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02. 魔法が使えない人間の戦い方

「おらぁ、さっさと死ね」


 近衛兵は、俺たちを崖下に落とそうと槍を向けて距離を詰める。


 あと数歩の距離まで近付いた瞬間、俺は振り向きざまにポケットに入った金属容器を取り出し、蓋を開けて中の液体を兵士に向けて浴びせた。


「っ!?」



 ーー通常の反応速度なら、この距離では避けきれないだろ!


 咄嗟に身をひるがえした兵士だが、放射状に飛散した液体はピシャリと軽い小気味いい音と共に付着する。


「チッ。クソがっ!」


 予期せぬ嫌がらせを受けたといった感じで、兵士は敵意を露にした。


「”身体強化ブースト”! 切り刻んでやる」



 三大基礎戦闘魔法の一つ、”身体強化ブースト”。

 これを使われただけで、通常の身体能力を優に上回り、どう足掻こうが俺に勝ち目はないだろう。



 ーーだが。


「がはっ!? うッぐぐッ!」

「!?!?」

 急に槍を落としてうずき出す姿に、後ろで退屈そうに腕を組んでいた兵士も目を見開いた。


「あがががっ! ぐわぁあああああ!」

 兵士は腕を押さえて悶え苦しむ。


「な、何をしたっ!?」


 後ろで見ていた兵士も咄嗟に抜剣する。

 だが、あまりに絶叫し悶絶する仲間の様子に警戒心を高めて俺を睨んだ。


「身体検査はすべきだったな。俺がなんの自衛手段も持たずにいるとでも?」


 俺は手にした空の容器は捨て、上着の内側に仕込んである3本の試験管を指に挟んだ。


「ぬかせっ! ”身体強化ブースト”!”魔法防殻プロテクト”!」


 三大基礎戦闘魔法の二つ目、”魔法防殻プロテクト”。

 魔法攻撃を緩和する膜を体に纏う効果があるらしい。


 ーーだが、残念。魔法攻撃ではないからそれでは防げない。


 俺の手から放たれた3本の試験管が、向かってくる兵士に一直線で飛ぶ。


「無駄だ! ”魔法障壁シールド”!」


 直撃コースの試験管が、兵士の前に現れた魔法陣に当たり、パリンっと小気味よい音を奏で割れ落ちた。


「ナニー! ソンナ、馬鹿ナー!」

 俺の抑揚のない声が辺りに響く。


「ははははっ! 残念だったな。これが貴様ら弱者と我々強者の絶対的な差だ。弱者は弱者らしく大人しく惨めに死ね。くははははっ!」

 俺の表情を見て勝利を確信し、兵士は高らかに笑う。



「弱者……? それはもしかして、俺のことを言っているのか?」

 愉悦に浸る笑いに水を差して、俺は尋ねた。


「はあ? 当たり前だ。劣等種族が、図に乗るなよ?」


 近衛兵は心底見下した様な口調で俺を罵倒した。


「ははっ。所詮その程度の認識だから足をすくわれる」


 俺はとことん煽りを込めて嘲笑う。


「んだと!?」


「さっきの液体、知らない様だから教えてやろう。黄鉄鉱から作った硫酸を、蛍石にかけることで生じるフッ化水素を水に溶かしたフッ化水素酸。最低致死量は僅か1.5g。一滴でも金属プレートや衣服を透過し、皮膚を侵食して骨に届く脅威の浸透性を持つ激毒だ。骨のリン酸カルシウムと結合してフッ化カルシウムを生成し、骨を溶かし神経を切り刻み激痛を与え続ける」


「……なにを訳のわからないことを。当たらなければどうということはーー」


「あー。そうそう、フッ化水素酸はガラス瓶も溶かすんだよ。だから最初の容器はプラチナ容器。さっきお前に投げたのはガラス瓶だったろ? 中身はなーんだ?」


「っ!?」

 兵士は視線を僅かに落として、自分の目の前に散らばるガラス瓶から漏れ出た液体に危機感を持ったのか、咄嗟にその場を飛びのこうとする。


 だがそれよりも先に、静かに手にしていた最後の試験管を投げつけた。


「シ、”魔法障壁シールド”」


「もう遅い」


 俺の投げた瓶は、兵士の足元の地面に激しく当たって火花が散った。その瞬間ーー


 ドガーーーーンッ!


 耳を貫く轟音が辺りに響いて空気を揺らした。

 爆音と共に炎が現れ、ゴウゴウと燃え盛る。



「な……なにが起きて……詠唱もなしに、爆炎……魔法!?」

 鳩が豆鉄砲を喰らったかの様に唖然としながら、爆音に驚いて腰を地に付けていた少女が呟いた。


「アセチレンによる蒸気雲爆発だ」


「……アセ…チ?」


「アセチレン。最初に投げた2本のガラス瓶に入ってた炭化カルシウムと水が反応することで発生した気体だよ。3本目の瓶には塩素酸ナトリウムから作った過塩素酸カリウムが入ってたから、周囲に発生したアセチレンが過塩素酸カリウムを酸化剤として酸素と結びつき、燃料気化爆弾の要領で自由空間蒸気雲爆発を起こした」


「な、何を……言って……? 爆発……?」


「アセチレンの燃焼温度は3000度以上。そこに摩擦着火点の低いセリウムと鉄のフェロセリウム合金粉末を投げ入れれば、火花着火でドカンだ。”魔法障壁シールド”の性質上、全方位防御はできない上、”魔法防殻プロテクト”では物理現象は防げない。初見確殺コンボの完成だ」


 水分が水蒸気となって霧散し、風で流された後には焼け焦げた骸が転がっていた。


「あっけない。ま、アセチレンは無色無臭だしな。知覚できなければ警戒もされない。わざわざ解説してやったのは、割れた試験管からアセチレン発生に必要な反応時間の確保だということも気づかず、哀れなもんだ」



 もう一人の、フッ化水素を浴びて激痛のあまり失神している兵士に留めを刺すべく剣を拾い上げ、首元に剣先を突き立てる。


 ーーここで見逃すことは出来ない。確実に息の根を止めなければ……。



「あ……あなたは……」

 少女が震える足で立ち上がりながら、背後から声を掛けた。


「あなたは……何者ですか……!?」


 ーー俺が何者か……か。それは俺も知りたい問いだ。


 俺が知っているのは、21世紀の科学文明で生きたどこにでもいる普通の人間サピエンスの一人。


 名乗るほどの名なんて無く、誇れる偉業がある訳でもない。


 だが、この科学が衰退した文明で、俺が生きる意味を見出すなら答えは一つしかないだろう。



「俺はヤト。黒月夜斗(くろつきやと)だ。君らの言う、超古代文明の最後の生き残り」



 グシャリ……という耳障りな音と、嫌な感触が、剣から俺の手に伝った。



「……そして、この腐った魔法文明の終焉をもたらし、人類の科学文明を復刻させる”侵略者”だ」


 俺はそう、自己紹介するのだった。

次回 『03. 少女の知らない未知なる存在』



〜あとがき〜


ここまでお読みいただきありがとうございます。


ご覧の通り、バチバチの科学無双系物語です。


『魔法俺TUEEE』系作品が人気な中、この様な地味でリアルスティックな小説の需要があるかは知りませんが……。


せっかく21世紀の科学文明に生きる我々が、ファンタジー世界を想像するなら、どこまで”科学”が通用するものかを表現したくこの作品の執筆しました。


主人公は見ての通り、魔法的才能も、優れた武術も、特殊な超能力もありません。

我々と同じ時代に生き、我々が得られる知識しか持たない無力な人間です。


それでも、これまで人類が培ってきた知識、磨いた技術、育まれた文明。

それらは、決して空想の魔法に劣ることのない奇跡の産物であるということを、この作品を通じて少しでも感じていただけたら嬉しく思います。



結論

「人類科学マジSUGEEEから! PAEEEから!」


この様な異色な作品ではありますが、少しでも興味を持っていただけましたら、評価・ブックマーク等いただけましたら執筆の励みになります。


率直な感想で構いません。

下の☆☆☆☆☆から、作品への評価をよろしくお願いいたします。

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