16. ゲーム理論
「確認だ。この杭を引き抜くと落下し、再び刺したら止まる……だな?」
翼の彼女こと天翼族とのチキンなデスゲームに挑むため、俺は手頃な大きさの岩に飛び移って言う。
「はい。ですが、あまり意地を張りますと地上に激突していしまいます。死なない程度に足掻いてくださいませ」
ーーいやいや、どのみち負ければお前が殺しにかかるんでしょ……。俺には落ちて死ぬのも負けて情報を吐いてから殺されるのも変わらんよ……。
最悪最終的に、人間カミングアウトで生存フラグが立つことを祈るという最後の一手はある。
理想としては、「ああ、貴重な人間様でしたか! これは殺せません!」……というのがベスト。
とはいえ、彼女の口ぶりから人に対しての価値とか微塵もなさそうで絶望的でもある……。
逆に、「だからなに? 死ね」とか、「人間? あの害悪種族か、死ね」とか、普通にありそうなところが恐ろしい。
俺が地球の丸みが分かるような遠くの空を漠然と見ていると、隣の小島に移った彼女が不思議そうに俺を見ていた。
「いかがされました?」
「……勝算は皆無。絶望的だなと思ってな」
「棄権し敗北をお認めになられますか? 私は歓迎致しますが」
「いや、降りはしないさ」
勝算は皆無。絶望的。それは間違いない。
ただ、”正攻法でやるなら”、の話だ。
「では、始めましょう。合図をお願い致します」
俺は深呼吸して気分を落ち着かせる。
超絶物騒なチキンレースだ。正気ではやってられない。
ーー地表まで約50秒。それが俺に与えられた時間だ……。
「よーい……」
俺は乾いた喉に力を入れて声を張り上げる。そして、地面に刺さる杭を両手で掴んだ。
「スタート……っ!」
ピキンッ!
ピキンッ!
何かの弾ける音と共に俺の体が浮遊感を得る。
重力が体を捕まえて、下へ下へと落ちていく。
「おい天使!」
風切り音に負け無い声で、俺は隣を髪を靡かせて落ちる彼女を呼んだ。
「なんでございましょう」
「俺が好きな言葉に、こんなものがある。Everything one man can imagine, other men can make real.(人間が想像できることは、人間が必ず実現できる)」
SF小説の父、ジュール・ヴェルヌが手紙に綴った、人類の想像力の豊かさと科学の可能性を表した名言だ。
ーーこの世界においては、『人類が想像したことは、人類科学によって必ず実現できる』そんな意味にもなるだろう。
「英語!? ……どういうことでしょうか!?」
「ふむ。やはりそうか」
「な……なんのつもりですか!? なぜあなた様がーー」
「”最後の晩餐”。そんな神話的概念のないこの社会で、その言い回しは違和感があった。英語を認識できるのなら、お前が古代文明を知るものであることは明白だな」
「どうしてあなたが旧古代文明の言語を! どこで知ったと言うのですか! これは人理のーー」
「さて、なんでだろうな。不思議だな。不思議だろ? 不思議だろうとも。だが残念、ここから先は有料だ」
予想以上に食いつく彼女の様子に、俺は確信する。
ーーこれで俺をみすみす死なせることはできないだろ、と。
この勝負。はなから勝ち目はない。だが、俺を見殺しにできない理由があるなら話は別だ。
「"Game Theory"って知ってるか?」
「ゲーム理論……。旧文明の学術形態の一つにそのような分野があると認識しています」
「そうか。なら教えてやろう。チキンゲームの必勝法を」
そう言って、俺は手にしていた杭を投げ捨てる。
そして島を蹴って離れ、パラシュートのないスカイダイビングを楽しむことにした。
「なっ!? 何をっ……」
硬直気味で固まる彼女の表情を見て、俺は笑った。
「さて。俺はもう自分で落下を止める術を持っていない。このまま後30秒足らずで地表で挽き肉だ」
「……正気ですかっ!?」
「正気だとも。俺はお前が知る必要がある情報を持っている。だが、俺は自分で自分を止める手段がない。俺から情報を聞き出すためには、お前は俺を助ける他ない」
「っ! まさか……そのために私の翼を……」
俺の狙いに気づいた天翼族は、顔を強張らせた。
そこに今までの様な余裕の笑みはなく、刻々と迫る選択の時間に顔を歪ませる。
「ゲーム理論において、チキンゲームでは選択の余地がある方が妥協せざるをえない。俺を見殺しに出来ない理由があり、俺がお前より窮地にいる時点で、俺の勝ちは確定している」
ーー無論、彼女が負けたことによるデメリットとの天秤によるが。ゆえにーー。
「賭け金追加だ。宣誓する。1つ。賭けの勝敗に問わず、俺は持っている情報を開示し、天翼族に関しては他言しない」
「……!?」
腕で回転するホログラチックな文字列に、俺の言葉が羅列されていく。
「2つ、俺の勝利の報酬には、相手の心身を侵害する命令は無効とする」
これで、「よし、俺の勝ち。命令だ、死ね」というのは自ら禁止したことになる。
「3つ。お前が俺を害さない限り、上記の約束を恒久的に遵守する」
そしてしっかり、”俺に危害を加えるなら始末する”という安全策は確保しておく。
「さぁ、どうだ? これでお前が負ける懸念は減っただろ?」
生命の保証、必要な情報の開示、秘匿性の確保。
これだけあれば、彼女が負けるデメリットが足枷になり、俺を見殺しにするということはないだろう。
そして、俺の持つ情報が彼女に取って敗北条件より許容できるものだと判断されれば、俺を助けるしかない。
それはつまり、賭けには俺が勝利したことになる。
「……騙したのでございますね……」
地表の青く霞んでいた景色が鮮明な緑色となって見えて来る中、彼女は呟いた。
「人聞き悪いな」
「最初からそのつもりで勝負に乗って……。挑発に乗ったのも、私が飛んだ瞬間に敗北だと釘を刺したのも、全てこのために……」
「そうだとも」
ーーてか、早く助けてくれね? そろそろ地表がヤバいんだけど……。
地上がグングンと迫ってきており、俺の心臓も激しく脈打つ。
「どうした。まだ敗北は受け入れられないとでも? 何を躊躇うことがあるという?」
ーー早く早く早く早く! 俺死ぬって! 早く助けてぇ!
余裕を装うが、俺の胃は恐怖で縮こまって逆流しそうだった。
「一つ、お聞きしてもよろしいですか?」
「……あ、ああ。……できれば手短に」
「あなたが天空城に来た理由を聞いていませんでした」
ーーそれ後でよくない? もう時間ないんだけど!? 10秒もないでしょ!? えっとえっとえっと。なんだっけ、えっと。
俺はパニックな思考の中。答えを捻り出す。
ーー俺のいた時代の遺物だと思って……と言うのは、俺が超古代文明人だとバラすことになる。それは避けたいから、興味があってということになるのか? で、結果として天翼族に出会ってしまってってことだからつまりーー
「つまり、結果的にはアレだよ。そう、君に会いに来たってことーーぁ……」
俺は乱雑する思考の中、死を覚悟する時間もなくただ眼前に迫る地表の景色に、本能的に硬く目を瞑るのであった。
次話 『シルファエル・リンク・クロノス』
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感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。




