21. 動き出す帝国
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「むむぅ……」
帝国の帝城にある執務官室で、イスカリオ執政官は頭を悩ませていた。
「どうしたものか……」
皇帝からの勅命を受け、超古代文明人を帝城に連れ戻す任を与えられていたイスカリオだったが、夜斗の手がかりをつかんだ今、その報告をするか迷っていた。
「近衛兵が暴走し、国外追放宣告者を勝手に処刑していたのは想定外だ……。それに、あの超古代文明人が王国で世界初の飛行具を作っていたとは……」
難問を考え込むように額に手を付け目を閉じる。
(カラクリ時計に飛行具……。やはりあの超古代文明人は危険だ。我々に脅威になるものを生み出す可能性もある。いっそ死んだと陛下に報告し、裏で始末するか……?)
そこまで考えてイスカリオは首を振る。
(いいや、今の私は帝国の執政官だ。皇帝陛下の命令に背くことは得策ではないな……)
「はぁ……」
イスカリオは深いため息を吐く。
ゴーン
ゴーン
ゴーン
教会の鐘の音が響く。
イスカリオは気を張り詰め直し、机の上の資料を持って部屋から出ていくのだった。
〜〜〜
イスカリオ執政官の姿は、皇帝の執務室へと現れる。
(おや、ガルグ執政官殿がおられるようだ)
部屋の中では、もう一人の執政官であるガルグ・バルドが皇帝と話し合っていた。
獣人族の血が混じるガルグ執政官は、筋骨隆々で顔にも毛深く髭を生やすまさに野獣。
「イスカリオ・アーノルドです。定期報告に参上いたしました」
「うむ。しばしそこで待て」
「はっ」
皇帝はガルグ執政官と険しい顔をして話し込んでいた。
「ーーでは、よろしいのですかい?」
「うむ。貴様の計画通り、影の者を動かすことを許可する。ナンバーズも使え」
「ナンバーズですかい!? ……承知。では、手の空いてる第八階位をお借りいたしますぜ」
「王国の元老院にはどうする気だ?」
「元老院議員には既に裏で賄賂と圧力で身動きを封じておりますゆえ、あとは現場を処理すれば元通りですな」
「ふっ。相変わらず手際が良い。しくじるなよ」
「御意」
二人の話は終わり、ガルグ執政官は執務室を後にする。
(”影の者”を動かすという話が聞こえた。また他国で要人を暗殺か。ガルグ殿のやり口はいささか強引がすぎるな)
イスカリオは同じ執政官とはいえ、ガルグ執政官のやり方が苛烈なのは知っている。
(いやはや、力で捩じ伏せるのは最終手段にして欲しいものだ。下手に戦争にでもなればこちらの計画に支障が出てしまう)
そんなことを内心思いながら、イスカリオは皇帝に定期報告を始めた。
…………
…………
…………
「報告は以上になります」
「うむ、ご苦労」
「陛下。それからもう一件、お伝えしたいことがございます」
「ほぉ、申せ」
クレオスは、王国で超古代文明人の手がかりを掴んだことのみを伝える。
「おぉ。やっとか。すぐに捕らえて引きずってでも余の前に連れて来い」
「はい。既に街の特定は終わっておりますので、王国に潜入している密偵に指示すれば、すぐに拘束できるかと」
「うむ。期待しておるぞ、イスカリオ」
上機嫌となった皇帝の態度を見て、イスカリオは言葉を重ねる。
「その超古代文明人。報告によりますと、空飛ぶ魔道具を作ったとーー」
「なに!?」
皇帝の驚愕した声が部屋に響く。
「それは誠か!?」
「は、はい。真偽は不明ですが、彼の者と何やらしていた工房の職人を尋問したところ、空を飛ぶ道具で天空城に上陸したとーー」
「帝国技術院が数百年かけても未だなし得ない飛行魔道具を、僅か数ヶ月で作ったと言うのかっ!?」
「……陛下。彼の者は、超古代文明人でございます……。我々の常識は通用しないかも知れません。彼の者にとってそれらのことは、我々が考える以上に容易だと知っていたのかもーー」
「あの劣等種めっ!」
バギッ!
皇帝の手にしていた羽ペンが音を立てて砕ける。
「余を騙しておったのかっ! 空を飛ぶ道具を作れて隠しておったのかっ!? どこまで愚弄する劣等種が!!!」
(やはりこうなるか……)
覚悟はしていたが、怒りを露わにする皇帝の姿にイスカリオは目を逸らした。
「しかし陛下……。これは好機です。我が帝国がその超古代文明人を手中に収めれば、空を制したも同然。一度国外に追放したからこそ得られた情報でございます」
「むぅ?」
「帝城の地下で飼い殺しにしていては得られなかった飛行具です。陛下の国外追放宣言による賜物でしょう」
「そ、そうだな。うむ、そうだ。余の判断によって彼奴が飛行具を作れると知った。これは余の采配によるものだな」
「はい。おっしゃる通りです」
機嫌が良くなった皇帝を見て、イスカリオは胸を撫で下ろす。
だが、まだイスカリオは安堵できない。
「陛下。それから最後にご報告すべきことがございます……」
緊張した声で皇帝を仰ぎ見る。
「うむ」
「ここ数年。陛下が国外追放を命じた者の多くは、近衛兵の独断によって処刑されておりました……」
皇帝直属部隊である近衛兵団がやらかしたことに、イスカリオにはなんの責任問題もない。
だが、それでもイスカリオは頭を下げる。
それが彼の処世術だからだ。
しかしーー。
「ふむ、それがどうした」
(え……?)
イスカリオは皇帝が怒鳴りもしないことに違和感を覚える。
「……まさか、ご存知だったのですか?」
「当然であろう。近衛兵団は余の直轄部隊。知らぬとでも思うたか?」
「し、しかし……」
「あぁ。貴様には言うておらんかったな」
皇帝はイスカリオには背を向け、窓の外を見ながら語った。
「政治犯の処刑は、余の独断では行えぬ」
「……帝国法規24条……。明確な犯罪を犯していない爵位を持つ貴族を処刑する場合には、貴族院での採決を取る必要がある……ですか。ま、まさか……」
「うむ。貴族を処刑するのに、いちいち貴族院で審議をかけるなど馬鹿げておる。だが、24条がなければ貴族諸侯連中もうるさい。だからだ」
「つ、つまり、皇帝陛下の権限内にある国外追放宣告を、事実上の処刑として近衛兵団に処分させていたと……。まさか近衛兵団を統括するエルメス家も……」
「知れたこと」
振り返った皇帝の口元が、大きく歪んで笑みが浮かばせる。
イスカリオはゴクリと息を飲む。
(この広大な国土をまとめるためには、反乱分子を処分するために清く正しく正攻法だけで出来るはずもない……。そういうことですか……。ですが、これはいいことを聞いた……)
「しかしまぁ、処刑すべき相手の時には内密に伝えておったが、誰彼構わず処刑しているとは初耳だな。追放宣言した者を帝国民とは思わんが、近衛兵にはもう少し自重するように伝えておくか」
皇帝は、そんなことを言いながら笑うのだった。
「ふむ、しかしなぜにその劣等種は近衛兵に殺されずに済んだのか?」
「は、はい。護送した近衛兵二人の安否が不明となっているため、恐らくは彼の者に……」
「ふはは。そうかそうか」
イスカリオは、皇帝が怒りもせずに笑ったことに不気味さを拭えない。
「ならば、帝国兵殺害で終身刑とし、一生飼い殺してやろう。これで教会も貴族院も文句は言えまい。密かに監禁する手間も無くなり好都合だ」
皇帝はイスカリオにすぐに身柄を拘束し帝城に持ってくるように伝えると、椅子に体を重ねて高らかに笑うのだった。
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次話 『21世紀の錬金術による料理チート』
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感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。




