20. 科学布教活動
天空城攻略の翌日。
俺はミトレス商業都市の外縁部にある一軒家を借りた。
「……エレナ……本気か?」
俺は家の門を通るエレナの背中に声を掛ける。
「はいっ! 迷惑……ですか?」
「いや、そういうわけではないが……」
宿屋で色々薬品系をいじるのは問題がある。
それゆえに、俺は住宅街から外れた家を探して借りた。
そこまではいい。
だが、エレナも一緒に住むと言い出すのは完全な想定外である。
「その、俺が言うのはなんだが、男の家に住み着くのはなぁ……」
「そ、それを言うならシルファエルさんだって」
エレナはそう言って後ろに立つシルファの方を向く。
「……いやいや、シルファは別だろ。天使だぞ」
そもそも彼女がいなければ、俺は面倒な自炊や毎日外食を強いられる。一家に一台欲しいまである。
「……ヤトさんとシルファさんが迷惑だというなら無理にとは言いませんが……。わ、私はヤトさんに雇われているので、ヤトさんの傍から離れない方がいいと思いますっ! ……ダメ……ですか?」
小動物の様な表情で俺の顔色を窺うエレナに、俺としては拒む理由はない。……倫理的な問題に目を瞑れば。
「確かになぁ。資材調達や資金関係はエレナに任せっきりだし、俺もシルファもこの文明に疎い。エレナがいつでも近くにいてくれるのは正直ありがたいことではある」
「で、では!」
ーーだが、住み込み労働というのは心休まる暇がなくて大変だろう。しかも、雇い主が常識知らずの超古代文明人ときたら……。
俺が悩んでいると、エレナは不安な顔色を浮かべた。
「……クレオスさんにシルファさん……。ヤトさんの周りにはどんどん凄い人が集まって来ます……」
「んん?」
「私では力不足なのは分かってます……。でも……。なんでもやります。もっと頑張ります。だから……」
エレナは両手をぎゅっと握り締めながら俺に近付く。
「いやいや、既に君に助けられてるよ。力不足なんてことはない」
「……ヤトさんは優しいですね……」
彼女はそう言って儚く微笑んだ。
「優しい? それは過大評価だな」
俺はエレナを正当に評価をしているだけだ。
実際問題、俺は彼女から多くのことを教わっているし、気球制作でも予算管理や資材調達、開発スケジュールなど彼女に任せっきりだ。
彼女が雑務をこなしてくれるからこそ、俺は目の前の課題に集中できる。
「優しいですよ。欠陥品だと帝国に捨てられた私に手を差し伸べてくれました」
「それは、帝国の物差しが腐ってるからだろ」
「私を必要と言ってくれます」
「実際必要だからな」
ーーむしろ、いなくなると超絶困るのが俺の方だったりする。
エレナは「ふふっ」小さく笑って、
「やっぱり優しいですよ……」
そう言って視線を切った。
「……もし、もし私が足手まといで私が我儘を言ってるだけならーー」
「エレナ」
俺はエレナの沈んだ声を制して、彼女の名を呼ぶ。
「今日は大掃除だ。手伝ってくれよ?」
「は、はい!」
エレナの元気のいい返事を聞き、俺は会話は終わりとばかりに玄関の扉を開けて新たな家の中へと入ってくのだった。
〜〜〜
引っ越しも終わり、新しい住居での生活に慣れたある日。
俺は家の一室を魔改造して作られたラボで化学合成に励んでいた。
夕食は3人でリビングの机を囲う。
「最近ヤトさんは、部屋にこもって何をしてるんですか?」
「錬金術だよ、錬金術」
“化学”という概念を伝える言葉がないため、俺は類似する錬金術だと答える。
そんな俺の答えに、エレナは首を傾げる。
「ヤトさんは魔法が使えないのに錬金術ができるんですか?」
◇◇◇
この文明での錬金術は、科学文明における化学とは明らかに違う。
錬金術師は、”回復薬”や魔力回復薬”などの薬品の調合や生産が主な仕事とされている。
秘匿性が高い錬金術の内情は詳しくはないが、魔法的技術が必要らしい。
◇◇◇
「俺がやってるのは錬金術とはいえ、魔法的要素には頼らんよ。ま、魔法に見えるが限りなく魔法に近い科学といったところだな」
「魔法に限りなく近い……?」
俺は、リビングの棚にあった片栗粉の袋が目に入る。
「ちょうどいい。ちょっとしたおもしろ実験でもしようか」
俺は科学の布教活動でもしようかと、エレナに笑いかけるのだった。
…………
…………
…………
この世界での魔法と科学の線引きは難しい。
あえて言うなら、原理が分かるものは科学。その他は魔法。そんな曖昧とした線引きしか出来ない。
もしも魔法が科学的に分析され、原理が解明されれば、それはもはや魔法とは言えないのかもしれない。
「これは非ニュートン流体の一種でね」
俺は容器にコーンスターチと水を入れた濁白の液体を見せる。
「この流体に力を加えると、液体なのに粘性が上がる。まぁつまり、力をかければかけるほど固体っぽくなるっていう不思議現象が起こる」
俺は白濁液を手で鷲掴みにし、ギュッと握った流体は固形物のように固まった。
「ダイラタンシー現象っていうんだが、この原理を利用すれば水の上を走れたりする面白い性質だ」
「み、水の上をですか? 魔法みたいですね」
「ああ。魔法みたいだろ? でも魔法ではない」
エレナも容器に手を入れてダイラタント流体を触る。そして泥遊びをする子どものように興味深そうにいじった。
「原理は粒子の間隔が圧力が加わることで密集し、固体のように振る舞うからなんだが。……知らなければ、ダイラタンシー現象も魔法の様な流体に見える」
「面白いですね!」
ーー魔法というのも、原理が分かれば存外なんということのない物理現象の一種なのかもしれない。
俺はそんな感想を抱くのだった。
「ヤトさん、ヤトさん」
「ん?」
「以前、水は温めると体積が増えるって教わりましたが、この流体はどうなるんですか?」
「ふむ……。それは俺も知らんな」
「ヤトさんも知らないことがあるんですね!?」
「いやいや、俺が知ってることなんてほんの僅かだよ。世界は広く、そして深い」
エレナの中での俺は、全知全能として認識されているのだろうかと不安が募る。
「新しい疑問は新しい発見に繋がる。エレナはなかなかにこちら側の住人としての素質がありそうだ」
「ほ、本当ですか?」
「ああ」
エレナは俺の言葉に嬉しそうに喜ぶ。
ーーおぉ、なかなかに脈ありそうな反応だな。エレナも魔法なんて捨ててダークサイド……じゃなかった。科学サイドに染めれそうだぜ。ぐへへへ。
「じゃあ、折角の疑問だ。早速実験しようぜ。シルファー!」
「なんでございましょうか」
リビングに現れたシルファに、机のダイラタント流体の加熱を頼む。
…
「かしこまりました。仮想熱電振動波ーー起動」
シルファが前に差し出した手から、幾何学的な光の図形が規則的に変形する。
「相変わらずすげぇなぁ。どう言う仕組みなんだよ……」
俺がぽつりと呟いた言葉に、シルファは返す。
「これでございますか? 電磁波による誘電加熱ですが」
ーー人間電子レンジかよ……。いや、天使レンジか……。なんか語呂いいな。
そんなことを考えていると、容器からピキッとした嫌な音がした。
「シルファ、ストッpーー」
パリンッ!
バシャッ!!
「おわっ!」
「あっ!」
「マスター!?」
原始的な不純物の混ざったガラス容器では、誘電加熱には耐えられなかったようだ。
中身があちこちに飛び散る。
ーーやっちまったなぁ……。これは片付けが大変だ……。
「二人とも大丈夫か?」
机の近くにいたエレナは、もろに中身を浴びてしまった様だ。
「は、はいぃ。びっくりしましたぁ。ビシャビシャです」
そう言って振り返る彼女を見た俺は、無意識的に生唾を飲んだ。
ーー白濁した粘性の液体を被った少女というのは、どうしてこう……。エロチッk……
「……マスター。……卑猥です」
「ま、待て」
俺のうわずった声が響いた。
「こ、これは不可抗力だろ!? 俺のせいではないし、俺は別に何も言ってないだろ!?」
「ですが、今の間は完全にエレナ様の姿に興奮され凝視していまーー」
「いや違う違う。今のはアレだ、ちょっと電波状況が悪くてラグっただけだから。凝視してたわけじゃない」
「な、なんの話ですかぁ? うぅ……ベトベトです……」
エレナは顔についたダイラタント流体を拭う。
「……き、気にするな。早く顔を洗ってきな」
「はい……。いってきます」
俺は彼女がリビングを出て行く姿を見送る。
目を閉じれば、彼女のエロチックな姿が刻まれていた。
「……マスター……。私も防がず被った方がよろしかったでしょうか」
シルファがジト目で俺を横目で見ながら抑揚のない声で言う。
「……追い討ちやめてくれ……」
俺はなんだか理不尽な罪悪感にかられながら、布巾を手に後片付けに臨むのだった。
次話 『動き出す帝国』
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感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。




