27. ゴーレム戦
俺より背丈は3倍、横幅も4倍はある巨体のゴーレムは、岩の体を動かしてドスドスと向かってくる。
後ろの敵7人は、シルファがどうにでも出来る。俺が警戒すべきは前方の敵だけでいい。
既に弓矢を持つ敵は無力化しているため、ゴーレムと帝国魔導士しかいない。
「踏み潰せ!」
帝国魔導士は得意げに杖を振い、指示を送る。
ゴーレムは俺に狙いを定めて迫って来た。
動きは緩徐に見えるが、巨体がゆえに実速度はそれなりにある。走る速度も人と変わらないぐらいは出ているだろう。
地響きを上げながらすぐに俺の目の前まで来た。
「フヒヒヒッ!石礫など効きはしないぞ! 何重にも重ねた魔法耐性に、岩という絶対的な堅牢さを誇る俺様のゴーレムを倒すには、精強な騎士でも100人は必要だ! どうだ! これが帝国魔導士序列第八位の力だぜ!」
ーーわざわざ説明どうも。
俺は腰につけた鞄から試験管を取り出す。
「頑丈なら強いと思ってる時点で、動物並の発想だな」
俺の眼前で大きく振り上げた膝関節部分に、試験管を投げつけた。
パリンとガラスが割れる小気味いい音が聞こえる。
「フヒヒヒッ! そんな小細工で何が出来る! ぶち殺せ!」
振り上げられた岩の足が、大きな影を作って振り下ろされる。
だが、その足は俺の横を撫でて大地を揺らした。
「チッ。狙いがずれたか。もう1回だ!」
帝国魔導士は杖を振り上げる。
だが、ゴーレムの足は上がらなかった。
ぎこちなく、体勢を整えバランスを保とうとしている。
「何をしている!? クソがッ動け!」
帝国魔導士は今度は杖を横に振った。
ゴーレムの上腕が動き、俺を目掛けて振り下ろされる。
ーーおっと……。
俺が咄嗟に飛びのいた場所に、巨腕が音を立てて地面にめり込んだ。
「危ない危ない。こっちも封じておくか」
俺は二つ目の試験管を取り出し、ゴーレムの肘関節に投げつける。
パチンとガラスが砕け、中から若干の粘性がある液体が飛び出て付着する。
ーーお前たちは知らないだろう。単体が空気中の水分子と反応し、重合体に変遷する際に急速に硬化する画期的な樹脂を。
「な、なぜ動かない!? 動け!」
ゴーレムはギシギシと軋みを上げる。
だが、無理矢理動かそうとしたゴーレムの足は、片方が棒のように固まりバランスを崩して倒れた。
「鹵獲完了。さてと、あとはお前だけだ」
「な、なぜだっ!? ゴーレム! 起き上がれ! クソがっゴーレム!」
帝国魔導士はがむしゃらに杖を振るう。だが、ゴーレムは起き上がることはない。
「な、何をしたっ!? テメエ、俺様のゴーレムに何をした!」
余裕の笑みが消えた帝国魔導士の慌てっぷりに、俺は嘲笑う。
「自分が絶対的な魔法力を有しているとイキってるやつに、力の差を見せつけるのは楽しいなぁ」
「テメェェ……ッ! 異国の平民の分際で帝国貴族を愚弄するかっ!? 死ねぇ! ”鉄破撃”」
「だから、無駄だと。」
無数の岩が俺に降り注ぐも、俺に当たって消滅する。
「”鉄破撃”! ”鉄破撃”! ”鉄破撃”! クソォォ! この平民がぁ!」
「その平民ごときに自慢のゴーレムがあっさり封じられちゃって、今どんな気持ち? ねえ今どんな気持ちぃ?」
「マスター、鬼畜でございますね……」
いつの間にか隣に現れたシルファが、ジト目で俺を見ていた。
ーーせ、精神攻撃は基本だ。別に、俺が個人的な趣味趣向で相手を煽ってる訳ではない。……断じて無い。
「ち、調子に乗るなよクソがッ!? たかだかゴーレムを1体倒したぐらいで。俺様の精鋭部隊の手にかかればテメエらなんてーー」
そこまで言った帝国魔導士は言葉を飲み込んだ。
彼の視界には、この場で立っている自分の味方が誰もいないことに、今気付いたのだろう。
「お、俺様の部下は……ど、どこに……?」
帝国魔導士は荒くなる呼吸を抑えながら、挙動不審に周囲を見渡す。
「彼らでしたら、お休みになられていますよ?」
シルファが眩しい笑顔で答えた。
「永遠に」
と言い添えて。
彼女の視界を辿った先にある無造作に積み上げられた黒フードの兵達の姿に、帝国魔導士は「ひぐっ」という異様な声を出した。
「何が……起きている……俺様の精鋭部隊……俺様は選ばれし帝国貴族……俺様は……俺様は……テ、テメエら、何をした!? なぜだ!? 俺様のゴーレムが! なぜ! なぜなぜなぜ!?」
帝国魔導士は金髪を掻き毟りながら、壊れたスピーカーの様に叫ぶ。
そしてがむしゃらに杖を振ってゴーレムを動かそうとした。
「なぜ? さぁなぜだろうね。言ってもどうせ分からないだろうけど、冥土の土産に教えてやろう」
俺は鞄の中から再び試験管を取り出す。
「これはシアノアクレリート。酢酸と硫黄を触媒に塩素処理して得られるクロロ酢酸を、ナトリウム塩とシアン化ナトリウムを反応させ酸で処理したシアノ酢酸をベースに、アルコールランプに使われているメタノールから酸化処理して作ったホルムアルデヒドを触媒にして、シアン化酢酸エステルとホルムアルデヒドの塩基性触媒の存在化でメチロール化反応させた樹脂性物質を減圧下で熱重合させて作った、要するに強力な瞬間接着剤だ」
「マスター……。それでは伝わり様もないかと」
「……別に伝えようと思ってないしな。この文明じゃ発見すらされてない未知の物質を説明するとか無理ゲー。魔法でイキってる奴に文明レベルの違いを分からせてやりたいが、原始人には人間の言葉が伝わらないのが嘆かわしいよ……」
俺はそう言って、ギチギチ片足を動かし立ち上がろうとしているゴーレム目掛けて、手にしていた試験管を投げ捨てる。
両手両足を封じられ、動けないならもはやそれはただの泥人形。
「な、何を言っている……。なんのつもりだ!」
「まぁ、要するに、ノリの超強力版というわけだ。中和剤のアセトンでコーティングでもしとけばこんな無様な敗北はしなかったのになぁ。まぁ他の手はいくらでもあるけど」
「ふ、ふざけるな! ノリ程度で俺様のゴーレムが止まるわけーー」
「お前、人類が生み出したエポキシ樹脂バカにしてんのか? シアノアクレリートの剪断強度は30N/m㎡。まともに浴びれば岩の剪断強度より上だ。無理して動かしても先に剥がれるのはゴーレムの方だぞ」
ーーま、この文明レベルでは当分存在しないものだし、理解できないのは無理はない。
「さてと。自分の敗北理由も知ったことだし、この世に未練はあるまい。先に殺しに来たのはそちらだ。文句はないだろ」
「ま、待て! た、たたた、助けてくれ! 頼む!」
帝国魔導士はどう足掻こうが勝ち目がないことを悟ったのか、抵抗することもなく杖を投げ捨て両手を上げた。
すると、ゴーレムが音を立てて崩れ去る。
ーーおわぁー! 折角鹵獲したのに!
ただの無数の岩となって転がる姿に、俺は失意した。
「これでもう何も出来ねぇだろ? 逆らう気はねぇ! 助けてくれ!」
必死に命乞いする帝国魔導士に、もはやどうでも良くなる。
「……その潔さには感心するよ。さっきまでの威勢はどこへやら……。プライドって知らないのか……」
「お、俺様は帝国貴族だ! こんなところで死ねん! 死んでいいはずがない!」
「いやいや、理由になってないからな。それに、殺しにきといて助けてくれだ? そんな都合のいい話があるか」
「ま、待ってくれ! こ、今回の襲撃を企てた黒幕を知ってる! なんでも喋る! だから頼む! 助けてくれ!!」
滑稽というに相応しいほど見苦しく、地面に膝をついて命乞いする帝国魔導士の態度に、俺の殺意も消え失せる。
その態度の裏にあるのは、醜悪なほどの自己保身であることも十分に伝わり、俺の方が虚しい気分だ。
ーーま、利用できるなら利用すべきかもしれないな……。
俺の満更でもない様子を見て、口角が僅かに緩んだ帝国魔導士はさらに続けて言った。
「お、俺様なら帝国も釈放金に白金貨1000枚は出す! 今回の件も犯行証人として王国で供述してやる! そうすれば、帝国の謀を白日の元に晒せるだろ!? なぁ! 悪りぃ条件じゃねぇーだろ!?」
「見事なまでの手の平返しでございますね」
シルファも感心した様子だった。
「……もうどうでもいいわ。後は当事者らに任せるとするか」
俺はすっかり放置していたミリア嬢に、帝国魔導士の処遇を託すことにした。
振り返って俺の目に映ったミリア達の表情は、まるで狐につままれたかの様な呆然とした様子で俺達を見ているのだった。
次話 『ミリア嬢の見た世界』
下の☆☆☆☆☆から作品への評価ができます。
感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。




