22. 21世紀の錬金術による料理チート
天空城攻略から早2ヶ月。
クレオスが久しぶりに家にやって来た。
「ヤト君、例のものを鍛冶屋から受け取って来たよ」
「おぉ、クレオスか。久しぶり。それはその辺に置いておいてくれ」
「こんな鉄の棒を何に使うんだい? 以前に言ってたライフルと言うものかい?」
クレオスは持ってきた鉄パイプをマジマジと見つめながら言った。
「いや、銃を作っても火薬の入手が厳しいからな。それは別用途」
「そうかい」
クレオスは手にしていた鉄パイプを空いている場所に置く。
「今日はフロイラインの姿が見えないようだね」
「エレナのことか? 彼女には別件を頼んでて今日は出ているよ。塩化硫黄作るのに素材がなかなか集まらなくてね」
「エンカ……? そ、そうかい。よろしく伝えてくれよ。それにしても、ちょっと見ないうちにまたえらいとこになってるねぇ……」
約1ヶ月ぶりのクレオスは、俺の仕事部屋を眺めてそう言った。
「そうか? 必要なものを必要なところに置いた結果なんだが……」
ーーまぁ、一般的に見れば散らかっている様な気もしないでもない……。理系男子の研究室にしては、綺麗な方だと思うが……。
と、意識低い系の自己解釈をする。
「マスター、用意が整いました」
リビングからシルファの声が聞こえて、俺たちは部屋を後にした。
「それで? 今日、ボクを呼んだ理由はなんだったのかな?」
「前に言ったろ。21世紀の錬金術を見せてやるって」
「そうだね。確か天才的な資金調達方法だとかなんとか」
「今日がその完成パーティーだ。というか、試食会的な?」
リビングに足を運び、テーブルの上に並ぶ皿を指差す。
「これが……その錬金術の成果かい? ただのパンやケーキに見えるけど」
テーブルの上は、小さなパン屋の様だ。
だが、重要なのはそこではない。
「これはキミが作ったのかい?」
クレオスの質問に俺はフッと笑った。
「隣に一流のシェフがいるのに、三流の俺がやる意味はないでしょ」
俺はそう言って、席に着いた。
…………
…………
…………
「これは……なんというフワフワとした食感。それに刺激的な甘さ……。簡素ながらももう一口と手を突き動かす衝動を誘発させる魅惑の味……。こんな美味しいケーキは宮廷でも滅多に食べられないよ」
クレオスはシフォンケーキを一口食べてそう漏らした。
「だ、そうだ。流石シルファ。グッジョブ」
「お褒めいただき光栄でございます」
「念のために聞くが、舌に違和感とか、甘みがしないとかないよな?」
俺の質問の意図がわからない様子で、クレオスは不思議そうな表情を見せた。
俺には残念ながら、人の胃袋を鷲掴みに出来るほどの料理スキルはない。
ゆえに、料理チートなんてものは出来ない。
だが、料理は科学。
ならば、”美味しい”は科学的に作れる。
人類科学は味覚をもハックできるのだ。
「これは、超古代文明の化学……錬金術によって生み出された魔法の粉だ」
俺は棚から二つの小瓶を取り出して、机に置いた。
「魔法の粉?」
「こっちはついでに作ったベーキングパウダー。共通語で言うなら、『膨らませ粉』と言ったところか」
「膨らませ粉?」
この文明で嘆かわしいのは、パンが硬いということだ。
「元々はこれを作る予定はなかったんだけど、ライスがない以上パンを食べるしかなくてね。かと言って、毎日硬いパンを食べるのも限界で、苦労して作ったのがこれだ」
瓶を受け取ったクレオスは、蓋を開けて匂いを嗅いでいる。
「中身は炭酸水素ナトリウムとクエン酸。あとは添加剤にデンプンと酒石酸水素カリウムを適宜入れていい感じに調整してある」
「中身は……なんだって?」
「んー。ざっくり言うと、重曹とレモンから取れる成分で作った粉だ。パンやケーキに混ぜて加熱すると、加熱分解されて水と反応し、二酸化炭素と水蒸気で生地を膨張させる。結果として、このパンやシフォンケーキの様な柔らかい食感に出来上がる魔法の粉」
「なんと……! パンに植物灰を混ぜて焼くと、柔らかくなるとは聞くけど」
「へぇ。なるほど。確かに、灰の炭酸カリウムが膨張剤として機能するのか……」
ーーとは言え、灰入りのパンは食べたくはない。味も美味しくはないだろう。
ベーキングパウダー。
19世紀に誕生した魔法の粉。その効果は、世界の食事事情を一変させるほどの力を持っていた。
それまでの固いパンは、食卓からほとんど姿を消す程に。
「画期的だ……。凄いよ! 一日三食。ほぼ毎日食べるパンが美味しくなるなら、誰もが欲しがる魔法の粉だよ!」
「だろ? ……まぁ、俺の発明ではないがな……」
偉大なる先人に感謝である。
「これは売れるよ、絶対に。一度この柔らかな食感を知ってしまったら忘れられないだろうね」
クレオスはパンを触りながら言う。
「そうか。なかなかの高評価をありがとう」
「でも、こんなに画期的だと他も真似されそうだね。重曹も炭酸塩鉱物から手に入るし、レモンも市場に出回ってるよ?」
「レモンがあっても必要なのはクエン酸だからな。真似は出来んだろ」
「クエンさん?」
「そ。レモン汁からクエン酸の抽出には、炭酸ナトリウム液を加え、カルボン酸部分にナトリウムを付け、さらに塩化カルシウムを加えてナトリウムをカルシウムに置き換える。その後に、希硫酸でクエン酸カルシウムを生成させ、硫酸カルシウムにしてカルシウムを取り除くことでクエン酸単体を取り出す必要がある訳だが」
「あっ……。真似される心配はなさそうだね……。理解できないということを理解したよ」
クレオスはそう言って苦笑した。
原子論もないこの世界で、適当にやって偶然完成するはずもない。
「いいアイディアだね。旧文明の錬金術か……。とても興味深いよ」
クレオスはそこまで言って口元を曲げる。
「でも、ケーキは正直どうかと思うよ?」
「なぜだ?」
「だってね。砂糖菓子は貴族や金持ちぐらいしか買い手がいないからね。そして彼らは大抵調理師を召し抱えているものさ」
「なるほどな。確かに、貴族相手だけに商売をするのは市場が狭そうだ。だけど、俺はこれを手頃な価格で一般市民を相手に売るつもりだぞ?」
「な、何を言ってるんだい!? これだけの甘さ、砂糖をふんだんに使っているのだろう? 原料費だけでも数万Gはするケーキなんて、金持ちでもなければ買えないよ?」
クレオスは、机に置かれたシフォンケーキを見ながら言った。
「こっちのベーキングパウダーってのだけでも、十分な成果だと思うのだけど」
「ふっ。言ったろ? そっちは「ついでに作った」って。こっちが本命だよ」
俺はそう言ってもう一つの瓶を前に出す。
ゴクリッ、とクレオスの喉が鳴った。
「クレオス。俺と以前喫茶店でパンケーキを食べたの覚えてるだろ?」
「んん? ああ、初めてあったあの日のことかい? 今でも鮮明に覚えているよ。衝撃が大きすぎたからね」
「俺はあの時、大して美味しくない蜂蜜ケーキを食べさせられたと思ったが、あれがこの社会では標準だと後で思い知ったよ。砂糖は法外な値がついているんだな……」
砂糖の甘味に毒された現代人は、あの白い悪魔的な粉の中毒性には逆らえない。
ーー俺は、スナック菓子やチョコレートが食べたい……!!
「だから、俺は作ることにした」
「何をだい?」
「砂糖をだよ」
「!?!?」
クレオスは予想以上に驚いた様子を見せた。
「王国では砂糖の原料を作るのには条件が悪すぎるってキミも言ってたじゃないか……!? だから香辛料以上に高価になってるんだよ? 砂糖を作るなんて……」
砂糖が原始的な製法でしか作られていない文明社会で、砂糖を作ろうとした場合にどうするか。
テンサイからの抽出? デンプンからグルコースの切断して化学生成? 近代的な脱塩工程を得ての精製糖の生産?
いいや。もっと愉快で簡単な方法を、21世紀を生きる人類は知っている。
それが、科学文明に生きた我々人類の叡智のなせる技だ。
「これは人工甘味料。共通語で言うなら、『人の手で作り出された亜糖』とでも言うものかな?」
小瓶をクレオスの方に押し出す。
「さ、砂糖を人の手で作る!? どうゆうことだい?」
クレオスは思わずといった様子で立ち上がった。
香辛料以上の価値がつく砂糖は、富裕層の嗜好品ぐらいの認識しかない。
文字通り、金貨に等しい価値がある。
それが作れるというのならば、金貨を作れると同義だろう。
「シルファの亜原子粒子擬似投影装置とやらで偽造貨幣を作るのはまずいとは思うが、擬似砂糖なら誰も文句は言わないだろ」
「……確かにそうだね……。砂糖の原料が生産できない地でも、砂糖を作れるというのならその利益は図りし得ない……。しかしどうやって……」
「厳密には砂糖とは別だが。これは、アセスルファムカリウム。人工甘味料には様々あるが、この社会で手に入る素材から作れるものは限られる上、そもそも構成式や示性式を知らないマイナーなやつは俺が作れん」
「しき……?」
「むぅ……。難しいな……。まぁなんだ、完成図的な? とにかく、これがここ2ヶ月の苦労の結晶だよ。正確にはオキサチアジノンジオキシドの結晶だが」
クレオスは瓶を手にマジマジと見る。
「これを……どうやって……?」
「素材は酢を蒸留して作った酢酸を熱分解して得られるジケテンと、トイレで結晶化した尿素と黄鉄鉱を焙焼して得た硫酸を混ぜて得られるスルファミン酸に、発煙硫酸を反応させればアセスルファム環ができる。あとは塩水を電気分解して得た水酸化カリウムで中和させて結晶化させたものだ」
「ま、待ってくれ。やっぱり何を言ってるかさっぱり分からないよ……」
「まぁ、複雑な化学反応やmol計算なんて知らなくても、材料と道具を揃えて決まった手順でやれば誰でも出来るよ。魔法じゃないからな」
俺はそう笑いながら、やり方を事細かに書いた冊子をクレオスに渡した。
「作り方はともかく、これの最大の利点は……」
「利点?」
「ああ。通常の砂糖の200倍甘い」
「に、200倍!?」
ーー実にいい反応だ。
俺はクレオスの反応に満足して頷く。
「200倍甘いから使用するのは少量でいいし、素材は身近に手に入る。何より生産サイクルが早いからどこでも大量生産が可能だ。販売すれば現行の砂糖の500分の1以下の価格で売り出せる」
「……こんなものを……人がつくれるものなのか……」
クレオスは乾いた声で体を小刻みに揺らながら言った。
彼は、人工甘味料がこの社会にとってどれほど画期的なものかを察した様だった。
「まぁ、俺たちの世界じゃもっと洗練された人工甘味料があったからな。スクラロースは砂糖の600倍は甘いし、ネオテームなら8000倍とか。甘味のインフレ率がサービス終了前のソシャゲレベルだよなぁ。まぁこの文明レベルじゃ当分作れんだろうけど」
「き、君たち超古代文明人は、皆こんなものを生み出せるのかい?」
「化学には規則性があってな。ある程度の規則性を知ってる人なら、完成形の構造式を知ってれば製造レシピを知らなくても割りかしなんとかなるもんだよ。まぁ、結構試行錯誤したけどね」
元素周期表をはじめ、分子式や構成式。
これだけ知ってるだけでも、この世界では賢者の知識を上回るだろう。
本来であれば試行錯誤の末に偶然発見したような奇跡の物質を、完成形から逆算して作れるのは人類化学の賜物である。
例えるなら、複雑な計算を途中式を経て答えを導くところ、答えを知ってる状態で途中式を組み立てる様なものだ。
「クレオス様。マスターを標準的な旧人類だと認識するのは危険です。常識的に考えましてーー」
黙っていたシルファが珍しく口を挟んだ。
「おい待てシルファ。俺は至って常識人だぞ。この社会では異端かもしれんが、俺のいた社会では異端ではない」
ーー俺のいた社会でも異端だったら、もう俺の居場所ないことになるじゃん!? それは認められない。
「私の基礎人格に記憶されてる一般的な人間像とはかけ離れていますよ?」
「そーれはきっとあれだな、21世紀と22世紀の常識の差ってやつだ。ジェネレーションギャップだな、うん」
シルファは何かを言おうとしたのか一瞬口を開いたが、俺の言い分を認めたようですぐに噤むのだった。
「まぁともかく、人工甘味料が現生人類の舌の受容体でも問題なく感知できると知れた」
「んん? どういうことだい?」
クレオスは俺の発言に何かを察したのか、片メガネを掛け直しながら聞いた。
「いや、ほら。旧人類には無害で有用なアセスルファムカリウムだが、現生人類に同じく作用するかは確かめないといけないし。俺たちと同じ舌の味蕾構造を持っていなければ、本来の糖とは異なる物質だから感知できない可能性も微レ存ーー」
「ボクを毒味役にしたのかい!?」
「人聞き悪いなぁ。試食会だって」
ーー被験体にしたのは事実ではある。
「まぁ、もしなんかあっても治癒魔法で怪我も病気も治るわけだし。そう気にするなよ」
「……それをキミから言われると釈然としない思いがあるんだけど……。今回限りにしてくれよ? ボクはまだ尊い犠牲にはなりたくはないのだから」
クレオスはそう言いながらも、残ったケーキを口に放り込むのだった。
次話 『巻き込まれた戦闘』
下の☆☆☆☆☆から作品への評価ができます。
感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。




