化酢酸エステルとホルムアルデヒドの塩基性触媒の存在化でメチロール化反応させた樹脂性物質を減圧下で熱重合させて作った、要するに強力な瞬間接着剤だ」



 夜斗の説明は、更なる『なぜ』を、この場にいる全員に与えるだけだった。



 夜斗としては、この限られた社会で苦労して作った強力な瞬間接着剤の成果を語りたいだけである。

 伝わるとも思ってはいないし、それはただの苦労自慢でしかない。



(詠唱!? 何を言ってるの!? アイツはなんなのよ……!)


 ミリア嬢は自分の耳がおかしくなったのかと錯覚する。自分の隣にいるエレナの表情を見て、余計にそう思った。



 エレナにとっては、毎日の様に経験する現象だ。


(相変わらず、ヤトさんの言うことは意味不明ですね……)


 そんな思いで聞き流す。


 彼が自分たちとは異なる”超古代文明人”だと知る彼女からしたら、夜斗の行動が自分達”人族”の理解を超えたとしていてももう驚きはしない。



 しかし、彼女には別の懸念が浮かび上がっていた。


 エレナの目の前で、人ならざる存在の片鱗を見せつけたシルファの姿に、彼女もまた”向こう側”であることを痛感させられる。


(……それに比べて私は……)


 エレナはミリア嬢と一緒に守られている今の状況に、自分がなんて無力なのかと思い知らされた気分だった。



 ミリア嬢は、そんな拳を静かに握るエレナの浮かない表情を見ても、その意味が分かる訳もない。


 自分と同じく驚くこともなく、かといって脅威を退けたことに歓喜するわけでもない。

 ただ奥歯を噛み締めるような表情をするエレナに、ミリア嬢は余計に3人が何者なのかと鳥肌が立つ。




「ーーじゃ、後は当事者に任せるとするか」


 帝国魔導士を下した夜斗は、ミリア嬢に近づく。

 その姿に、自分はなんて声をかければいいのかも分からず、ただただ夜斗の姿を視線で追うミリア嬢であった。




「それで、こいつはどうする?」

 夜斗は帝国魔導士をミリア嬢の前にひざまずかせて聞いた。


「え、えっと……」

 ミリア嬢は、まとまらない思考に歯止めをかけて考える。


「て、帝国からの襲撃があったことは、俺様の身柄があれば確定的な証拠になるだろっ!? 俺様の証言は必要になる!なるはずだ! 黒幕の名も喋ってやる!」



 帝国魔導士はミリア嬢に縋るように主張する。


 ◇


(こんなところで、俺様が死ねるかっ! 俺様は選ばれし帝国貴族のエドウィン・ローグ様だぞ!?  こんな下等な王国の猿共に、殺されてたまるか!)


 プライドなど、自分の命に比べれば価値などない。

 そう割り切っている帝国魔導士は、祖国を売ることなどになんの躊躇いもない。


 ただただ、目の前の脅威から抜け出し、捲土重来を企む。


(そうだ。この敗北は俺様のせいではない。いつもの俺様なら負けるはずなかった)


 帝国魔導士は、今はただの瓦礫と化したゴーレムを見て奥歯を噛み締める。


(本来であれば、俺様がこんな奴らに負けるなんてありえねぇ。急拵えでゴーレムの調整もままならなかったせいだ。そうだ、そうに違いねぇ)


 一騎当千のゴーレムを生成し、自在に操ることができるのは一流の土属性魔法士だ。

 だが、今回は急な任務で十分な準備が出来ていなかった。


 帝国魔導士は今回の敗因が、自分の本領が発揮できなかったからと思うのは当然のことでもあった。



(今に見てろ。腕を潰し、足を潰し、与えられる激痛を与えられるだけ与え、魔獣に生きたまま食わしてやる。この屈辱、決して許さんッ……)


 帝国魔導士は表面上は命乞いしながら、うつむいて鼻息を荒く夜斗に対しての憎悪を募らせる。



 ◇



「アンタ、黒幕を知ってると言ったわね」

 ミリア嬢の声で、帝国魔導士は顔を上げる。


「ああ! 俺様に今回の命令を下した張本人を知ってる! ラングフォード家が俺様を捕虜として迎えるなら、喋ってやる!」


 ミリア嬢は、その言葉に目を瞑って考えに耽る。


(協定を無視して一方的に襲撃しておいて、捕虜の権利を保障しろって? 都合良すぎね……。でも、アタシとしても大元が誰であるかを知れれば、国王陛下に直訴する時に役に立つ……)


 ミリア嬢は、苛立つ気持ちを抑えて冷静に考える。

 ここまでに、帝国のせいで護衛の騎士達が自分のために死んでいることを考えれば、到底受け入れることはできない。


 だが、人の上に立つ貴族として、時には感情を殺して合理で許容すべきこともあるのだと噛み締める。



(こんな時、シャルロット姉様なら……)


 ミリア嬢は、敬愛する姉ならどうするかを考え、そして大きく息を吐く。


(亡くなった騎士の遺族には顔向けできないわね……。でもアタシは……)



「……その要求を飲むわ」


 帝国魔導士はその言葉に、大きく口を歪ませ笑うのだった。



 **********

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