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18. 失われた空白の歴史

「じゃあ、一息ついたところで本題に入るとしよう。この世界に何があったかを知りたいんだ」


 俺は天空城に来た本来の目的を、目の前の人工天使シルファエルに尋ねた。


「マスター……。わたくしが知り得ていることの中に、マスターが求めている情報はないかと……」


 シルファはそう言って俺の問いかけに難色を示した。


「どういうことだ?」

「では、わたくしが知り得ている全てを語りましょう」


 彼女はそう言って、目を瞑るのだった。




「西暦2120年。わたくし達、終末決戦用人工天使が誕生しました」


 ーー22世紀か。俺の生きた時代より100年程先だな……。


「その名の通り、終末戦争で人類を守護し、勝利せんとするためでございます」


「終末戦争?」


「はい。人類が生み出してしまった特異性侵蝕生物……今は魔獣と呼ばれている存在との生存戦争でございます」


「馬鹿な、人類が魔獣ごときに負けたと?」


「詳細は不明ですが、わたくしの記録ではそうなっております。人類は敗れ滅亡に至りました。人工天使もまた主を失い、戦う意味も失い朽ち果てました」


 俺は言葉を失ってしばらくの間、思考が停止していた。

 しかし、人類と共に朽ちたという人工天使が、なぜ目の前にいるのか疑問に思う。


 その問いに、彼女は答えた。


わたくし達クロノスシリーズに与えられたのは、”観測者レコーダー”としての使命でございます。人類の行く末を見届け、記録し、残す役割を与えられおります。……人類が滅んでからは、記録することはなく空白のページに何を記述すればいいのかもわからず、ただただ意味もなく亡霊の様に生きていたのでございます」


「ま、待ってくれ。じゃあ君は22世紀から今までずっとーー」


「いいえ」


 俺は、俺と同じく失われた時間を生きた存在に出会えたのかと思って思わず立ち上がったが、彼女の否定に静かに腰を下ろす。


わたくし達人工天使も、旧人類のDNAから作られた有機素体でございます。不老でもなければ不死でもありません。これまで何体ものクロノスシリーズがいたのでしょう。わたくしが何代目なのかはもう分かりません」


 俺は複雑な心境で彼女の話を聞いていた。


「その……すまないな。我が同胞が無茶苦茶なことをして。俺が謝って済む問題ではないとは思うが、今はなき旧人類に変わって謝罪する」


 生命を作り出すことへの倫理的な問題や、これまで何代も彼女と同じく意義も見出せずに生きて死んでいった存在がいたと思うと、例え俺が直接関わったことのないことでも、道義的責任を感じてしまう。



「マスター。あなた様が思い悩むことは何一つありません。わたくし達がこの世界に生を受けたのは、紛れもなく我が創造主達のおかげでございますから。ですが……ですがもし、わたくし達が旧人類の為に残した記録をマスターが手に取って下さるなら、先代のクロノスシリーズの生きた証……。彼女達の至上の喜びだと思います」


「……ああ。勿論だとも。それで報われると言うなら……。いくらでも……」


 それが、この世界で唯一残された、旧人類である俺に与えられた責任なのだろうと思って。



「それで、その記録ってのは?」


わたくし達の記憶報告メモリアルレポートは、そこにあるIVES(アイビス)を通して、MILAミラのアーカイブに保存されているはずです。そこにはマスターが求める記録もあるでしょう」


 シルファは、横にそびえる正八面体のオブジェクトをIVES(アイビス)だと示し、そしてゆっくりと空を指さした。


 ーーミラのアーカイブ? 歴史資料館……というより、データセンターみたいなものか?


「その、記録を得る為にはどうすればいいんだ?」


「地上の関連施設は全て消滅しているので、直接赴く必要があるかと存じます」


 ーー直接? そのミラのアーカイブってのはここより上にあるんだろ?


 ここより高いとなると、衛星軌道上や月面ということになる。

 直接行くのはほぼ不可能だ。


 俺は「はぁ」と重たい溜息をついた。


「お役に立てず申し訳ございません。ですので、わたくしが知り得ていることの中に、マスターが求めている情報はないかと申し上げました」


「あぁ、いや。いいんだ。他に知っていることは?」


わたくし基礎人格メンタルモデルに記憶されてる情報は、クロノスシリーズが作られた2100年代の一般知識と、数年前にわたくしが活動を開始してから、直接見聞きした物事だけでございます」


 ーーそれって、ほとんど俺と変わらないんじゃ……。いや、まぁ俺より100年程先の未来の常識かもだけど。


「じゃあ、人類がなぜ滅んだのかとか、今が西暦換算で何年目であるとか、君が何代目のクロノスなのかとか」


「すみません。わたくしには分かりかねます」



 俺は振り出しに戻った様な気がして肩を落とした。



 ーーま、全て失ったわけじゃないと分かっただけで儲けものか。少なくとも、ミラのアーカイブとやらには失われた俺の知らない過去の記録がある、と。



「オーケー。いつになるか分からんが、必ず君達の記録を俺が手にしよう。静止軌道でも月面基地でも、なんとかするよ」


 俺は約束した以上、引き下がるわけにもいかずに無謀なことだと知りながらそう言った。


 ーーなに。魔法なんてチート技術があるんだ。なんとかなるだろ。


「言い忘れていました。ミラのアーカイブは、L3ラグランジュポイントにあります」


 L3ラグランジュ点……。地球から見て太陽の反対。2億9920万km彼方だ。


「……はは……」


 俺はそれを聞いて、再び頭を掻き、


「オーケー……。なんとかするとしよう……」


 と、先ほどよりも力のない掠れた声でそう言うのだった。




「マスター。わたくしからもお聞きしてもよろしいでしょうか」


「ん?」

 俺の質問は終わり、今度はシルファが俺に聞いてきた。


「マスターは、先ほどわたくしに会いに天空城に来たと仰りました」


 ーーえ、俺そんなこと言ったっけ……。


 俺は記憶を遡って思い当たる節を見つける。


 ーーそういや、地面に直撃する直前に、パニくってそんなこと言った様な気がする……。


 正確には、『旧文明の痕跡を求めて来た』というものだろう。彼女に会ったのは結果でしかない。



わたくしに何を求めるのでしょうか」

 凛とした彼女の綺麗な瞳が俺と合う。


「……俺がこの世界を滅ぼすと言ったらどうする……?」


わたくし達の行動理念は、旧人類の最大多数の最大幸福の追求でございます。今はもうあなた様のみが最後の旧人類。マスターが望まれるのでしたら、全霊を賭して叶える所存でございます。手始めに、眼下にある都市を消し飛ばしましょうか」


「は、早まるな……。今のは仮の話だ」


 本気でやりかねないトーンで話す彼女に、聞いた俺の方が狼狽える。


 ーーこれは……。ヤバいやつだ……。控えめに言って、色々ヤバそうだ……。


 分かってはいたが、改めてそう思う。

 『終末決戦用人工天使』もう名前から言って不穏すぎる。



「俺の目標はだな……。科学文明を復刻させたい。魔法なんて個人の才能に依存する世界ではなく、科学に基づくまともな世界に戻したい」


 俺はそこまでいってふと気づく。


「そう言えば、君は魔法が使えるのか? 空飛んでるし」


 俺の質問に、シルファはキョトンと首を傾げた。


わたくし達人工天使は、概念機関プラントギアによって余剰次元に超対称性粒子を用いて物質世界に干渉させる技術は持っています。現生人類が行使している”魔法”と同じ原理かは分かりかねますが……」


「ははっ……。流石22世紀……」



 俺はそこでふと思い出す。

 彼女が22世紀の知識を持っているなら、21世紀に分からなかったことも知っているのではないかと。



「……22世紀では、量子重力理論とか完成してるんだよな?」


「波動共鳴重力子理論でございますか?」


「な、何それ!? どんなの!? く、詳しくっ!」


 俺は彼女に襲うような勢いで前のめりになっていた。


「マスター……。一般常識を超えた専門知識はわたくし基礎人格メンタルモデルにインプットされておりません……」


「……Oh……」


 まぁ、21世紀でも光速が最速だというのが一般常識でも、特殊相対性理論の中身までは常識には含まれない……ということか。



「……お役に立てず申し訳ございません」

 彼女は申し訳なさそうに俺に謝った。


「……いや、構わんよ」


 内心では非常に残念で叫びたい気持ちだが、彼女のせいではない。

 俺はなんともないと言った様子で彼女を宥めた。


 それに、波動共鳴重力子理論というのがどういうものかは気になるものだが、既に目の前に22世紀の科学技術の結晶がいる。俺は彼女に興味津々だ……。


 ーーいや、決して変な意味ではない。


「……人工天使……か」

 俺の呟きに、シルファは光ほとばしる翼を出現させ、再び俺の前でひざまずく。


「このシルファエル・リンク・クロノス。マスターが望む未来のため、全霊でお手伝いさせていただきます」


 ーー高度に発達した科学は、魔法と見分けがつかない……か。



 俺はそんなことを思いながら彼女に


「ああ、これからよろしくな」


 っと手を差し伸べるのだった。

次話 『荒稼ぎ計画』


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感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。

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