13. それいけ上空6000m
クレオスとエレナの協力の元、街の職人工房と契約を結んで熱気球制作に取り掛かっていた。
そして、約二ヶ月。
試行錯誤の末に遂に完成した。
既に係留試験飛行は終え、今日が”それ行け上空6000mチャレンジ”の本番である。
「知っているのと出来るのは違うとつくづく実感させられる……」
俺は完成した気球を見ながら、ここ二ヶ月の苦労を吐露した。
漠然とした概念図から、この世界の職人達が理解出来る設計図に製図し、形にするまでにはクレオスの貢献なしには叶わなかっただろう。
耐熱性を考慮した素材を探し、絹の帆布に辿り着くまでの苦労。
気密性のために、帆布に塗る糊の選定に街中の商会を渡り歩いたり。
乗り手用のカゴを、頭の硬い竹細工職人に説明する労力……。
そして何より、風まかせの気球で天空城に上陸など不可能なため、推進装置の検討と実装に骨が折れた。
そして出来たのは、原理的には気球の球皮に開閉可能な穴を4箇所設け、内部の空気を出す反作用で多少の移動を可能とした仕組みだ。
これもクレオスの考案である。
「現代的な化学繊維がないこの文明で、よくぞここまで辿り着いたと我ながら感心するよ……」
「カガク繊維? それはなんですか?」
俺の独り言にエレナが反応した。
「あー。まぁ、何て言うか。絹より軽くて耐熱性もあって、丈夫でコスパに優れた便利な素材だよ。」
「そんな便利なものがあるんですか!?」
「もうないって言うか、まだないって言うかね……。ナイロン程度なら、アジピン酸ジクロリドとヘキサメチレンジアミンの重合反応で簡単に作れるけど、アジピン酸ジクロリド作るのにアジピン酸とジメチルホルアミドが必要だし、石油なしには無理だよなぁ……。ジアミンの代わりにカダベリンを使えば、石炭で代用できそうだが……いや、どっちにしても現段階じゃ厳しいか……。」
「そ、そうですか……。で、でも、その素材がなくても気球は完成しましたから!」
俺が少し考え込んだ様子を見て、エレナは俺が気落ちしたと思ったのか、励ますように声を掛ける。
「……確かに、エレナの言う通りだな。」
もっとも、最大の難関である燃料部分を”炎魔石”という魔法的要素に頼らざるをえなかったことには、俺としては釈然としない思いがある。
ーーだが、背に腹はかえられぬ……。
そんなことを考えていると、気球下部に取り付けられたリンゴほどの大きさの四つの魔石に火が灯る。
同系統の属性魔力でON/OFF制御できる魔石だが、俺には当然使えない。
ーーつまり、俺にはなんの魔石も使えない。ほんとふざけやがって。魔法め……。
そんな世界への恨みつらみを吐きつつ、気球の準備が整うのを待つ。
「ヤト君。調子はどうだい?」
クレオスがやって来る。
「ああ、今世界の理不尽さを嘆いていたところだ」
「はっはっはっ。定期的に君は嘆いているね。さて、準備がそろそろ整うよ?」
「ああ」
俺は防寒具と手袋をはめて支度を済ます。
「……ヤトさん。やっぱりヤトさんが飛ぶんですか?」
エレナが背後から憂いた声で呼び止める。
ここ2ヶ月。何度も遠回しに止められてきた。
だが、俺の覚悟は変わらない。
「天空城には、俺がいくべき……。いや、俺以外に行かせたくはないと言った方が正しいな」
空に浮き続けるなんて、俺の時代の技術ではないだろう。だが、俺の時代に繋がる何かがあるというなら、危険だろうが行くしかない。
「それに、初の有人飛行を人任せにはするのは色々と道義的な問題があるだろ……。流石に言い出した奴が他の人に危険を押し付け傍観するのは許されんわ……」
これで事故でも起こしてなにかあれば、俺が歴史にクズ野郎と刻まれる。それは御免蒙る。
「ボクとしても、君以外の人に行かせるべきだと思うんだけどなぁ……」
「クレオスまで……。この座は他人には譲らんよ」
「……君は最後の旧人類だよ。君の身になにかあれば、古の知識は永遠に失われる。その損失は計り知れない」
「心配するな、元より俺は滅んだ種族。いなくなったところで誰も困らん」
ーーいや、むしろそっちの方が魔法文明社会で生きる現生人類にとっては幸せかもしれない。今後俺が世界を転覆させることを考えれば……。
「こ、困ります! 他の人がどうかは関係ありませんっ! 私が悲しみます……。だから……」
エレナが声を荒げてそう言った。だが、次第に音量は下がり、悲しそうに呟く。
「……心配するなって。ちょっと行って帰ってくるだけだ」
俺はなんともないと振る舞う。
「ボクも君がいなくなるのは一人の友人として悲しむよ。もう止めはしないけど、必ず無事戻って来てくれよ」
「……ああ」
クレオスの口から友人という単語が出て来るとは思ってもいなかった。
ーーそうか、友人か。
二人の仲間が悲しむというのだ。
これは無事に帰らないといけない理由が出来てしまった。そんなことを考えながら、気球のカゴに乗り込むのだった。
〜〜〜
俺を乗せた気球はぐんぐんと上昇する。
頭上で炎魔石が燦然とした炎を燃やして。
豆粒程度だった浮遊島が、段々と近づく。
「これはまた……。ファンタジーというよりSFチックだな……」
島全体の大きさは、地上から遠近法と視野角により算出した通り、縦横200m程の楕円形。その周りにいくつかの小さな諸島を従えている。
浮遊島の上にはピラミッドのような四角錐の人工的な建築物が一つある。それは、大理石やレンガのようなものではなく、金属光沢がある青黒い透明なガラスの様な素材に見えた。
その他には、上空6000mの世界とは思えない木々や草花があり、緑が広がっている。外気と隔絶した空間であることが窺えた。
「天空城と言われている割に城要素ねぇじゃん……」
俺は財宝は期待できないことに少し気落ちする。
「ま、本来の目的は財宝目当てではないからよしとしよう。何か分かると嬉しいが……」
入念な偵察を終えて安全を確かめた後、着陸へと踏み切った。
〜〜〜
「よし、これで風に流されはしないだろう」
無事に浮遊島の中央に着陸し、気球を係留して一息着く。
「さてさて。問題はあの建物か……」
正面に見える四角錐のピラミッドに足を進める。
「ふむ。四角錐に見えていたが、正八面体だったか」
地面に下半分が埋まっているのに気づいて、その建物の全貌を知った。
縦横20mはあるそのオブジェクトの外周を観察し、そして俺は途方に暮れるのだった。
ーーおいおい、入り口どころか切れ目もないのはどういうことだ……。
セラミックなのかガラスなのか、それとも金属なのか。
材質も不明で俺は手で触れてみる。
「ーー!?」
俺の触れた表面が光る。
まるで、液晶画面のように。
「なんか……やばいか……?」
青黒かった表面は青白く光りだし、幾何学的な模様を表示し出す。
そして、驚くことに変形しだした。
俺はただその光景を呆気にとられて見つめる。
ーー中から出て来るのは、鬼か蛇か……。
もはや逃げても間に合わないことを悟り、規則的に変形して内部から現れるだろう存在に、身構えるのだった。
次話 『天使降臨』
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感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。




