15. 命賭けのチキンレース
「で、賭け内容は? コイントスでもするか?」
「私は構いませんが」
「……冗談だ」
即答した彼女に俺は提案を取り下げる。
ーー完全運ゲーに簡単に乗るとは思えない。つまり、コイントスでもこの天翼族は勝算があると知っていると考えるべきだ……。
魔法なんて未知の法理が働いている世界だ。コイントスの確率操作ぐらいできてもおかしくはない。
「で、君の希望は?」
俺は彼女に探りを入れる。
無論、従う気は全くないが、彼女にとって有利な勝負を持ちかけるはずである。
そこから逆算して天翼族の能力を把握し、俺に有利な内容に誘導する。
ーー俺が確実に勝つためにはこれしかない。
「そうでございますね」
俺の思惑を知ってか知らずか、彼女は顎に指を当てて軽い態度で考える素振りを見せる。
「鶏の鳴き真似勝負なんていかがでしょう」
「いや、待てお前。それに命賭ける奴の気持ち考えたことある? ……しかも誰がジャッジするんだよ……」
「ジョークでございます。心和ませようとする気遣いでございましたが、お楽しみいただけましたでしょうか」
「……俺もう天翼族嫌いだわ……」
余裕の笑顔で楽しそうに語る彼女の姿に、俺は思わず額を抑えた。
「では、これはいかがでしょう」
先程とは違ってトーンの下がった芯のある声で、彼女は俺に言った。
そのギャップが、俺の背筋を冷やす。
「あちらの島一つ一つには、中央に杭が刺さっているのがお分かりになられますでしょうか」
「んん?ああ」
彼女の指差す方向には、人が寝れる大きさの岩から、立つのがやっとな小さな岩など、20個ほど浮かんでいる。
その岩の一つ一つに、金属製と思われる特殊な形をした杭が刺さっていた。
「あれは島を空に浮かすための道具で、引き抜けば島は地表へと落ちてしまいます。ですが、再び刺すことで島の落下は止まります。急停止した際の衝撃は杭を手にしている者には伝わりません。ですので、脆弱な人族でも潰されることはございませんのでご安心ください」
ーー重力制御か? いや、空間固定か? なかなかぶっ飛んだアイテムだな……。超古代文明人遺産というやつか。
非常に興味がそそられるが、謎アイテムのことは一旦頭から離す。
ーーというか、脆弱な人族呼ばわり……。天翼族は頑丈そうだな……。もうやだ帰りたい……。
「それで?」
「はい。それぞれ島に乗り、同時に杭を引き抜きます。そして、最初に杭を突き刺して止まった場所が地表に遠い方が負け……というゲームでございます」
「……要するに、チキンレースか……」
ーーこいつ……賢いな……。
俺は目の前の天翼族の評価を改める。
彼女の最高勝利条件は、俺から情報を聞き出し、その上始末すること。
最低勝利条件は、俺の始末。
この勝負、生身の人間である俺が勝つ確率はほぼ皆無。
高度6000mから落ちれば末端速度は秒速100m以上。コンマ数秒の差で数十メートルが開いてしまう。
”身体強化”による動体視力向上だけでも俺に勝ち目はない。
しかも、相手は俺が人族である前提で話しているはず。
ということは、俺が”身体強化”を使ってでも、自分に勝算があると言っているようなものだ。
恐らく、彼女は地表ギリギリで止められる技術を持っている。そして、彼女に勝とうとするなら俺の死が待っている……。
つまり、彼女がこの勝負によって得られる勝利はあれど、負けたところで俺の抹殺という最低勝利条件が獲得できるという合理的な勝負ということだ……。
「誰が乗るんだよ、そんな勝負」
俺は「ありえん」と言わんばかりに笑い飛ばす。
「はて。スリリングかつスタイリッシュないい勝負だと思ったのですが。やはりダメでございますか」
ーー鬼畜かつ残虐な勝負の間違いだろ。
彼女は俺が乗らないのは理解しているようで、ニコニコとしながら引き下がった。
「そもそも翼がある天翼族相手に、勝てる訳ないだろ。飛べるんだろ? イカサマだろそんなの」
俺の言葉に、彼女はピクリと反応した。
ーー釣れた。
俺は内心で、釣り針だと気付かず食らいついた獲物に心の中で哂う。
「心外でございますね。この勝負にそのような無粋な真似はいたしません。正々堂々、あなたと同条件で望むことを誓いましょう」
「そんな誓いが信じられるか。勝負にかこつけて抹殺しようとしてるくせに」
「それは最悪の場合でございます。それとも、最初から敗北されるおつもりで?」
「安い挑発だな。それで俺が乗るとでも?」
「思ってはおりませんが、逃げたことには変わりありません」
彼女はそう言って嗤った。俺を嘲る様に。
「あーあー、言ってくれるねえ。天使風情が。やってやろーじゃねーのー?」
「えっと……。あの、私は構いませんが……」
180度態度を変えてやる気になった俺に、流石の天翼族も驚いた様子で目を点にする。
ーー流石にこの急変ぶりは引かれるか……。安い挑発とか言ってた瞬間に、簡単に煽られて賭けに乗る猿にしか見えないよなぁ……。
「ただし、条件がある」
俺は指を三本立てて示す。
「はて。なんでございましょう」
「一つ目は、相手への攻撃はなし」
「構いません」
「二つ目は、途中での棄権は敗北とみなす」
「同意いたします」
「三つ目に、飛行あるいはその他の重力に逆らう行為の禁止」
「異存ありません。飛行には翼の展開が必要ですが、使わないとお約束いたします」
そう言って、彼女は地面に降り立つと翼をどこかに跡形もなく消した。
その姿は、人族や俺となんら変わらない様に見える。
「じゃあ、”君が翼を展開した時点で君の敗北”……ということでいいんだな?」
「はい。ありえませんが、その場合は私の負けと認めましょう」
彼女は余裕そうな笑顔を浮かべてそう言った。
ーーふっ。言質は取ったぞ。
不思議なことに、俺の左腕に巻かれているホログラフィックな文字列に、俺と彼女との会話が文字情報として記録されていく。
ーー契約魔法か……。胡散臭いが履行されるなら文句はない。撒き餌は撒いた。言質も取った。あとは自分の手の上で踊らせていると錯覚している天使風情に。どちらが上か教えてやるだけだ。
「ではそのチキンレースで、決着をつけるとしよう」
「のぞむところでございます。ではご準備を」
彼女が俺に背を向ける瞬間、口角が上がるのを見て俺も静かに笑うのだった。
次話 『ゲーム理論』
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感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。




