14. 天使降臨
ギーーーーーー
グワォーーーン
キュィーォォン
複雑で不思議な音を奏でながら、俺の目の前にある正八面体のオブジェクトが変形する。
そして、中から大量の煙が溢れ出た。
「っ……!?」
顔を覆うように手で覆った指の隙間から、内部から現れる人影を捉える。
「はて。招かれざる客人でございますか」
凛と響く、抑揚のある透き通る様な声が空気を振るわせた。
「ーー!?」
煙が散り、姿が露わになって俺は言葉を失った。
人族の基準で見れば、二十歳手前の女性。
青みがかった白銀色に輝く髪と、吸い込まれそうな程澄んだ瑠璃色の瞳。
実用性と機動性に特化したようなドレスとも言える装束で身を包み、整った顔立ちと神秘的な表情が俺を惹きつける。
だが、俺の目は彼女の凛々しくも可憐な顔や、見慣れぬ奇天烈な服装ではない場所に、全ての意識を持っていかれていた。
ーー翼……!?
彼女の腰の後ろ辺りから伸びる大きな純白の翼が、大空を覆うかのように広げられており、足を地面から浮かせ宙を漂うその彼女は、人ならざる存在であることを悠然と物語っているのだった。
「て、天翼族……か……!?」
俺は無意識にその単語を口にした。
現生人類が誕生する前の神代に存在したとされる伝説の種族。
おとぎ話の架空の種族だと思っていた。
だが、翼を広げて宙に浮く姿を前に、存在の否定は出来無い。
「私は、シルファエル・リンク・クロノスと申します」
彼女は華麗な身捌きで翼を畳み、幻想的に迸る粒子を飛ばして綺麗な一礼をした。
俺はその光景に言葉を忘れて見入った。
「それで、私の住処に何かご用でございましょうか」
バッと畳まれていた翼が大きく広げられ、シルファエルと名乗ったその女性は、俺を威嚇するかのように日を遮った。
太陽を後ろにその輪郭から漏れ出る光が、後光の如く神秘的に彼女を照らす。
俺の頭の中は軽くパニックに陥っていた。
「す、すまない。まさか天使がいるとは思わなかった……」
ーーと言うよりかは、天使が存在するとは思わなかった。
不法侵入を咎められているなら、非は俺にある。
敵意は感じられ無いため、俺は素直に謝罪した。
「そうでございましたか。ですが、私の存在を知ってしまわれた以上、生きて返すことはできかねます」
僅かに目を細め、声のトーンが下がる天翼族の機微を感じ、俺は背筋に冷たい感覚を得る。
「ぇ……?」
「さよならでございます」
そう言って彼女は俺の方に手を差し出した。
「ま、待て」
俺は咄嗟に彼女を制止する。
「?」
彼女の腕から前に展開された幾何学的な光の模様が、俺が見てきた魔法陣とは全く異なるものだった。
”魔法的な攻撃では俺に傷一つつけることは出来ない”。
だが、俺の本能が全力で警鐘を鳴らしていた。
僅かに確保された刹那の時間に、必死に思考を巡らせる。
ーーどうするどうするどうするどうする……。
最善とは思えないが、短い間に考えた案としては妥協範囲の回答を捻り出す。
「いいのか?俺を殺して……」
彼女が何を考えているのか分からない以上、下手な命乞いは逆効果になると判断した。
ここは彼女から情報を聞きつつ、俺の保身を図るしかない。
「はい」
ーー即答かよっ。お、落ち着け、落ち着け。
「本当にいいのか?それで不利益を被るのはお前だぞ……?」
無論ハッタリだ。
「私には、存在を知られたあなた様をこのまま逃す不利益に勝るものはございません」
ーーつまり、こいつは自分の存在を隠匿したいと。ならば……。
「ならば、俺を生かしておいた方がいい」
「……どういう意味でございましょうか」
ーーかかった……。
俺は生存ルートが見えたことに僅かな希望を見出し、呼吸を整えてロジックを積み上げる。
少なくとも、相手は話の通じる存在だ。
「俺がここに来たのは多くの人が知っている。もし俺が帰らなければ、また別の人が来ることになるだろう」
まぁ、多くと言ってもクレオスと工房の職人の数人だが……。
「だが、俺がこのまま地表に戻り、「何もなかった」と言えばこれ以上無駄に危険を冒して来るバカはいない。だろ?」
「……」
翼の彼女は僅かに考え、そして再び俺を視界に捉えた。
「始末した方が確実でございますね。数度繰り返せば、この地に足を踏み入れた者は帰らないと新人類も理解するでしょう」
ーーこいつ……人を殺すことになんの躊躇いもないのかよ……。
俺はこの理由ではダメだと悟り、すぐさま方向転換を試みる。
「なるほど。確かにそうだ……。だが、もう一つあるぞ?」
「……なんでございましょう……」
俺が知ってる彼女のことは、自身の存在を秘匿したいと思っていることだけだ。
俺が超古代文明人であることを伝えれば、生存ルートにつながるかもしれない。だが逆に、死亡ルート一直線になる可能性もある。
ゆえに、その辺りはぼかして強請ることにした。
「俺は、お前達天翼族が神話に綴られるような天使ではないことを知っている」
「……!?」
彼女の眉が僅かに動いたのを俺は見逃さなかった。俺は今、人生で一番人の機微に集中しているだろう。
ーー相手は人ではなさそうだが……。
そんなことを思考の片隅で思いながらも、さらに続ける。
「『神代の時代に、世界の平定に寄与した天の使い』……だったか? 俺はそれが偽りだと知っている」
今の”太陽暦”が始まる前は、”西暦”があった。
神代の時代ではないし、天使もいない。
俺が眠っている間に、この世界に何があったは定かではない。
だが、少なくともこの世界で信じられている神話が御伽噺であることは断言できる。
「……あなた様が何を知っているかは存じませんが、危険な香りがします。確実に始末すべきだと確信いたしました」
翼の彼女は再び俺に手を向け、幾何学的な光の模様が浮かび上がる。
ーーやはりな。この一点のみが、俺の生存に繋がるルートだ。
「愚かだな」
俺は震える内心を隠して昂然と振る舞った。
「俺を殺して「はい解決」となるとでも? なぜ俺がそれを知っているのかも知らずに? 本当にいいのか?」
「……」
彼女は俺の質問には無言で返した。
両者を天秤に掛けて測っているのだろう。
「存在を秘匿したいなら、なおさら俺は生かしておくべきだ。俺から情報を聞き出し、なぜ知ってるか。原因を突き止める必要があるのではないか?」
しばらくの沈黙が流れる。
「……その方がよさそうでございますね」
彼女はそう言って向けていた手を下げた。
俺は直近の危険から解放されたことに、忘れていた緊張の汗が滲み出る気がした。
ーー時間稼ぎは出来た……か。
「では、あなたがなぜ私たちの存在について知っているのかお尋ねします」
「……言う訳ねーだろ。それを知ったら用済みだと俺を殺す気だろ。拷問されても言わんわ。身の安全と引き換えになら喋ってやる」
「はて。それでは困ってしまいますね」
ーーうん、俺も殺されるのは困るよ……。すごく困る。
彼女は俺が情報を持ったまま殺すのは避けたいが、こもまま逃すこともできない。
俺はさっさと逃げたいがそれは出来ず、手持ちの武器で彼女を倒せる保証はどこにもない。
これが膠着状態というのだろう。
どう打開すべきか考えていたところ、彼女が近づいてきた。
「こうなっては仕方がありません。賭けを提案いたします」
「賭け?」
予想外の提案に、俺は思わず聞き返した。
「はい。勝った方が相手になんでも一つ言うことを聞かせられる……という条件でいかがでしょう」
「……相手が守る保証がないだろ」
ーー!?
彼女がパチンと指を鳴らすと、光が波紋する。
その直後、俺の右手首にホログラチックな光の文字列がリングとなって現れた。
「何をした……!?」
魔法的な要素に戸惑う俺だが、どことなく魔法ではない気がする。
なにより、俺に干渉できることが解せない。
同時に、彼女の魔法が俺に通用するなら、武力的な勝ち目がないことを察した。
「ご安心くださいませ。”等価条件契約術式”でございます」
「……なんだそれは……」
「契約を決して破れない魔法と考えていただければよろしいかと。条件は次の通りでございます。『両者が合意し次に行う賭けにより、勝者は一つ強制的命令を実行でき、敗者はこの言に必ず従うものとする。』」
ーーそんな便利な魔法があんのかよ……。
いつの間にか、俺の腕を回る光の文字が、大陸共通文字へと変わっていた。
【両者が合意し次に行う賭けにより、勝者は一つ強制的命令を実行でき、敗者はこの言に必ず従うものとする。】
彼女が先程提示した内容が現れていた。
「よろしければ同意を。さもなくば死を」
ーー恐ろしい二択だな……。事実上の一択……。
「その前に、この魔法が本当に機能するんだよな……。俺だけ強制、君は空契約だったりーー」
「そんな都合のいい魔法が使えましたら、私は既にあなたから情報を聞き出し始末しているでしょう」
ーーそれを言っちゃぁおしまいよ……。
確かに、この膠着状態が続くことで困るのは俺の方だ。
「……分かった。それに応じよう」
俺はもう投げやり気分で同意した。
「では、私が勝利した暁には、あなたから天翼族に関連する情報を全て開示させ、死を命じます」
「いやまて、それ命令2つだろ……」
「細かいですね……。では、情報の開示を命じたのち、私が処理いたします」
ーー変わんないんだよなぁ……。
「じゃあ俺も、俺が勝ったらお前に知ってることを全部吐かせ、始末……は無理そうだよな……。勝てる気しねぇ……。うーむ……」
俺は悩む。
一つと言うのは無理だ。
情報と保身。どちらか一つしか手に入れれないのなら保身以外選びようがない。
ーーけどそれって、俺になんのメリットがあるの!? ハイリスクノーリターンとか嫌すぎる!
俺は腕を組んで考える。俺の身が保証され、そして彼女の持つ情報を聞き出す手段を。
………
………
………
「……よし」
「やっとお決めになられましたか。晩餐の用意が必要になるかと思いましたよ?」
「いや、そんな長い間考え込んでないからな!? ってか夕飯出してくれるんかい……」
「いいえ。しかし、最後の晩餐ぐらいは用意すべきかと思い至りました」
「……笑えねぇ……」
「それで、決まったのでございますね」
「ああ。だが、条件の開示は勝負の後にする。構わんだろ?」
「……ええ。私は構いません。既に賽は投げられているのですから」
俺は麗しくも棘を持つ彼女を前に、拳を握って大きく深呼吸するのだった。
次話 『命賭けのチキンレース』
下の☆☆☆☆☆から作品への評価ができます。
感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。




