#7 食事
うう……やはりこいつらは、魔族だ。
私の身体を、あのようなもので弄ぶなど、人族のすることではない。
風呂場というところに入ると、全裸の私を待っていたのは、二本腕の魔物だった。それが私の身体のあちこちを弄り、泡だらけにされる。
なんでも、水を節約するためだとかで、ここでは自分で自分の身体を洗うことができないという。このロボットとかいう魔物に、身を委ねるしかない。
ベントーラという女も、同じくその魔物に身体を洗わせていたが、とにかくこの魔物の腕が全身を洗っている間は、手を横に伸ばしたまま動くなと女魔族から言われ、私はその場を耐える。しかし、なんとも屈辱的だ。
で、最後にお湯をかけられて泡を洗い流されると、その後は浴槽にてお湯に浸かり、身体を温める。そこは良かったのだが、風呂から上がるや、何やら奇妙な服を手渡される。
胸当てと股当て、とでもいうものだろうか?服の下に着る「下着」なるものを着せられた。これがなんの意味があるのかわからないが、ともかくこれをつけろという。
で、その上から、群青色の男装の服を着せられる。私は、王国より認められた魔導師なるぞ。何ゆえこの騎士団のような格好をせねばならないのか?
「いやあ、だってエリゼちゃんのあの服、汚れてる上に、あっちこっち破れてるよ。さすがにあれを着るわけにはいかないでしょう?」
この女、いちいち言うことが尤もだ。言い返せない私は、実に不甲斐ない。
そして、私は食堂というところに連れて来られた。
「ああ、来た来た」
そこで待っていたのは、私が最初に出会った魔族、ディーノだ。しかも、その周りには大勢の魔族がいる。
「あれが、魔法少女か?なんだ、まるで女性士官のような格好じゃないか」
「それはしょうがないよ。竜のようなモンスターに襲われて、危うく命を落とすところだったんだから。服もぼろぼろで、軍服を着てもらうしかないんだ」
「ほーん、そうなんか」
ディーノが、他の魔族らと私の話をしているようだ。ここにいる魔族らは、ディーノよりも失礼なやつだな。やつら、私のことを魔導師ではなく、「魔法少女」などと呼んでいる。何だその呼び名は?意味は分からないが、何となく軽く見られているように聞こえる。まさしく、魔族と言わんばかりのやつらだ。で、私はベントーラという女魔族に引かれて、ディーノの元に連れて行かれる。
「それじゃあピエラントーニ中尉殿、あとはお願いします。私はまだ職務が残っているので。では」
とだけ言い残し、ベントーラという女魔族はその場を去る。
で、私はこの屈辱的な男装と、大勢の魔族の真ん中に置いて行かれた。しかもここにいる魔族は、男ばかりだ。
ここは食事を摂る場所だと言うが、魔族の食事とは、何なのだろうか?まさか、私自身が食材として捧げられるのではあるまいな。
だいたい、あれは何だ?食事を摂る場所だと言っていたが、奇妙な食べ物ばかりではないか。茶色の液体で染められた、何かの肉片と思われるものをナイフ切り刻んでそれをフォークに刺して口に運ぶ者、薄黄色の木の枝のようなものを摘んでは口に運ぶ者、陶器の皿かと思いきや、それに切り込みを入れて引っ張り上げ、その上に載った赤や緑の焼いた野菜と干し肉ごと、それを食らう者。魔族の食事とは、何と悍ましいものか?
「あ、なんだ、エリゼさんは、ハンバーグにフライドポテト、そしてピザが気になりますか?」
その得体の知れない料理を指差して、私に誘いかけるディーノ。
「いや……やはり魔族とは、恐ろしきものを口にするものだと……」
「恐ろしいものじゃないですよ。食べてみれば分かります」
といって、ディーノは黄色い小枝のようなものを私に渡す。
私に、木の枝を食えというのか。なかなか鬼畜な魔族だな。しかし、私も草原を歩き回り、挙句に魔力を使い果たした。魔族のエサでも、腹に入れねばならぬほど追い込まれている。
うう……王国公認の魔導師が、パーティーを追われて、小枝を食わされようとしている。虚しくなるなぁ。そんなことを思いながら、私は手渡されたその小枝を口に入れる。
……随分と、柔らかいな、これ。おまけに、塩の味が効いていて、美味い。枝だと思っていたが、これはイモの一種だ。蒸したイモに塩味をつけたもののようだが、それにしては癖になりそうな味だ。
「フライドポテト、気に入ったみたいですね」
と言ってディーノは、ドサッと、その小枝のようなイモが入った皿を目の前に置く。さらに摘んで口に入れるが、とても美味い。気づけば私は、それを平らげていた。
何という魔導を使えば、イモがこれほどまでに美味くなるというのだ?しかも、あれほどたくさん食べていても、イモの毒にやられている気配がない。あのイモは確か、食べ過ぎると頭痛や目眩が起きるものだが、山と積まれたそれを食べたというのに、何の変調もない。
「いい食べっぷりですねぇ。じゃあ、次はこれ、ピザ、いきましょうか」
と、今度は干し肉と焼き野菜の乗った皿だ。それを皿ごと切り取って、私に手渡してきた。恐る恐るそれを受け取り、一口食べる。
ああ、何ということだ。この皿は、食べられる。というか、皿じゃないな、これ。その皿と思しきキツネ色の下地の上には、干し肉と野菜だけでなく、チーズも敷かれている。暖かいそれは、私の喉を伝って身体に染み渡る。
魔力が、みなぎる。魔族の食べるものだけに、凄まじいほどの回復力だ。今なら、あの翼竜など一撃で倒せそうなまでの水弾を放てる自信がある。
と、なると、あの黒茶色の液体で覆われた謎の肉も、食べてみたい。あれは一体、何物だ?すっかり魔族飯に洗脳された私のお腹は、すでにあれを欲して止まない。
それを見透かしたように、ディーノのやつが、私の前に、その謎肉をコトッと置く。
「さあ、エリゼさん、そろそろこのハンバーグが食べたくなったんじゃないですか?」
気づけば私は、この魔族に向かって首を縦に振っている。ああ、私のお腹は、魔族の誘惑を前に、まさに堕ちようとしている。