#53 怪物
「ぐああああぁっ!」
いきなり雄叫びを上げているのは、頭が牛の、人型重機ほどの背丈の巨体。それが、左右に2体いる。
「なんだ!? 今度は、牛の化け物かよ!」
ディーノが叫ぶ。すぐに銃の引き金を引き、あれを撃つ。
バリバリと音を立てて、散発的に放たれる青白いビームの光。だがそれは、その牛の化け物に当たっては、すり抜けていく。
さっきの夢幻の騎士とは違い、それはその巨体の体に穴を開ける。が、瞬く間にそれは塞がり、まるで効果がない。
ジリアーニ殿もコルティ殿も同様に銃で狙い撃つが、やはり結果は同じだ。裁縫の針立てに針を突き刺すが如く、何筋のビームを刺しても一向に倒れる気配がない。
「一時、撤退だ!」
結局、無敵の牛の化け物に押されて、扉の裏側に戻る。バタンと閉じられた扉、そこは物言わぬゴブリン共の山と血生臭さの残る場所。
「あの、コルティ大尉。さっきから思うことがあるんですけど……」
そこでジリアーニ殿が徐に口を開く。
「なんだ、ジリアーニ中尉」
「実は、蜘蛛の化け物が出た辺りから、我々の攻撃が全く効いておりません。もしかしてここは、ビームやバリア兵器がほとんど効かない化け物で固められてませんか?」
「ビームが効かないって、いくらなんでもそれは……」
コルティ殿は反論しようとするも、すぐに思い直したのか、口を閉ざす。しばらく考え込んだ後に、こう応える。
「……いや、現実を認めるしかないな。あの蜘蛛の巣といい、夢幻の騎士といい、そして今の牛の化け物といい、我々の攻撃はまるで通じなかった。とどめは、ライナルト殿の魔導や、コンラーディン殿の剣だった。ジリアーニ中尉の今の進言は、無視できないだろう」
「ちょっと待ってください、大尉! ではこの先、どう戦うんですか! まさか、武器を使わずに戦えと!」
ディーノがコルティ殿に詰め寄る。彼が言いたいことはよく分かる。なにせ勇者パーティーの皆も、あの武器を頼みにしてここまでやってきた。それが効かないなんて言われてしまえば、ここまで来た甲斐がない。
「いえ、ピエラントーニ中尉、そうでもないわよ」
「そうでもないって……どういうことなのさ」
「そんな化け物連中相手に、2度も勝ち進んできたじゃない。そこから導き出せる結論は、ただ一つ」
「結論?」
「ここの敵は、この星の剣や魔導なら通じるってことよ」
ジリアーニ殿のこの断言に、一同は沈黙する。
「……つまりロジータよ、あれを倒せるのは、俺の火の魔導だと言いたいのか?」
「あなただけじゃないわよ、ライナルト。他にも3人、いるじゃない」
「ゾルバルトの光、エリゼの水、コンラーディンの剣、か」
「それらを組み合わせた作戦を考えるべきね。てことで、あの牛の化け物を倒すには、どうすればいいかしら?」
「ゾルバルトは、一度放ったら二度目はない。機会は、一度きりだ。なら、俺の火の魔導であれを1体づつ焼き払うしかないな」
と、ライナルト殿がそう応えると、コンラーディン殿が呟く。
「……あれは、ミノタウロスだな」
それを聞いたゾルバルト様が、それに応える。
「ああ、間違いない。ミノタウロスだ」
「ミノタウロス? それがあの化け物の名前だっていうの?」
「そうだ。聖典にはそう、書かれていた」
「聖典?」
「王国正教の聖典だ。そこには、魔王の下僕に、牛の頭を持つ異形の巨人、ミノタウロスが2体いると書かれていた」
「なにそれ? つまりあれは、その魔王を守るために立っていると?」
「そうだ。そしてその化け物は、傷を負ってもすぐに復活する、無敵の巨人だというのだ。まさに我らが今、見たままだな」
それを聞いた一同は、再び沈黙する。そういえば確かに、ビームを当ててもすぐにその穴が塞がれてしまう。不死身の身体を持つ化け物だというのか?
「なんだよ、それじゃこの先、進めないと言いたいのかよ?」
「そうよ、なにその卑怯な敵は? そんなもの相手に、どうしろと」
ライナルト殿とジリアーニ殿が、ゾルバルト様に反論する。が、コンラーディン殿が応える。
「いや……一つだけ、倒す方法があるとされていた」
「えっ、ほんと? でも、不死身なんでしょ。どうやって倒すのよ?」
「聖典によればだ、あの2体を同時に、それも全身に及ぶほどの打撃を与えれば、ミノタウロスは消えると書かれていた。さすればこの先、魔王に辿り着くことができるであろう、と」
「えっ!? ちょっと待って! じゃあ、あれを倒せば魔王に出会えるっていうの!?」
「おい、そんな話、聞いてねえぞ!」
「……外から来たジリアーニ殿はともかく、ライナルトよ、お前はこの話、知っていて当然だろう。我々は魔導師養成所や騎士団養成所で、その魔王を倒すためにあらゆる知恵を習得してきたではないか」
ライナルト殿を詰るコンラーディン殿は、ちらりと私の方を見る。私はこくこくと頷く。いやあ正直いうと、私も知らなかったんだけどね。
「……まあいいや、そういうことなら、話は早い。俺とゾルバルトの魔導で、同時にあれを撃てばいいってことだろう」
「それはそうだが、一つ問題がある」
「なんだよ、問題って?」
「今ごろ、あの2体のミノタウロスは、扉が開くのを待ち構えている。そんな待ち伏せをかわしながら、あれを攻撃できるのか?」
コンラーディン殿は、あまり魔導のことを信用していない。特にゾルバルト殿の方は、一度外したら二度目がない。そんな魔導だけに頼った戦い方に、以前より不信感を露わにしている。
「大丈夫よ、もう一人の魔導師を使うわ」
「もう一人って……こいつか」
「そう、こいつよ、エリゼちゃんよ」
コンラーディン殿もジリアーニ殿も、私のことを「こいつ」呼ばわりだ。何、その物扱いな言い方。私はムッとする。
「エリゼちゃんなら、あの扉を開いた先にいるミノタウロスを狙い撃てるでしょう」
「え、ええ、まあ」
「おいロジータ、狙い撃てても、相手は巨人だぞ。エリゼの魔導如の威力では、びくともしないぞ」
「大丈夫よ、エリゼちゃんの水魔導って、水素が多量に含まれてるんでしょう? ならそこに銃で撃てば、その衝撃で吹き飛ばせるんじゃないかってね」
「そりゃ吹き飛ばせるだろうが、その程度で倒せるのかよ?」
「倒す必要はないわ。一瞬でも、隙を作れればいい。相手が怯んだその隙に、光と火の魔導を放てればいいのよ」
えっ、私の魔導って、隙を作るだけのために使おうっていうの? なんだか、釈然としないな。
「てことで、エリゼちゃん、いくわよ。コルティ大尉」
「了解だ。それしかないな……よし、ピエラントーニ中尉」
「はっ!」
コルティ殿がディーノを呼ぶと、扉の左右に立つ。やや下がったところに、ジリアーニ殿が伏せたまま銃を構える。
「扉が開いたら、エリゼちゃんは水魔導でミノタウロス2体を攻撃、その直後に我らはすぐに銃撃、ミノタウロスが倒れたところで、ゾルバルト、ライナルトは魔導にて同時攻撃。それでいいわね?」
「ああ、了解した」
ゾルバルト様が応えると、コルティ殿が頷く。そして、私の方に目配せする。私は杖を突き出し、詠唱を唱える。
「……水の神、ネプトゥヌスよ。我に水の妖精の力を授け、我らの道を妨げる真悪なる者を掃滅せよ!」
いつもの詠唱の後、杖先には水弾が現れる。相手は2体と分かっているから、私はそれを予め2つに分ける。それを見計らったコルティ殿が、合図をする。
「今だ!」
合図と同時に、ディーノが扉を蹴る。バンッと音を立てて開く扉。コルティ殿、ディーノ、ジリアーニ殿は銃口を向ける。
そしてその先には、こちらを覗き込むミノタウロスが2体、目に飛び込む。至近だ。
その2体のミノタウロスの顔面目がけて、私は水弾を放つ。ビシャッと音を立てて、その化け物の顔で水弾が弾ける。
その弾け音を合図に、3人の銃が一斉に火を噴く。ババババッというけたたましい音とビームの筋が、ミノタウロスの顔面に吸い込まれていく。猛烈な火炎と共に、後ろに倒れる2体のその化け物。
あれだけの爆発、間違いなく頭部は吹き飛んだはずだ。だが、あの牛の化け物の吹き飛んだはずの頭は、見る見るうちにその形を取り戻していく。なんてやつだ。
だが、その動きを止めたわずかな時間に、2人の魔導師が前に進み出る。
「炎の神、プロメーテウスよ! 火の精霊を束ね、我らに仇なす巨悪を撃滅せよ!」
ライナルト殿が詠唱を始める。一方で、ゾルバルト様は無詠唱だ。杖代わりに剣を突き立て、左のミノタウロスを狙う。一方でライナルト殿は杖先を右のミノタウロスに向ける。
そして2人は同時に、魔導を放つ。
「伏せて!」
そうだ、忘れていた。ゾルバルト様の魔導が放たれた直後に、猛烈な「返し」が来ることを。直前に思い出した私は、皆に向かって叫ぶ。あわててその場に伏せる。
ドーンという音と共に、強烈な風と光が一気に押し寄せる。魔導服を介して、その熱を感じる。扉を開けたその穴からバタバタと吹き荒れる突風に耐えながら、その爆風が収まるのを待つ。
「うう……お、終わったの……?」
ようやく風が収まり、私は顔を上げる。周囲は真っ暗だ。煙が上がっているのは分かるが、誰も見えない。
まさか、今の一撃で皆、やられてしまったの?私は立ち上がり、そして叫んだ。
「ディーノ!」
だが、返事はない。しんと静まり返ってまま、何も返ってこない。まさか本当に、やられてしまったの?
と、思ったその時、急に右腕を誰かに掴まれる。
すぐ脇で、バラバラと瓦礫が崩れる音がする。その瓦礫の小山から、人が現れた。
「ゴホゴホ……いやあ、酷い目にあった」
間違いなくそれは、ディーノだ。私は思その右手を振り払い、ディーノの胴体に抱きつく。私を抱えるディーノは、私にこう呟く。
「うわぁーん! ディーノぉーっ!」
「いやあ、エリゼも無事だったのか。よかったよかった、この薄い胸も健在だ」
いつもならこの無神経な減らず口を、杖で度突くところだが、今は生存が確認できただけで十分だ。べそべそと泣きながら、私はさらにディーノを抱き締める。そんな私の頭を撫でるディーノ。
「……ちょっと、何こんなところで、見せつけてくれちゃってるのよ」
と、その脇から今度は、ジリアーニ殿が現れた。私の顔を見て、ニヤニヤと薄笑いを浮かべている。
「あ……いや、これは」
「いいのよ、どんどん抱きしめちゃって。あ、でも、それ以上はダメよ、部屋に戻ってからね」
余計なことを言うジリアーニ殿だが、そこにある人物が出現すると、そのジリアーニ殿の態度が一変する。
「あたたた……なんて派手にやっちまったんだ……うわっ!?」
「うわぁ! ライナルト、生きてたのね!」
「当たり前だろう、俺を誰だと……イタタタッ!」
同じく、瓦礫の中から現れたライナルト殿を見つけると、私と同じようになりふり構わず抱き締めるジリアーニ殿。
「みんな、無事なようだな」
コルティ殿が、照明をこちらに照らしながら呟くように言う。辺りを見回すと、コンラーディン殿、ゾルバルト様もいる。
「で、大尉殿、あの化け物は?」
「いや、分からん、未確認だ。が、全く気配がない。おそらくは、倒せたということだろう」
と言いながら、ミノタウロスがいた方角を照らし始めるコルティ殿。
明かりがゆっくりと動き、辺りを徐々に明らかにする。岩壁が崩れ、あちこちに瓦礫の山が見える。しかし、ミノタウロスは見当たらない。
ふと思ったのだが、これはほとんどがゾルバルト様の光の魔導による力だろう。もしかして、火の魔導など使わずとも、あの2体のミノタウロスは倒せたのではないか。今さらながら、そんなことを思う。
が、そんなことが瑣末なことに思えるような光景が、向こうの方に見える。
壁の割れ目から、緑色に光る貯水地のようなものが、幾つも見えてくる。それは一列に並び、奥へと続いている。
なんだろうか、あれは。私もディーノも、いや、ここにいる一同がその怪しげな物体に注目する。
恐る恐る近づいてみる。なんともいえない、生臭い香りが漂う。私はその緑色の貯水地を覗き込む。
一瞬、息が止まるほどの衝動を覚える。
そう、そこにあるのは、幾体ものゴブリン。
なにやら管のようなものに繋がれたゴブリンが、一つの池の中に6、7体はいる。
そんな池が、ずらりと並んでいる。
それを見たジリアーニ殿は、こう呟く。
「なにこれ……培養槽じゃないの。てことはまさかここ、魔物の工場!?」
「……こうじょう……?」
「魔物を作ってるところじゃないか、ってことよ!」
「えっ! 魔物を作る!?」
ミノタウロスに続いて現れた、驚愕の光景。ジリアーニ殿はここを、魔物が作られている場所だと言う。
いや、でも、魔物を作るって……どういうこと?
生臭い香りの中、私は魔物の正体を知ることとなる。




