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10. 頼るべきは天文学者

 俺がエレナと共に、王国にあるミトレス商業都市に来てから3週間が経つ。


 この街に来た目的は一つ。アルトシス天空城への上陸である。


 遥か上空に浮かぶ天空島は、超古代文明の遺産(アーティファクト)だと言われている。


 ーーつまり、俺のものだ!


 とまぁ、流石にそれは暴論すぎるのは百も承知。

 だが、誰も行けないというなら俺が行くしかないだろう。


 金になる害獣フェンリルを売って手に入った約1億Gゴールド。これだけあれば、天空城に行くことは難しくない。



 とは言え、俺一人でどうにかなる問題でもないのは事実だ。



 街を歩きながら、空を見上げる。

 北の空に見える浮遊島。大きさ的には黒い小さな豆粒程度しか見えない。


「やはり、高積雲ひつじぐもと同じぐらいか……」


「最近、ヤトさんは空を見上げてますね。天空城に何か変化がありますか?」


 隣を歩くエレナが、不思議そうに尋ねた。


「高さを調べてるんだよ」


「高さですか?あんな高い天空城の高さを測れるんですか?」


「まぁ正確には三角測量で2地点からの角度を測れば求めれるが、雲の高さから大雑把にね」


「雲……?」


 エレナも上を見上げて目を凝らす。


「雲は高度によって作られる種類が異なるからね。積雲や、乱層雲よりは高く、巻積雲や巻雲よりかは低い。だいたい高積雲とかぶるぐらいだから、高度は5,000~7,000m程度。生身で行けない高さだとお手上げだったし」


 現実的に行ける高さだと分かれば、あとは行く方法である。



 そして今日。

 その方法に近づくピースを手に入れるべく、俺達は目的地である喫茶店に来ていた。



 無論、茶を飲みに来たという訳ではない。


 カランカランッ

 店のドアに付いた鐘が乾いた音色を奏でた。



 ーー金髪に尖った耳……。それに知的な印象を受ける片メガネの爽やか風イケメン……。アイツだな。



 店内には一人しかおらず、目的の人物だとすぐに分かった。


「マスター、今から貸切に出来るか?」

 俺はカウンターにいたエプロン姿の渋い中年男性に聞く。


「……金貨2枚だ」

 俺はカウンターに金貨を置いて、奥へと入っていった。




「やぁやぁ、キミがヤト君かな?」


「ええ」


 穏やかな声色で手を振る男に、俺は頷いた。



「あなたがクレオストラトスさんですか?」


「そうだとも。クレオスで構わない。敬語も敬称も不要だよ。気楽に行こうじゃないか、はっはっはっ」


 ふわふわとした印象を受けるその男はそう語り、俺達に対面の席を勧めた。


「初めまして。エレナと申します。ご一緒してもよろしいでしょうか?」


「これはご丁寧にどうも、お嬢さん(フロイライン)。ボクはクレオストラトス。クレオスと呼んでくれたまえ。麗しい女性と同席できて光栄だよ」



 目の前に座るのは、森霊族エルフ

 見た目は20代後半に見える穏やかで人の良さそうな雰囲気を醸しているが、実年齢は百寿を超えているとエレナから聞いている。


 現生人類の十二原種の一つで、人族よりも長い寿命と、尖った耳が特徴だ。



「手紙を拝読させてもらったよ。いやぁ、正直驚いた。頭をハンマーで殴られた気分だ」


 そう言って、一通の手紙を胸ポケットから取り出してテーブルに置いた。



 ◇◇◇



 ミトレス商業都市に来てからすぐ、俺はある天文学者に手紙を出した。


 内容は、年周視差と太陽の逆行運動についての考察。



 この社会では、天動説が主流となっている。

 遥か昔にコペルニクスが決着を付けた議題も、この新たな魔法文明では天動説が再燃していた。



 そんな中、地動説を提唱する変わり者の天文学者がいるとエレナから聞いた。

 それが、目の前の彼。クレオストラトスである。


 この王国内でも名の知れた天才と謳われてはいるものの、同時に、”変わり者”、”変人”と言われているらしい。


 感覚的に理解し難い地動説を唱える彼が、他の学者や市井で変人扱いされるのは、コペルニクスやガリレオも通った道だろう。


 だが、地動説が正しいことを知っている俺にとっては、先見の明があるという評価に他ならない。


 そこで、地動説を補完する年周視差と逆行運動の解説を手紙に記して送りつけた。


 ーー彼をこの街に呼び、俺の元に来る餌として。


 ◇◇◇



「この驚異の論説は、キミが書いたものかい?」

 クレオスは机に置かれた封書を示しながら聞く。


「いや、書いたのは俺だが提唱者はニコラウス・コペルニクスって人だ」


「ふむ。聞いたことない名だね」


 ーーだろうよ。記録さえ残らない遥か過去の偉人だ。


「昔の人だ。今はもういない」

 俺はそう答える。


「そうかい……それは残念だ。それで、君はこれをボクに見せて何がしたいんだい? 今日この場所に来るようにだけ指定して」



 手紙に綴った内容は、所詮は餌だ。本題は別にある。



「エレナ、何か頼もう。マスター、俺にも彼と同じものを」


「では、私も同じものをお願いします」


 俺はクレオスの質問は一旦保留にし、彼と同じ紅茶とパンケーキを注文した。




 俺が求めるものは、彼の協力だ。

 いくら俺が超古代文明人だからと言っても、誰の手も借りずにアルトシス天空城には辿り着けない。人は一人では無力だ。

 だから協力者は必要不可欠。


 ただの協力者ではなく、ずば抜けた天才的な頭脳を持つ者なら逃す手はない。



 天動説一色だった社会に、最初に一石を投じた天才。

 そして、人族より倍近い長寿が培った知識量。

 今は教会からも解任されて、フリーらしい。


 協力者にするには申し分ない。人柄も悪くなさそうで、理想の協力者と言える。


 ーーただ一つ、彼が大の超古代文明嫌いだということを除けば……。




 俺はどう切り出そうかと考えながら、注文したケーキを口に運ぶ。


「なんだこれ、……甘くないな」


「そうかい? 十分甘いじゃないか」


「蜂蜜ケーキなんて久しぶりですっ! 美味しいですね」



 俺と同じものなのかと本気で疑いたくなる様な様子で、エレナはパンケーキを頬張った。


 ーーさてと。


 俺は彼の協力を求めるべく、担当直に本題を切り出すことにした。



「一つ、協力して欲しいことがある」


「ほぉほぉ、どんなことだい?」


「アルトシス天空城への上陸」


「……」


 俺の発言に、クレオスの動きが止まった。手にしていたフォークが滑り落ちて、机でカシャリと音を立てる。


「す、すまない。聞き間違えたようだ。キミが天空城に行こうとしてると……」


「しっかり聞こえてるじゃねーか」


「……」


 再び固まるクレオスの時間が動き出すのを待つ。


「はっはっはっはっはっ。面白い話だね。わざわざボクを呼び出して、冗談を言う人は初めてだよ」


「いや、冗談ではないぞ」


「それこそ、冗談だろう? そもそも、超古代文明人の遺物に挑むのなんて虚しいだけだよ。ボクはどれだけ金貨を積まれてもお断りだね。超古代文明には関わりたくないものだよ」



 ーー嫌われすぎだろ……旧人類……。


 本人が真っ向から断ることを強制は出来ない。

 だが、他に人材を探すのはそれはそれで大変だ。だから俺は、最後の足掻きとも取れる報酬提示を行なった。


「対価は、新しい天体運行知識。金では絶対に手に入らない価値のものだ。無論、正当な賃金も支払う」


 ピクリとクレオスのこめかみが動いたのが見えた。


「知識……?」


「ああ」


「はっはっはっ。それは対価にはなり得ないよ。聞かねばその価値を理解できない。けど、一度聞いてしばえばもう対価とはならない」


「確かにな。なら、俺が今一方的に語る。そしてそれに価値があると思えば協力する。それでどうだ?」


 俺の提案に、クレオスは目を丸くした。


「聞き逃げされる心配をしないのかい? ボクが価値がないと偽れば、いくらでも誤魔化せてしまうよ?」


「その心配はしていない」



 なぜなら、もし価値がないと本気で思うなら、その程度の奴は協力者として必要ない。

 価値があると僅かにでも思えば、その先を知らずにはいられない。それはもう、こちらの手中だ。


「大した自信だね。そこまでボクを信じてくれるのは嬉しいよ」



 ーー信用からじゃない。もっと打算的で確定的な理由だ。だが、そう思ってくれて構わないさ。


「それで、どうする? 俺の話を聞いて協力するか、聞かずにこのまま帰るか」


「はっはっはっは。話を聞いて帰るという可能性はなしかい?」


「ないな。あなたが天文学者を自称する限り」


「それは興味深いね。」


 そしてクレオスは、俺の話に耳を傾けるのだった。

次話 『*クレオスの心境』

下の☆☆☆☆☆から作品への評価ができます。

感じたままで構いませんので、よろしくお願いいたします。

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