#50 開始
作戦は、開始された。
おびただしい数の駆逐艦が、空中にずらりと並んでいるのがモニター越しに見える。その合間を行くこの強襲艦は、まもなくあの山脈の麓に到達するところだ。
『作戦開始まで、あと2分! 各機、最終点検!』
『1番機、ポセイドン! センサーよし、動力系異常なし! いつでも出られる!』
「2番機、ギガンテス! 同じくセンサー、動力系問題なし!」
4機が収められたこの船の人型重機の各々が、いつでも戦えるとの報告を指揮官に伝える。後ろに乗るだけの私も、まもなく始まる最終戦を前に興奮する。
「……胸が高鳴るなぁ。こんな気分、勇者パーティーに加わり、初めて王都を出る時以来かな」
「えっ? 胸が高鳴るって、高鳴るほどの胸が……いてっ!」
思わず杖でディーノのヘルメットを小突く。が、これはディーノなりに気を使っての言葉だろう。今度の戦いは、かつてない規模の戦いとなる。その中心に向かう恐怖と興奮で硬直する私をほぐそうとしているのは間違いない。やや、無神経過ぎるのが気がかりではあるが。
「大丈夫だよ、それほど緊張しなくても。エリゼは僕が守るから」
だが、その後に一言を忘れない。それが、ディーノという男の魅力だ。実際、その言葉通り、私は何度か助けられてきた。そして、これからも。私は振り返るディーノに、微笑んでみせる。
が、すぐにその笑顔は消える。
『1番艦、コースよし、コースよし、よーい、よーい、よーい、降下、降下、降下ぁ!』
「きゃああああぁ!」
やっぱり、慣れないなぁ、この高いところから落ちるこの感覚は。慣性制御とやらのおかげでフワッとする感触はないものの、視界いっぱいに見える地面に引き寄せられるあの様は、恐怖以外の何ものでもない。
にしても、今回は別格だ。どちらを向いても、駆逐艦や哨戒機が見える。別の強襲艦からも、人型重機が降りてくるのが見える。
これじゃあ、地上にいる魔物も、生きた心地がしないのではないか? 魔族だって同じだろう。そろそろ姿を現して、さっさと降参すればいいのに。
実際、魔族に降伏を促す目的が、この派手な作戦にはあるらしい。これ見よがしに力の差を見せつけて、相手の士気を下げる。その上で、降伏を覚悟した魔族が姿を現したところを懐柔する。
いや、その思惑に反して、かえって魔族は姿を現さないのではないか。私だったら、絶対に外には出ないだろう。味方だというのに、この徹底ぶりに恐怖を感じる。やがてその恐怖は、現実となって現れる。
『第17小隊、ポイント12、35にゴブリンの群れを発見! これより掃討する!』
『第4哨戒機隊、火龍7体を確認! これより迎撃する、増援を乞う!』
『こちら7645号艦! サイクロプスの隊列を捉えた! 周辺部隊に告ぐ、直ちにこれを殲滅せよ!』
森や空のあちこちで、パッと光が瞬く。煙も上がり始めた。あの光と煙の下には、焼かれ引き裂かれ潰される魔物たちがいることは間違いない。
「ほら、9810号艦からも、哨戒機が発進するよ」
と、ディーノは指差すが、どれが9810号艦なのか区別できない。これだけ駆逐艦がいて、よく自分の船が分かるものだ。
周囲ではすでに戦いが始まっている。あちらこちらから入る報告からは、魔物が次々と倒されていく様子が伝えられる。これまで、我々が遭遇した例のレーダーの効かない煙や、川の中を進むサイクロプスやゴブリンも見つかるが、煙については哨戒機が落とす爆薬の詰められた魔導を炸裂させて、その爆風で吹き飛ばしていた。川の中の魔物も、ソナーとかいう水の中のものを見る魔導具で、その位置を把握しては攻撃し、殲滅しているそうだ。翼竜の群れも、かつてない規模の数があらわれるものの、バタバタとたたき落とされていく。
もはや、同じ手は通用しない。その間にも時折、発せられるあの魔物を操る電波というのも、この100隻の駆逐艦によって受信、解読されて、我々が洞窟の前に辿り着く頃には、魔物の誘導方法が割り出され始めて、龍やゴブリンらをある場所へと導くことに成功していた。一箇所に集められた魔物らの上からは、爆裂魔導の込められた樽のようなものを投げ込まれて、次々と焼かれていく。
その様子をモニターで見ながら、我々、勇者パーティー一行は、件の洞窟前へとたどり着いた。
そこにはすでに、いくつかの建屋がある。銃を抱えた兵士や人型重機が、洞窟の周りを取り囲む。ゴブリン1匹、入り込めないほどの厳重ぶりだ。
その兵士の一人が、光る棒のようなものを振って手招きする。どうやら、洞窟内へと導いているようだ。
「先行する部隊から、画像がが送られてきたよ」
「画像って、何なのこれ?」
「ああ、この洞窟の地形図だ」
「地形図?」
「入り口から入れたドローンを使って得られた測定データらしい。これによると、しばらくは人型重機のまま進めそうだ」
モニターを指差すディーノ。ディーノの後ろの席に座る私も、自分の前にあるモニターを見る。つまりここには、この洞窟の先を示す地図が描かれている。
といっても、しばらくは緩やかな下り坂が続き、その先の畝っているところで途切れている。
「ディーノ、これってあまり深い洞窟ではないということ?」
「いや、そこでドローンとの通信が途切れた。つまり、洞窟の曲がり角のすぐ先に、何かがいるということだ」
そこから先は、自分の目で確かめるしかない。つまりはそういうことだ。その場所にいる、何かを倒して進むことになる。
当初懸念された、洞窟のある山ごとゴーレム化するという事態は、今回は起きなかった。こんな大きな山がゴーレムになったら、それこそこの世の終わりだよねぇ。さすがの魔族も、そこまではやれなかったようだ。
いや、逆に言えば、この洞窟には本当に何かが存在するところともいえるのかもしれない。そう、この奥には魔物や魔族がいて、そして……その長と言える魔王も、いるのかもしれない。自然、私は緊張する。
ゆっくりと、奥へと進む重機4体。天井が高く、この人型重機でも、いや、これより背の高いサイクロプスでも通ることができるほどの高さだ。私たちはすぐに、何かが出てくるであろうとされる曲がり角に差し掛かる。
そして、曲がり角を曲がる。先頭は、ディーノ操るギガンテスだ。曲がった途端、予想通り何かが飛び出してくる。
が、それは魔物というより、岩だった。
「ゴーレム発見!」
ディーノは短く応えると、腕を振り下ろしてくるそのゴーレムの攻撃を右腕で受け止める。そして、左腕を押し付けた。
どうして、左腕など……そう思った私だが、その答えはすぐに分かる。
ブーンという音が左腕から響くと、そのガラスの向こう側に立つゴーレムが、左腕を押し付けられた胸の辺りから徐々に崩れていく。さっきまで生き物だったはずの岩が、さらさらと音を立てて砂と化す。
そういえば、ゴーレムを倒すには砕いて砂に変えるしかないと、ディーノは言っていた。あれがその砂に変えるための仕掛けというわけか。
だが、真っ暗な闇の中からまた一体、ゴーレムが現れる。今度はコックピットのあるガラス目掛けて、殴りかかってきた。
目の前に、ゴーレムの拳が迫る。が、それは火花を散らしながら、弾け飛ぶ。
おそらくは、バリアというやつを使ったんだろう。間一髪、はじかれたゴーレムはそのまま後ろに倒れ込む。
その倒れたゴーレムの腹に、ギガンテスの左腕が押し付けられる。再び、ブーンという音が響く。
いとも簡単にそれは、崩れ去る。また砂の山に変わってしまったゴーレム。
「おそらく、あと3体いる」
モニターには3つの光点が映っている。照明で照らす先に、まだその魔物の姿はない。あまり広い洞窟ではないから、2体並んで迎え撃つことができないのが辛いところだ。
などと考えているうちに、いきなり灯りの中にゴーレムが飛び込んでくる。岩の塊が、目の前に迫る。
「しまった!」
どうやら、不覚を取られたようだ。ガラス越しにその岩の化け物が迫るが、今度は弾き飛ばない。バリアが、間に合わない。
が、その岩の塊が止まる。見る見るうちに砂へと変わっていく。おかしい、ギガンテスの左腕は、ゴーレムを捉えてはいないのに。
『これで、貸しひとつね!』
この声は、ジリアーニ殿だ。ふと見れば、後ろから別の人型重機の腕が伸びている。ああ、そうか、このギガンテスの陰から、あのゴーレムを突いたんだ。
『ギガンテス! 今度はネフィリムが前に出る! 後方をお願い!』
「ギガンテス、了解!」
狭い通路内で、2体の人型重機はその位置を入れ替わる。すぐさま、ゴーレムが襲ってくる。が、今度はそれをディーノの操るギガンテスの左腕がそのゴーレムを突く。たちまち、砂へと変化するゴーレム。
するとギガンテスの後ろから、今度はコルティ殿の操るポセイドンが進み出て、ネフィリムの背後に回る。1体のゴーレムを倒すと、今度はポセイドンが前に出て、ネフィリムが背後からゴーレムを突く。そして、メンゴッツィ殿の乗るゴリアテが入れ替わる。
即席で思いついたであろうこの交代技により、緊張にさらされる状態が分散されて、ゴーレムの出現に集中することができるようになる。これを3巡ほど繰り返したあたりで、ようやくゴーレムの出現が止まる。
『こちらポセイドン! ゴーレムの出現、確認されず! これより前進する!』
やっと止まった……が、それは次の行動に移るための段階に過ぎない。今度はコルティ殿が先頭に出て、4体の重機が前進を始める。
ゴーレムの成れの果ての砂山を踏みつつ前進する重機の前が、行き止まりとなる。ただし、我々を阻むのは岩ではない。明らかにそれは、扉だ。鉄製の扉が、我々の行く手を阻む。
となると、やることは一つしかない。
「……これは開けるしか、ないだろうな」
ボソッと呟くディーノの言葉に呼応するかのように、コルティ殿の乗るポセイドンが、その扉に右腕を突き出す。そしてパッと青い光が光ると、その扉を吹き飛ばした。
その扉の先に現れた光景を目にしするや、私はゾクゾクと背筋が凍るような感触を覚える。
それは、この光景を目にした人ならば、当然の反応だ。おぞましい、いや、そんな言葉では到底言い表せないほどのものが、目の前に広がっている。
ゴーレムなんて、まだほんの序章に過ぎなかった。ここからが、本当の戦いなのだ。その光景を目にした私は、そう納得せざるを得なかった。




