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11.*クレオスの心境

 

 *******


 クレオスは、目の前の青年の口から繰り出される驚異的な論説に、『溺れている』と表現するに相応しいほどのめり込んでいた。



「ーーま、待ってくれ。それでは月も自転していなければいけないはずだよ……? 君も知ってるはずだろう? 月は年中表面しか見えず……」


「潮汐ロックか。共通重心の周りを公転すると自転と公転が同期する仕組みがあってだなーー」


「ーーそれはおかしいな。ならば衛星はもっと至近にあっていいはず……。太陽系内で衛星が主星の内縁部に存在していないのは確認しているよ。君の理論では、主星の内縁部に衛星や伴星がもっとなければ辻褄が合わないと思うのだけれど」


「あー。ロッシュ限界というものがあってだな。惑星引力の合成重心が……。いやこの話をするには物質の結合力の説明を先にしないといけないのか……ややこしいな……」



 エレナを完全に置いてけぼりにしたそんなやりとりを喫茶店の一角で数時間。



「ほぁぁぁぁぁ! ななななんという! なんということだ!? そんなことが! いやしかし……!」


 喫茶店内にクレオスの奇声が響く。


 クレオスは目の前に座る青年の口から紡がれる言葉が、世界を震撼させる知識であることを察した。



(こんな仮説は今まで聞いたこともない……。だが、なぜだろう? 理路整然とし、否定できないロジックで積み上げられるこれは……。まるで既に完成した理論の様な圧倒的な説得力……)


 当然である。

 既に完成され、観測的に実証された天体法則を話す夜斗の言葉は、文字通りの摂理。仮説ではないのだから。



 17世紀に発表され、地動説を確固たるものにしたケプラーの法則や、その基礎となる万有引力なんてものは、夜斗にとっては数百年以上前の知識であり、天文学の基礎。


 だが、21世紀の物理学を学んだ夜斗が、この時代の人にそれらを語れば、もはやそれは神との邂逅に等しかった。


「き、君は真理の扉を開いたというのか……?」


 クレオスは、そう聞かずにはいられなかった。


「なんだそれ……。そんな扉は知らん。シュタインズ的なゲートか?」


「……しゅ、しゅた……?」

 夜斗のネタがクレオスに通じるはずもない。


(訳が分からないよ。これほどの知識……。これほどの知恵……どこで手に入れられるというのだ。彼は一体……)

 クレオスは目の前の得体の知れない相手を前に、肌の表面が急激に冷えるのを感じる。


(彼が何者で、この知識をどこで手に入れたのかは今はどうでもいいことだ。だが、これはありえない。このボクでさえ耳にしたことのない理論の数々。けどなぜだろう。直感的に正しいと思ってしまうこの違和感は……)



 そして、彼の中で導かれた答えはただ一つ。


「……これは、超古代文明の知識!?」


「ぉ……」


(その結論に行き着くか。聡いな……)

 夜斗はクレオスの言葉に僅かに驚きの声を漏らした。


 既に滅んでなんの記録もない超古代文明の知恵だとは気付かないだろうと高を括っていた夜斗だが、クレオスがその結論に辿り着いたことは想定外だった。


 だが、クレオスの頭脳を持ってすれば当然だった。

 この時代には明らかにそぐわない情報の塊。夜斗が考えている以上に、それらはクレオスに衝撃を与えていた。



「否定はしないのを見ると、やはりそうなんだね……」


「……」

 クレオスの言葉に夜斗は回答を躊躇った。


 隣で黙って様子を伺っていたエレナも、クレオスが核心部分に触れたことに冷や汗を垂らす。




(クレオスが大の超古代文明嫌いだとエレナから聞いている。俺がその生き残りだとまでは想像できなくとも、これは失態だったか……?)

 夜斗は一瞬考えた後に、決意を固めて告白した。



「……結論から言えば、……その通りだ」


 夜斗は誤魔化して後々関係が悪化するのを考えると、正直に話した方が良いと判断し肯定する。


「いやはや、まさかとは思ったが……これは格の違いというものなのかな」


 クレオスの反応は、二人が想定していないものだった。


「どうしたんだい?」


 クレオスは、夜斗とエレナが互いに顔を見合わせて驚く様子に疑問符を浮かべる。


「クレオスさんは、大の古代文明嫌いだと伺っていたのですが……」

 エレナが顔色を伺いながら尋ねる。


「ああ、そうだね。まぁ当たらずとも遠からずってことだよ。好きか嫌いかで言ったら嫌いさ。ボクがどれだけ世紀の大発見をしても、それは常に二番煎じさ。いつかは追い抜いてやろうと勝手に敵視しているだけだけどね」


 はっはっはっと軽快な笑い声と共に、クレオスは毛嫌いしている理由を述べた。


「……んだよ……。そうなのか。……ややこしい設定だなおい」

 夜斗もエレナも、てっきり魔獣被害で旧人類への恨みがあるのかと勝手に思っていたことを改める。


「設定?」


「いや、なんでもない」


「そうかい? しかしいやはや、とんだ道化だと実感させられるものだよ。彼らはボクらのどれだけ先を歩んでいたのやら」


 現生人類の多くは、既に滅んだ魔法の使えない人間なんてものは格下に見ている節がある。

 だが、クレオスはそれがとんだ勘違いで、自分たちは哀れな道化であることを自覚して自嘲した。




「……それで?対価としては相応の知識は提示したと思うが、再度問おう。天空城に行くのを協力してくれ」

(無論、これで足りないと言うなら追加弾薬はいくらでもある)

 夜斗はそんな考えをしながら、クレオスの反応を伺った。


「はっはっはっ。これが対価だって? 全く笑えない冗談だね……」


 クレオスは理解していた。これが対価にはなり得ないと。


「これは叡智の結晶。君のいう通り、百億の富にも代え難い至高の蜜さ」


 ゆえに、クレオスはこう言う他ない。


「ボクの残りの人生を全て費やしても報いきれないだろう。君が望むのならば、できる限り手を尽くすと約束するよ」



 そう言って、クレオスは目の前の青年に手を差し出すのだった。




 夜斗はクレオスの確約を取り付けて、椅子の背もたれに大きくもたれて深く息を吐く。


(予定通りだが、よかったぜ。最初のピースが手に入って)



 ”最初のピース”。

 夜斗がそういう理由は、この社会において天文学者が最も知恵ある人々だと知っているからだ。


 ◇◇◇


 学問が細分化される近代以前の学際において、天文学者は天文分野に限った学者ではない。

 旧文明でも現文明でも、農作を行う上で暦の把握は必要不可欠。そのために、天文学は即ち生死に関わる学問と言える。


 いつの時代、どの世界においても、軍事関連技術が先を行くのと同様に、農作を中心に始まる人類文明には精巧な天文的知見が必要不可欠なのだ。



 ゆえに、この自然科学が未発達な社会でも、天文学者は最も進んだ科学者と言える。

 夜斗にとってはまさしく、”最初のピース”だった。



 ◇◇◇



「それで、ボクは聞いてもいいのかな?」

 クレオスは今まで触れてこなかった核心に触れようとする。


「ん?」


「……君は、どうして超古代文明の知識を持っているんだい……?」


「うーむ……」


 夜斗はその問いに、やはりそう来るかと唸った。

 だが同時に、クレオスも手に汗を握っていた。


(これほどの知識。並の理由ではない。普通に生きていては知り得無い知恵の数々……。知恵の悪魔と契約をしたと言われても今なら信じてしまいそうだ……)

 クレオスは心臓の鼓動が早まるのを感じながら、夜斗の答えを待つ。


「どうして超古代文明人の知識を持っているのかだって……?簡単なことだ」

 夜斗の開いた口に、クレオスは息を飲んだ。


「俺が超古代文明人の生き残りだからだ」

「ーー!?」



 夜斗は正々堂々と暴露する。

 クレオスが旧文明を嫌っていた理由が濃厚で悲観的なものでないと知っているから。

 いずれ告白しなければいけなくなると思ったから。


 そして何より、自分が旧人類であることになんの後ろめたさもなく、むしろ誇りに思っているからだった。


 クレオスは夜斗の言葉の意味を探る。

 だが、何度反芻しても、それは目の前の青年が超古代文明人であること以外の解釈が出来ない。


「まさか……。いや、そんな、バカな……」

 僅かな混乱の後に言葉に出たのは、カタコトの言葉だった。


「嘘だと思うなら、俺に魔法を放ってみるといい」

「……到底信じられ無い……。けど、確かにそれなら辻褄が会う。しかし、どうして……」


 クレオスは独り言の様にぶつぶつと呟きながら思考をめぐらす。


「俺も知らん。寝て起きたらこのファンタジー世界だ。二度寝してたらユートピアで目覚めてたかもな」

 夜斗は冗談まじりに軽く答えた。


「……そうかい」


 白昼夢を見ているような感覚に襲われ、クレオスは呆然とする。


「おい、大丈夫か?」


 あからさまに狼狽えるクレオスに、夜斗は心配した。


「あ、あぁ。すまないね。少し混乱しているようだ。そっちのフロイライン……まさか君も……?」

「いえ、私は人族です。帝国生まれの帝国育ちです。訳あって国外追放されてヤトさんに拾われここにいます」

「……そうかい」


 クレオスは、夜斗の隣に座る少女が普通の人族であることに安堵するも、国外追放という単語に深入りしてはいけないことだと感じた。



「本当に大丈夫か?」

 夜斗は、クレオスの引き攣った表情に再度尋ねる。


「……ああ、うん。大丈夫だよ」


 クレオスはゆっくりと顔を上げて、夜斗を見た。


「一つ思ったんだ」


「ん?」


「超古代文明人の君が、ボクを必要として協力者に選んだ……。それはつまり……」


 神話の彼方にのみ存在した超古代文明。その化身が目の前にいることにクレオスは震えた。


 ライバル視していた超古代文明人は、自分たちより遥か先を生きているのだとついさっき痛感させられたばかり。


 だが、そんな超古代文明人が、自分を協力者に相応しいと選んで近づいてきたことに、言葉には表せ無い感情を抱く。


「あの超古代文明に、ボクが最も近づいていたと思っていいのかな?」


 夜斗の目に、クレオスが子どものような輝きを持つ瞳が映る。


「ああ。俺が保証しよう、クレオス。あなたの地動説は歴史に名を残す。この文明で最も先進的な一人だろう」


 夜斗の言葉に、クレオスは顔を手で覆って机に肘を付いた。


「……色褪せた人生を140年。今日初めてボクは、ボクの生きていた意味を見つけたような気分だよ」

「大袈裟だな……おい。だが、俺とくれば、決して退屈させないと約束しよう」



 夜斗は不敵な笑みを浮かべて、クレオスにそう言うのだった。



 *******

次話 『翼のない人間が空を飛ぶ方法』


下の☆☆☆☆☆から作品への評価ができます。

感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。

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