19. 荒稼ぎ計画
天空城から帰還した夜。
宿屋の一室に濃いメンツが集まる。
超古代文明人の俺、人工天使シルファ、そして、天才森霊族クレオスに、元公爵令嬢のエレナ。
ーーうーん……。誰一人として同じ種族がいねえ……。サーカス団かハロウィンパーティーでもするのかってメンツだな……。
そんな感想はさておき。
俺はエレナとクレオスに、シルファエルのことを『天空城にいた天翼族と仲良くなった』という漠然とした紹介をし、彼女の存在は他言無用だと念を押す。
天翼族の存在は、この世界で主流となるアストラ教で、神聖視される立ち位置にあるとのこと。
そのため、シルファが明るみに出ることは現社会への影響が計り知れないのだという。
ーーそりゃ、自分達の存在が勝手に祀り上げられ、挙句聖戦の原因になるなら隠匿したくなるのは無理もない……。
「天翼族だって……?」
クレオスは、目の前のシルファが神話に綴られている伝説上の種族だとは信じられない様子だった。
翼が展開されていなければ、シルファの見た目は俺や人族と何一つ変わらないから当然でもある。
「シルファ、見せてやれ」
「はい、マスター」
ブワッと部屋を眩く照らす光を放ちながら、シルファの背後に現れた幻想的な翼に、クレオスは片眼鏡をずらして二度見した。
彼女の翼は不思議なもので、近くで見ればそれがオーロラの様な光の集合体であることが分かる。
シルファ曰く、実体のない”概念機関”とのこと。
22世紀の謎技術、乙。
「……ということだ。まぁ、そんなこんなでシルファは旧文明人の俺に力を貸してくれると言う話だから、二人とも何かとよろしく頼むよ」
「……ボクのことを取って喰うというのでなければ、よろしく頼むよ」
「よ、よろしくお願いします……シルファエルさん……」
二人は若干引き攣った笑顔を見せつつ、恐る恐る彼女に握手を求めるのだった。
顔合わせも済ませ、俺はさっさと本題に入ろうと話を切り出す。
「さて、クレオス。天空城の攻略は済んだ。今日をもって契約は満了だが、これからどうする?」
クレオスは俺の言葉に、人差し指を出して俺の目の前でチッチッチッと振った。
「君が言ったんじゃないか。『俺とくれば、退屈はしない』とね。ボクはまだ降りる気はないよ。この文明に恨みがある訳ではないけど、君の語る科学文明に興味があるからね。とことん付き合うよ」
クレオスが予想以上に協力的なことに、俺が用意していた報酬が無駄になったなと思いながらも感謝するのだった。
「さて、諸君。我々……と言うより俺の目的に必要なものがある」
俺は方針も整い、実務的な話を始める。
「知識かい?」
「協力者ですか?」
「武器……でございましょうか」
「違う違う。大抵これがあればなんとかなる魔法の道具だよ」
「魔法の道具? 古代文明遺産かい?」
「カネだよ。お金。カネさえあれば大抵のことはできる」
「お金、でございますか」
「……まぁ、確かに、何をやるにも資金は必要だよね、うん」
3人が理解したところで、俺は意見を求める。
「莫大な額が必要だ。何かを買うにも、人を雇うのにも、ものを作るにも。だから、効率的に稼ぐ方法を考える必要がある。なにかいい方法があるならみんなの意見を聞かせてほしい」
「うーん、効率的かぁ……」
「現生人類の社会経済には疎い私ではお力になれないかと思います」
俺たちは机を囲んで頭を悩ませる。
「ところで、具体的にはどれぐらい必要なんだい?」
「あればあるだけいい。……とはいえ、最低目標ぐらいは決めておかないといけないよな。とりあえず、年10億Gってところか?」
「じゅ、10億G!? 大商会並みじゃないかっ!」
「年10億でも400人雇ったら終わりだ。全然足りん」
クレオスはむぅっと口をへの字に曲げて、考えに耽るのだった。
…………
…………
…………
いくつかの案が出ては没になり、俺は脇道にそれた話をする。
「そう言えば、砂糖高すぎじゃないか? 香辛料が金と等しい値が付くのは分からんでもないが、砂糖はそれ以上に高すぎだろ」
「仕方がないよ。原料が生産できない王国では、危険な輸送費がかさんで価格は釣り上がる。そもその精製糖なんて富裕層の嗜好品だよ」
ーー道理でいつぞや食べた喫茶店のパンケーキも、高価な割に美味しくない訳だ。
21世紀に生きた俺としては、甘味不足で中毒症状が出ている。
ーースナック菓子やチョコレートが食べたい……。無性に食べたい!
「とは言え、砂糖の生産は無理だよなぁ。この辺りじゃサトウキビもテンサイも栽培できないだろうし……」
魔獣のせいで、安全な農耕地は貴重なのだ。
分かってはいるが、改めて思い返すと溜息が出る。
「そう都合良くは稼げないということだね」
クレオスはそう言いながら、腕を組んで俯いた。
いくつか案が出るも、実現性や社会構造の違いから芳しくないとの判断ばかり。
短期的に稼ぐのなら簡単だが、特許権やライセンス生産なんて知的財産概念がないこの社会で、画期的な発明を披露したところですぐに真似され終わる。
既に没案ばかりで、新たなアイディアも浮かばず重たい空気が流れていた。
ーーただ稼げばいいという話でもない。効率的かつ持続的に大金を……というのは流石に無理があったか……?
しばらくの沈黙が続いていた中で、シルファが手を上げた。
「マスター、金貨を一枚貸していただけますか?」
「ん? ああ」
俺はシルファに金貨を手渡す。
彼女はそれを受け取ると、翼を出現させた。
迸る幻想的な光の粒子に目を奪われていた視線を机に戻した時に、俺は驚愕した。
俺が渡した金貨が2枚、4枚、8枚と目の前で倍々に複製されているからだ。
「おぉい、ちょっと待て……。なんだこれ、何をした!?」
「亜原子粒子擬似投影装置を使って作成いたしました」
シルファは大陸共通言語での説明は無理と判断したのか、日本語で俺にそう説明した。
だが、日本語で説明されても俺は理解できない。
「……まさか、物質を生み出す技術まで持ってるのか?」
「ホログラムに擬似質量を与えた紛い物でございます。ですが、素材検査をしなければ肉眼ではほぼバレませんよ?」
「偽造硬貨じゃねーかよっ!」
俺は手にしていたその金貨を、思わず床に叩きつけた。
「やはりダメでございますか……」
「……むしろ、これでGOサイン出すと思ったのかよ……」
「どのみち状態保存は数時間が限度ですので、財産としての価値にはならないかと。ですが、お困りでしたらいくらでもご用意い致します」
「おいおい、天使が偽造硬貨製造とかいいのかよ……」
「相手は新人類でございます。倫理規定対象外なので問題ないと判断いたします」
ーーうわぁ……。薄々思ってたけど、この天使君。現生人類に容赦ないよな……。
限りなくアウトに近いアウトな手法を提案するシルファのえげつなさに、思わず苦笑が漏れる。
「ヤ、ヤトさん……お二人で何を話しているんですか?」
「ボク達の分からない言葉で話されても困っちゃうんだけどなぁ」
日本語は理解できないエレナとクレオスが困惑する。
「すまんすまん。まぁなんだ。これは偽造硬貨だ。使えないし、使うのは流石にーーいや待てよ……?」
「どうしたんだい?」
ーー待て待て。偽造硬貨は確かに倫理的にはまずいが、これはいい着眼点だ。
「妙案を思いついた。シルファ、いい発想だ。感謝するぞ」
「……? はい、お役に立てたのなら光栄でございます……?」
「クレオス。いい方法を思いついたぞ。画期的かつ天才的なのをな」
「ほ、本当かい?」
「ああ。21世紀の錬金術を見せてやる。エレナ、手伝ってくれるか?」
「はいっ! 勿論です!」
俺は自分でも天才的だと自賛できる名案に、思わず心踊りたくなる気持ちを抑えて白紙の紙とペンを手に取るのだった。
「しかし、流石にこの宿屋の一室で化学薬品を取り扱うのはまずいか……」
俺は部屋を見渡して思いとどまる。
「借家でも借りるとしよう」
気球制作の為に半分近く消えたとはいえ、神獣フェンリルの素材が高額だったおかげで資金に余裕はある。
ーーしかし……。
「はぁ……」
俺は思わず溜息を漏らした。
「どうしたんだい? 借家暮らしは嫌かい?」
クレオスが俺を覗き込む。
「いや、三食飯付きのこの宿屋から離れるのはな……」
「はっはっはっはっ。君は随分と子供っぽいことを言うんだね」
クレオスは笑うが、俺にとっては深刻な問題だ。
この宿屋を選んだ理由も、この街の宿屋の中で最も料理の質が高いからに他ならない。
「俺の料理の腕は拙いし、エレナも元貴族令嬢だしな……。かと言って、毎日三食外食と言うのも……」
「マスター。私がお作りいたしましょうか?」
「「え?」」
俺もエレナも、シルファの提言に驚く。
「え、なにシルファ……料理できんの?」
「はい。それなりには出来ますが……」
「汎用過ぎません!? あれ……君って汎用人型決戦兵器人造天使シルファリオンだっけ」
「マスター……その発言は色々と問題がありそうですが……。クロノスシリーズの基礎人格を構築したドクター・モミジは異常なまでの食への拘りがあったようで、私達に調理スキルを与えてくださりました」
ーーなにそのドクター・モミジさん。グッジョブ過ぎる。絶対日本人じゃん……。
「いや、待てよ? ってことは、もしかして和食作れたりも……?」
この世界で二年。
毎日硬いパン食に、微妙な味付けのオンパレード。
香辛料を巡って、これまで幾度となく戦争が起こった理由を身をもって知った。
料理の味で人は戦争をするのだ。
「日本食でございますか? はい。勿論可能でございまーー」
「結婚してくれ」
「「ええっ!?」」
エレナの大きな声が耳を突いた。
「ヤ、ヤトさん!? 急に何を言ってるんですか!? 手、手も握って、近いですっ! 近すぎですよ!?」
ーーおっと、つい。
いつの間にか急接近し、握っていたシルファの両肩を咄嗟に離す。
「あ、いや、すまない。方舟に咲き乱れしアガペーに、俺のリビドーが開放され神の導きに誘われたというか……」
「何を仰っているのか理解出来かねますが……。マスターがそれほどまでに故郷の味に恋焦がれていることは伝わりました」
「ははは……いやぁ……面目ない……」
クレオスも苦笑を浮かべ、生暖かい目で俺を見ているようだった。
「しかし、申し訳ございません。私はマスターのお気持ちにはお応えしかねます」
「なん……だと……!?」
申し訳なさそうに頭を下げるシルファに、俺は机に両手を付いて絶望する。
ーー俺はまだ和食に辿り着けないのか……。食材がないからか? 調味料の問題か? ……ああ、神よ……。卵かけご飯と味噌汁を恵んでください……。
もう少しで手に入りかけた念願の日本食が、再び遠のくことにこの世の終わりを迎えるかのような感覚に陥る。
「私達には人類のような色欲的衝動感情を持ち合わせていないため、マスターのお気持ちにはお応えできません」
「へ?」
俺は、シルファの言っていることを一瞬理解出来ずに変な声が出た。
「さらに、私達は人理憲章で人類と内縁関係になれないと規定されております。変更には全人類の三分の二の同意が必要ですので、マスターに婚姻の申し出をされても私は困ってしまうのでございます」
ーーあー……。応えられないというのはそっちね……。
22世紀の最終兵器が、嫉妬や憎悪で暴走したら世界崩壊待ったなしのタイムトライアルだ。
『君のためなら世界を敵にするのも厭わない(キリッ』なんて思考回路に陥る恋愛脳を持つ兵器とかたまったものではない。当然のシステムだろう。
「その件は忘れてくれ。重要なのは、君が和食を作れるかどうかという問題でだな」
「食材さえあれば可能でございますよ? 私の基礎人格には1200種類のレシピが記憶されています。お任せください」
自慢げに応える彼女の表情に、俺の乾いた感情に潤いが戻る。
ーーあぁ。天空城攻略して良かった……。
俺は心の底から、そう思うのだった。
次話 『科学布教活動』
下の☆☆☆☆☆から作品への評価ができます。
感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。




