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01. 魔法帝国からの追放

 住所不定、無職、二十歳独身。


 そして肩書きを名乗るなら、『今は”超古代文明”と呼ばれる西暦の世に生きた、最後の旧人類』とでも言うのだろう。



 その日、俺は皇帝に呼び出されていた。



「貴様! 一年も掛かってこんなガラクタしか生み出せんのかっ!」


 ガシャンッ! というひび割れた音と共に、木材でできた箱が破片となり、中から歯車が飛び散る。


「…………申し訳ありません……」


 玉座にのけぞる50代の皇帝の怒鳴り声に、俺は床に頭を付けて詫びた。

 その心のうちに、僅かな謝罪の念も抱いていなくても……。


「貴様は”超古代文明人”なのだろ! 魔法も使えぬ下等な猿を、神聖なる我が帝城においてやっているんだ! これ以上無能を晒すなら、貴様を生かしておく価値もないッ!」


 ーー置いてやってる? 監禁の間違いだろ。


 俺は込み上げる怒りを抑えて、従順な態度を取る。

 ここで下手に反感を買えば、俺の命が危ういからだ。



「氷の大地からの掘り出し物だとはいえ、所詮は魔法も使えぬ旧文明の劣等種族か。穀潰しめ」


 皇帝は俺を蔑む様に見下ろしながら呟いた。



 ◇◇◇


 二年前、俺は永久凍土で発掘されたらしい。

 俺がなぜ長い長い眠りについていたのか、そしてその間に何があったのかは定かではない。


 だが、俺はこの魔法文明社会に生きる現生人類とは明らかに違う点があった。


 ”魔法”。

 それが俺と現生人類との絶対的な違い。


 俺が深く長い眠りについている間に、世界は変貌していた。

 国家も、地形も、言語も、宗教も、文化も、生態系すら、俺の記憶にあるものはことごとく……。


 文明は衰退したあげく、人ならざる存在が跋扈ばっこする世界となっていた。


 ただ一つ分かったことは、俺の知る人類史は、”超古代文明”という形で神話につづられる程の時空の彼方ということだけだった。


 ◇◇◇




「神話には、古代文明人は空を飛び、大地を駆け抜け、星をも渡る力を有していたと伝承にある」


 皇帝は侍女から黄金のさかずきを受け取り、自分の鼻の前で揺する。


「貴様もその生き残りなら、古代文明遺産アーティファクトの一つや二つ、作ってみせよ」


 ーーんな……。無茶苦茶な……。そんなものを、この中世程度の文明社会で作れるはずもない。



「……僭越ながら……申し上げます」

 俺は乾いた喉を振るさせて、皇帝を仰ぎ見る。


「献上したそちらの品は、何がお気になされないのでしょう。それも十分にーー」


「たわけっ!」


 ガチンッ!


 俺のすぐそばの大理石でできた床に、皇帝の手にしていた盃が当たり激しい音を立てた。

 その中身の赤ワインが、俺の着ていた服を染める。


「振り子時計と言ったか!? こんなものがなんの役に立つ! これで腹が満たされるのか!? これで戦に勝てるのか!? 少しは余のために役に立つものを生み出せ!」


 充血した目で怒り露わに、皇帝は俺にそう怒鳴りつけた。


 俺は黙って再び頭を下げる。


 ーー振り子時計もこの時代にしては十分なオーパーツだろ……。それを作るのにどれだけ苦労したと思ってんだ。機械文明の基礎であり、歯車工学とリンク機械工学の出発点だぞ。その価値も理解できない原始人風情がほざくな。


 と、心の中で思うも、そんなことを言えるはずもなかった。



「もうよい。期待外れだったようだ」

 皇帝はそう呟くと、片手を上げて合図を出した。


 背後に護衛として立っていた二人の兵士が、俺に近づく。



「こいつはもう使えん。用済みだ。汚らわしい劣等種族め。国から追い出し、二度と我が神聖な帝国の地を踏ませるな」

「「はっ!」」


 悲報、国外追放のお知らせである。


 ーー嫌われてんなぁ……俺。


 尤も、俺が何かした訳ではない。


 だが、理由は明白だ。


 この世界に蔓延はびこる生物ならざる存在、”魔獣”を生み出したのが超古代文明人。


 つまり、我が同胞の過去の過ちらしい。


 ゆえに、彼らにとって俺は魔法も使えない劣等種族であり、世界に混沌を誘起させた害悪種族だという認識なのだ。



「連れていけ」



 俺は両腕を掴まれ、引きずられる様に連れて行かれるのだった。



 〜〜〜



「イテイテっ!?」


 まるで家畜の様に、槍先で背中を突かれながら鉄格子のついた馬車に乗せられる。


 扉が勢いよく閉まり、かんぬきが掛けられた薄暗い荷台の中に、人影があった。


「先客がいたか」


 膝を抱えて俯くその人は、肩に届くほどの髪から女性であることが伺える。

 彼女は、俺の声でゆっくりと顔を上げた。



「……誰?」

 掠れる様な小さな声で、乱れた髪の間から朧な瞳を見せて俺に尋ねる。


 光が届かないこの暗い場所では、余計に陰気くさく見えた。


 淡い黄金色の髪と翠眼の彼女の姿に、まだ幼さの残る10代後半だと気付く。


 彼女の服装は、この馬車とは似合わない仕立てられた華美なものだった。


「俺は、ヤト。皇帝から国外追放宣告を受けてね。これから新天地での新たな生活に、希望に胸を膨らましているところ。……君は?」

 俺は彼女とは対照的に、陽気に振る舞う。


「……そう。御愁傷様ですね……」

 だが、彼女は、再び自分の膝に顔を埋めた。


 ーーあれれぇ……。言葉のキャッチボールってご存知ない?



 ゴトリと荷台は揺れ、馬車は動き出す。


 ーー久しぶりの同年代の女の子に、俺としてはテンション上がるんだが。……特に綺麗な少女ともなれば。


 ここ2年。軟禁状態だった俺にとっては、監視役の兵士と世話役の執事ぐらいしか話し相手がいなかった。


 青春時代に苦い思い出を味わうことすらなかった俺としては、折角の機会に対話の窓を閉じられるのは心に刺さるものがある。


「人の出会いは一期一会ともいうし、名前ぐらいーー」


「それの何か意味があるのですか……」


 再び彼女は重たそうに額を上げてこちらを見る。だが、その瞳に映るのは、俺ではなくその先にある未来を見据えている様だった。


「意味、か……。意味があるかないかではなく、意味を見出せるか見出せないかだと思うけどな」


「……では、残念ですがなさそうです。どのみち私たちは殺されるのですから……」

 彼女は自嘲を含んだ笑みを俺に見せた。


「……え?」


 ーーこの子がなぜこの場にいるのかは知らんが、俺は国外追放だ。処刑宣告ではない。


 そんな俺の疑問を察したのか、彼女は俺に語った。


「知らないのでしたら教えてあげます。近衛兵が、私たちをわざわざ帝都から国境まで運ぶと思いますか?」


 彼女の言葉に、俺は息を呑んだ。


 ーー確かに、帝都から最寄りの国境まで馬車でも数週間かかるはず。この馬車を引く兵士と、隣を馬で走る兵士のたった二人だけで、そんな長距離を移動する様な規模でも装備でもないか……。



「適当なところで抹殺して、残りを休暇にするのが近衞兵団のやり口ですよ……」


「……なるほど、営業に行くふりしてパチンコに行くのやつの凶悪版か……」


「ぱち??」


「あ、いや、こちらの話」


 ーーしかし、殺しにくるというなら、こちらも相応の()()をしないといけない……。



「で、君は何をやらかしたんだ?」

 沈黙という気まずい空間に耐えれず、俺は話を振る。


 罪状次第では、見殺しには出来ないな……という浅はかな正義感からの質問だった。


「……私は、欠陥品だから……」

 ぽつりと呟く様に出る彼女の言葉に、俺は首を傾げる。


「私は帝国貴族に名を連ねるものでありながら、魔法的才能に恵まれなかった……。それが私の罪……」


 彼女の言葉を理解するのに、俺は時間を要した。


「魔法の九割は才能に依存し、才能の九割は血筋に依存する……か」


 この魔法文明社会で帝国が圧倒的な軍事力を有しているのは、帝国貴族が突出した魔法師集団だからだ。

 それは、徹底した血統封建制度の上に成り立っている。


 そこに劣った血が現れれば、排除する。



「帝国貴族が非才な子を”いなかったことにする”という話は耳に挟んだことはあるが……。まさか……」


 彼女は再び顔を膝に埋めて、小さく頷くのだった。


「魔法、ねぇ……。それで欠陥品とは、随分と馬鹿げた評価だな」

 俺は「ふっ」と鼻で笑ってしまった。

 その言葉に、彼女の俯く顔がピクリと動く。


「……あなたは帝国貴族ではないですね」


「ああ」


「…………あなたには、分かりませんよ……」


 そう溜息混じりに吐露する彼女の言葉に、俺は言い返す気は起きなかった。


 科学が未発達な社会で、超常的な現象を可能とする”魔法”の恩恵は大きい。

 ゆえに、魔法の利便性や優位性は絶対的なものだと誰もが疑わなかった。


 そしてそれは、魔法至上主義社会を形作る。



 ーーチッ。


 俺は心の中で舌打ちした。



「……で? このまま大人しく殺される気か?」


 俺の問いに、彼女は無言の肯定を示した。


「……あなたに魔封具が付けられていないのを見るに、あなたも私と同じ低級でしょう……? 私たちが近衛兵に勝てる訳はずもありませんよ……。嬲られ辱めを受けるぐらいなら、潔く死んだ方がマシです……。これが私たちの運命だったんですよ……」


 そう言って再び縮こまる彼女に、俺の心に苛立ちが積もる。


 彼女に対してではなく、そう卑屈にならざるを得ない世界にだ。


「なるほど。魔法至上主義社会になる訳だ。弱者が最初から牙をもがれて奴隷根性が染み付いてたら、そりゃそうなるか」


 俺の言葉は思いの外、棘のある口調で放たれた。


「あ、あなたに何が分かると言うのですかっ!?」

 彼女の癪に触ったのか、睨む様な目で俺を見る。


「さぁな。でも少なくともこの世で一番、()()の可能性を知ってるさ。まぁ、”人族”の、ではないかも知れんがな」

「……なにをーー」



 ガチャリ


「降りろ」

 馬車が停止し、兵士が槍を向けながら俺たちを外に連れ出す。


 そこは、帝都から少し離れた山の切り立った崖上だった。


「……念のために聞くが、なぜここに来た?」


 俺の質問に、兵士が嫌な笑みを浮かべながら答えた。


「死体の処理は面倒だからな。ここが格好の処刑場だ」


 地面に黒ずんだ液体が染み込む土が見える。ここでこれまでにも人知れず殺された人がいるのだろう。


 ーー彼女の言葉は真実だったか……。



 槍を持った兵士と、後ろで馬車に寄り掛かり、腕を組む剣を携えた兵士の二人。


 俺たちには手枷も足枷もない。


 ーー随分と舐められたものだ。まぁ、武器もなく大した魔法も使えない二人を相手に、精鋭の近衛兵が負ける訳もないから当然か……。



「そら、さっさと飛び降りて死ね」


「これは()()だ。今すぐ自分の仕事に戻れ」


「ハッ! 何を言うかと思えば。誰も気づきゃしねーよ。どうせお前達は国外追放だ。早く逝け!」


 ーーそれはもう、この国ではなく、この世からの追放なんですが……。

 背中を槍先で突かれながら、崖の際に追いやられる。


「……こんな人生……生まれるんじゃなかった……」

 嘆く様な呟きが、隣を歩く少女から聞こえる。


「……それには賛同しかねるな」

 俺は深く一呼吸をして言った。


「覚えておくといい。魔法など所詮は小手先の力。人の強さの本質は、法理も分からん得体の知れない力ではなく、実直に積み上げた知識と、理論に基づき導かれた叡智。すなわち科学」


「……な、何を言ってーー」


「魔法の優劣で、人の価値が決まる訳でもない。ましてや、魔法に劣る者が自ら迎合すれば、その溝は永遠と埋まらない」


 俺の不可解な言動に理解を示すこともなく、ただただ呆然とする少女に俺は笑みを見せた。

「魔法が絶対的な力でないということを、見せてやろう」



 俺は悠々とした態度で、降りかかる火の粉を払うべく、目の前の”敵”を始末する決意を固めるのだった。

次話 『魔法が使えない人間の戦い方』


少しでも気になった方は、2話目まで読んでいただけると幸いです。

(多分、好き嫌いが明確に分かれるので…)

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