26. 帝国の襲撃者
王都を目指して2日。
ここまで何事もなく順調に来ていたが、そう都合よくは行かない様だ。
「当然ね。相手もアタシが王都に来るのが分かってるんだから……」
両側を切り立った崖に挟まれた峡谷で、黒フードを被った者たちが現れた。
数は前方に2人と後方に7人。俺たちを包囲する形で距離を詰める。
「ミリア・ラングフォード!」
いきなり襲撃に来るかと思ったが、相手の一人が声を張り上げた。
「俺様は、帝国魔導士序列八位のエドウィン・ローグ様だ。大人しく出てこい! そうすれば、手荒な真似はしねえ。ヒヒッ」
「「っ!?」」
その声に、ミリア嬢とエレナがビクッと反応した。
「な、なんで帝国魔導士序列一桁がこんなところに……」
ミリア嬢はいつもの気骨は消え失せ、怯えた表情で爪を噛んだ。
「なんだ? ナンバーズって」
「帝国軍での優れた魔法師に与えられる序列よ……。序列一桁なんて、控えめに言っても化け物揃だわ……」
「へぇ……」
俺とシルファにはその凄さが分からないが、ミリア嬢とエレナの表情から相当なものだというのは伝わった。
「……これは、降伏するしかなさそうね……」
ミリア嬢は湿っぽい視線を切って静かに言った。
「は?」
唐突な決断に俺は混乱する。
「おいおい、冗談はよせ。あと少しで王都なんだろ? なんでここで諦める必要がある」
「バカ言わないでよ! 相手はあの帝国魔導騎士よっ!? それを名乗った意味が分からないの!?」
「……いやすまん、分からんわ」
俺は一瞬考えても、やはり分からない。
ミリア嬢は呆れたように肩を落とした。
「アイツは自分で帝国の名を口にしたのよ!? これでもしアタシが王都に辿り着いてしまったら、襲撃に関して帝国は無関係だとシラを切れないわ」
「なるほど。つまり、相手は自分から妥協する選択肢を捨てたと」
「ええ、そうね……。だからアタシが要求を受け入れなければ、向こうも私達を口封じする以外ない……。そう示してるのよ。従わなければ徹底的に皆殺しだぞってね。自信満々に……」
「それはお断りだな」
「……ええ、そよね。……そうよね……」
ミリア嬢は「はぁ」と重たい息を吐いて、馬車を降りた。
俺もその後に続いて外に出る。
前方の襲撃者の一人は、他とは異なる格好をしていた。
黒フードを付けず顔を隠さない金髪の男は、キヒヒと不気味な笑みを浮かべながら俺たちを見ていた。
「やっと出てきやがったか。もうちょっとで馬車ごとぶっ潰してやろうと思ったぜ。ヒヒッ」
ーーアイツが帝国魔導士の序列八位か。大して強そうではないが、魔法師なら見た目は当てにならないか。
「テメーがミリア・ラングフォードか? 俺様と一緒に来い。なぁに、心配すんな。テメーからテメーのオヤジにちょっとお願いすればすぐ返してやるからよ。フヒヒッ」
帝国魔導士は歪んだ笑顔を浮かべてミリア嬢に言った。
「……つまり人質ってわけね」
「おいおい、人聞き悪りぃなぁ。ちょっと帝国へのデートに誘ってるだけだろぉ? 言うこと聞きゃ痛いことはしねぇよ。大人しく言うことを聞きゃぁな」
「詭弁ね。これは明確な内政干渉よ? 帝国が王国の内政に口を挟み、あまつさえ領主の娘を人質に取るなんて。王国と戦争する気?」
「キヒヒッ。王国の元老院は内政干渉だと言ってんのか? 俺様はちゃんと元老院から許可を得てテメエに会いに来てんだぜ? ほら、入国許可書だ」
「っ……」
男の言葉にミリア嬢は言葉を詰まらせる。
ーーなるほど。既に王国の他貴族はラングフォード家の一人勝ちを許さず、帝国の横槍を見て見ぬふりとはこういう意味か。他国の圧力を利用して、身内同士で足の引っ張り合いとは、いやはや権力争いとは嫌だねぇ……。
帝国魔導士は大国の余裕からか、肩で風を切ってミリアに近付く。
もしミリア嬢が帝国魔導士の言う通りにすれば、その後の展開は俺には分かっている。
1. ミリア嬢は、ラングフォード領主の人質にされる。表向きには、帝国への親善訪問とかにするのだろう。
2. 帝国はラングフォード領で行われている亜糖生産についての情報を吐かせたい。
しかし、ミリア嬢が人質となったところで、ラングフォード領主は情報を帝国には渡さない。なぜなら、ラングフォード領主も知らないからだ。
3. ゆえに、彼女に人質としての意味はなく、使い道があるとすれば領主に領での亜糖生産の禁止命令を出させるぐらいだろう。
ーーそれはつまり、俺が困る。
ーーよし。これは交戦理由としては成立するな。
俺は自分の中で納得する。
流石に俺も、私怨で人殺しをするほど腐ってはいない。
正当な理由と、力による解決しか見込まれない場合においては容赦はしないが……。
「なるべくことを荒立てずに連れて来いって言われててよぉ。俺様としては抵抗してくれても構わないんだけどなぁ。どうするよ。一緒に来る気になったかぁ? あぁん?」
「分かったわ……だから他の人にはーー」
「止まれ」
俺はミリア嬢に近付く帝国魔導士に向けてそう言った。
「警告する。俺も無駄な争いは好まない。大人しく消えるなら、危害を加えないと約束しよう」
「……んだとぉ?」
「ちょ、ちょっとアンタ!?」
ーーなぜお前が驚く!?
俺の言葉に、帝国魔導士ではなくミリア嬢の方が驚いた様子で俺に振り返った。
「何言ってんのよ!? どういうつもり!?」
「いや、どうもこうも、皆殺しはお断りだとさっき君も言ったろ……?」
ーー相手が帝国の名を出した以上、取れる選択肢はミリア嬢が大人しく人質となるか、徹底交戦かの二択しかない。
ーーならば、こちらとしても応戦するほかあるまい。当然の判断だ。こんな簡単なことのどこに不思議がる要素があるというのか……。
「だ、だからアタシが大人しくーー」
「フヒヒヒヒッ。何を言うかと思えば、おいメスガキ。まさか道化師を連れてるとは傑作だぜ、ヒハハハハッ!」
帝国魔導士は急に笑い出す。どこに笑う要素があったのかは分からないが、ケタケタと腹を抱えて笑い出した。
「面白いことをおっしゃりますね。冥界への片道切符がご入用でしょうか?」
艶やかな唇の端で笑みを浮かべるシルファだが、目が笑っていない。その表情は言葉に表せない恐怖を感じさせる。
「ほぉ? こいつぁー上玉だなぁ。よぉし、テメエも一緒についてこい」
帝国魔導士はシルファを指さして言った。
「待って! コイツらは関係ないわ! 偶然拾った野良よ。巻き込まないで!」
ーー野良って何……。俺達は野良犬とか野良猫かい。だが、ま、その気遣いは嫌いじゃないけど。
「ミリア嬢。俺は約束は守る男だからな。『君の安全は俺が保証する』そう言ったからには、履行するとしよう」
俺はそう言って彼女の前に立ち、歩み寄ってきた帝国魔導士と対面した。
「道化師の分際で俺様に楯突く気か? フヒヒヒヒッ。傑作だなぁ! 劣等血族の分際で、帝国貴族に逆らおうなど馬鹿めっ!」
「ははっ。魔法がちょっと使えるからとすぐ調子に乗る。身の程を弁えるのはお前の方だぞ? 原始人」
俺の煽り言葉に、帝国魔導士の額に血管が浮き出る。
ーー煽り耐性無さすぎだろ。ま、滅多に言われるモンでもないし当然か。
「これは三度目の警告だ。回れ右して帝国に帰れ。これが最終警告だ。そちらがその気なら、こちらも容赦はしない」
俺は淡々と言い捨てる。
明らかに敵と分かっているなら奇襲的に攻撃したいところだが、文明人としての最低限の体裁は守る。
「……舐めてんのか!? あぁん!? もう知らね。テメエら皆殺しな。できれば穏便にと言われてたが、もういいよなぁ! どうせ死人は何も言えねえしなぁ! キヒヒッ! 殺っちまえ! 女は生捕り男は皆殺しだ! ”凱岩撃”」
男がそう叫ぶと、細長い岩が現れ俺に目掛けて飛んでくる。
「”魔法障壁”!……なんちゃって」
俺は片手を差し出して言ってみた。
「は、はぁ!?」
帝国魔導士は、チリとなって消える岩を見て驚きの声を上げた。
「どうよ、俺の魔法障壁は」
「ざけんな! 魔法陣が展開されてねぇじゃねぇか! 何が魔法障壁だ。この道化師めがっ!」
ーーうーん、正論……。
「さて。先制攻撃をされたわけだ。戦端を開いたのはお前ら帝国だよな? ゆえに、これから俺が行うのは正当防衛。異論はあるまい」
「あぁん? なに言ってやがーー」
バシュゥゥゥ……
俺の手にしていた空気銃が、臨界気圧まで高められた圧力を一気に解放して銃口から煙が放たれる。
「ウゴッ!」
帝国魔導士の後ろにいた弓を手にしていた男の頭を撃ち抜いた。
ーーまず狙うは、物理攻撃系の遠距離職。弓は俺にとって脅威だからな。
「チッ! オメエら! ”魔法障壁”を展開しろ! こいつぁは”岩弾”を高速で放ってくるぞ!」
帝国魔導士はすぐさま的確な指示を飛ばす。
ーーチャラチャラしたアホみたいな割に、勘のいい奴め……。
空気銃の構造上、直線的な軌道しか描けない。物理的な壁を出現させる”魔法障壁”を展開されたら防がれてしまう。
ーーまぁ、やりようはいくらでもあるけど。
「どうした? もう魔力切れか? かかってこいよ。帝国魔導士くん?」
相手が剣や槍ではなく、魔法攻撃をしてくるなら俺は目を瞑ってても勝てる。
魔法戦になるように、俺は挑発した。
「チッ。面倒くせぇ、来い! ゴーレム!」
帝国魔導士が悪趣味な黄金の杖を天に向けて叫んだ。
直後に大地が揺れる。
ーーなんだ?
少し先にある崖の窪みから現れるその姿に、俺は驚嘆した。
いや、その場にいたミリア嬢を始め、エレナも護衛の数名も言葉を失って見つめていた。
岩を寄せ集め作られた巨人。背丈は人の3倍はあるだろう。
「シルファ! 見ろよ硅素生物だ」
地球上の生物は炭素ー炭素結合の有機生物だ。珪素を中心とするシグマ結合した無機生命体というのは、理論上存在しうる可能性はあるが、地球上では存在し得ない奇跡の生命体。
俺はその未知で新たな生命体に思わず興奮した。
「マスター、あれはただの岩を繋げて動かしてるだけですよ。生体反応がありません」
「なん……だと……」
俺の期待は一瞬にして裏切られ、膝をついて落胆する。
ーーくそがっ。新たな生命の可能性かと期待しちゃったじゃねーか……。
「フヒヒヒヒッ! 絶望のあまり跪くかっ! どうだ。俺様のゴーレムは! 矮小な存在を悉く踏み潰す圧倒的な力。命乞いしろ! そうすれば、楽に殺してやってもいい」
ニヤッと口を釣り上げながら、帝国魔導士は両手を広げて俺たちに勧告した。
「ぉ……ぁぁ……」
ズドン、ズドンと腹に響く足音を鳴らしながら近づいてくる巨体に、俺の後ろにいたミリア嬢は小さな声を漏らす。
剣を抜いて身構えていた護衛の数人も、剣先が垂れて放心状態の様にゴーレムを見つめる。
「おい、たかだか岩の塊に何をそんなに怯えている」
「っ!?」
俺の声で我に返ったミリア嬢は、俺の首元を掴んで引っ張った。
「魔法も剣も効かない巨腕のゴーレムに、こんな人数で勝てる訳ないでしょう!? 護衛はもういいわ。アンタ達は逃げなーー」
「逃すかよ! 包囲しろ!」
ミリア嬢の声を遮って、帝国魔導士は背後の仲間に指示を送る。
「っ……」
ミリア嬢は顔を歪ませる。今にも泣きそうなぐらいだ。それほどまでに、ゴーレムと言うのがこの世界の住人にとっては恐怖の対象なのだろう。
前方には帝国魔導士と巨大で頑丈そうなゴーレム。
後方には、黒フードの暗殺者が7人。
「役者不足だな。……さてと」
緊張感の高まったこの場所で、俺の抜けた声が響いた気がした。
「シルファ、雑魚は任せる」
「マイマスター。それでは全員になってしまいますが……」
「あー、うん。じゃあ、後ろは任せるということで」
「承りました。あの程度の人数であれば、翼を展開するまでもありません」
「護衛の皆さんは、ミリア嬢と彼女を頼みますね」
ポカンと口を半開き状態の騎士たちは捨て置き、俺は迫ってくるゴーレムを迎え撃つ準備をする。
「ちょ、ちょっとアンタ……。何をする気なのよ!?」
服の裾を引っ張って止めようとするミリア嬢に、俺は笑って答えた。
「何って、見てれば分かるさ。折角のゴーレムだ。シルファに任せて砕くのは勿体無い」
「く、砕くなんてーー」
「勿体無いよな。だからな、鹵獲しようと思う」
「……へ?」
ミリア嬢は間抜けな声を出した。
俺は彼女の緩んだ手を振り払うと、一直線にゴーレム目掛けて飛び込んで行くのだった。
次話 『』
下の☆☆☆☆☆から作品への評価ができます。
感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。




